ロープは半分こ? 3

 競技開始から5分経過したが、ロープはまだかなめとハルカの間で拮抗していた。

 つい先ほどまではかなめの方がそれなりに優位だったはずだが、ロープが15メートルほどかなめ側に動いた時点で、突然びくともしなくなってしまった。


「な、なに…………全く動かなくなったんですけど! 何かずるしてませんかぁ?」

「何のことでしょうかー? わかりませーん」


 黒焦げ姿のかなめがハルカをキッとにらむが、ハルカは胸元をあらわにしたまま鼻で笑った。

 見られている相手がかなめだけにもかかわらず、恥ずかしいのか何とか局部を隠そうとする姿勢のまま綱を引いているハルカだが、当然そんな姿勢では力の効率は弱まってしまう。

 にもかかわらず、かなめが重力の出力を上げても、反重力の跳躍を繰り返しても、ロープはびくともしない。


(ふっふーん、最初からこうすればよかったんですよ。おもらしするようなベイビーには思いつかないでしょうけどね♪)


 何のことはない。ハルカは先ほどかなめの攻撃を受けた際に、一時的に瞬間加速を行い、自分の方にあるロープの一部を塔の側面にたらし、そこに強力な電磁石を設置してこれ以上ロープが引っ張られないような細工をしたのである。

 未来のハイテク技術が生み出した対策だが、ズルといえばズルかもしれない。

 とはいえ、このままでいても自動的にハルカの勝ちになるわけではない。最終的に勝利するには、なんとしてもロープの結び目をこちらに引き寄せなければならない。


「抵抗は無駄ですから、早くあきらめてくださいね♪ でないと、こんどはおもらしだけでは済みませんよ?」

「ふーん、やれるものならやってみなさい」

「あらそう? じゃあ遠慮なく」


 あれだけの電流のダメージを受けたのに余裕そうなのが若干気に食わなかったが、ハルカはお望み通り手から高圧電流を発した。

 ロープが再びバチバチと音を立てて火花を散らす。だが、かなめは電流が流れる寸前でロープを手から放してしまう。

 意外な行動であったが、手を離したからにはこっちの物――――ハルカはロープをしっかり握りなおして思い切り引っ張るが、なぜかこちらもびくともしない。


「え……?」

「先にやったのはあなたですから、ズルとは言わせませんよ?」


 ハルカが力を入れていないにもかかわらず、ロープが動かないことを不審に思ったかなめは、方法は不明ながらハルカが何らかの形でロープをどこかに固定したのではないかと考えた。

 同時に、その手段は自分の方でも有効なのではないかと思い至り、電流が流れて手を離した際に、重力弾を縄の途中に付着させ、これまた塔の側面に垂らして強力な重しとした。


(もっと早く考えついていれば、勝てたかもしれませんのに)


 綱引きと言う概念にとらわれて、もっと効率的な方法を早く思いつかなかったことを悔やんだが、ともあれロープに200トンを超えるとんでもない重しがぶら下がったことで、例えスーパーマンであろうともロープを引くことができないだろう。


「……………」

「……………」


 そして気が付いた。

 お互いにロープをどうすることもできなくなった、と。


(こうなれば、跳躍して向こうに飛び移って、相手を倒してしまいましょうか。いえ、しかし相手も同じことを考えるなら、迎撃した方が有利では?)

(もうカナメさんを倒すしか方法はないのでしょうか? しかし、カナメさんもそれを考えているなら、迎え撃った方が圧倒的に有利なはず)


「…………」

「…………」


 どこまでも考えることは同じであった。


 だが、次の瞬間――――――突然ロープの結び目のあたりで、バァンという何かがはじけるような音が響いた。


「は? 今のは……?」

「ああっ! ひょっとして金属疲労じゃないですか!?」

「なるほど……金属が千切れる音ですか。よくわかりましたね」

「ええ、冶金技術が進歩したとはいえ、サイボーグにとって金属疲労は大敵で、定期的なメンテナンスを…………ってそんなこと言ってる場合じゃないですから!」


 そう、先ほどの音は、金属が負荷に耐えられずに破断した音だ。

 このロープは主な原料こそ髪の毛でできているとはいえ、接合のために金属を混ぜているため、弱点もまた金属と同じになってしまっている。

 その上、ハルカが放った高圧電流が髪の毛の部分を焼いたことで耐久度が大幅に減少し、両方がものすごい力で引っ張ったことで、結び目の部分に強烈な負荷がかかってしまったのだ。

 そうしているうちに、結び目の部分で次々に破断音がきこえてくる。このままいけば、結び目の部分は崩壊してしまうだろう。


「うぅ、まずいですね…………これではロープが半分こになっちゃうじゃないですか」

「ロープが半分こ……?」


 ハルカの言葉を聞いたかなめは、一瞬だけ考えを巡らせると、すぐに起死回生の一手をひらめいた。


「征けっ!」

「あっ! また私を丸裸にし足りないんですか!?」


 かなめはポケットから術札を取り出し、ふたたびあの紫の光球を発射させた。ハルカはすぐによけられるように身構えたが、光球は彼女の方ではなく、ロープの結び目のややハルカ側の部分を集中的に攻撃した。

 そしてハルカもすぐに、その攻撃の意図を悟った。


「あ、まさかっ!!」

「もう遅いわ!」


 無機物を分解する攻撃は、ロープの金属部分をあっという間に破砕し、残った髪の毛の部分も高圧電流で焼けていたため、強度を大幅に失っていた。

 紫の光球が命中した箇所は、衝撃と張力に耐えられなくなり一気に破断。バリンと断末魔をあげて引きちぎれた。

 もし高圧電流で焼けていなければ、かなめの攻撃はあまり意味をなさなかったかもしれない。


「させませんっ!」


 破断したロープがものすごい勢いでかなめ側に引っ張られていく。ハルカは一か八かで加速装置を起動し、塔の上から飛ぶと、稲妻のような速度でこれを追う。

 ともすればロープに手が届いたかもしれないが、その前に見えない壁が立ちはだかり、ハルカは思い切り激突した。


「……っ! 斥力障壁!?」

「備えはしておくものですよ」


 こうして、最後の最後でハルカはロープを捉えることができず、結び目はかなめ側のリングを潜り抜けた。

 試合終了である。




「うぅ……私が負けるなんてっ」

「はぁ、まったく、よくもここまでやってくれたわね」


 競技はかなめの勝利に終わった。

 文字通り綱渡りな勝負だったが、それでも勝てたことには違いない。


 かなめ側の塔の上で、ハルカは悔しそうにいじけるが、戦いが終わって少し冷静になってみると、かなめに即死寸前の大ダメージを与えてしまったことに少し気後れしているようであった。

 かなめも少し怒っているようであり、一発くらい殴られるものかと覚悟していたが…………かなめはハルカに、自分が羽織っていたボロボロのスーツをかけてあげた。


「……?」

「その恰好では、戻ったときに大変でしょう? 勝者の余裕よ、貸してあげるわ」

「あ、あうっ!?」


 ハルカは、今自分が色々と丸出しなことを思い出し、慌ててボロボロの上着を羽織った。

 かなめかなめで、女の子の服をすっぽんぽんにしてしまったことを気にしているようだった。


『競技は以上で終了となります。お疲れさまでした』


「終わりのようね。こんなところでなければ、もう少しお話したかったですわ」

「えへへ……私もです。もしよかったら、いつか火星に遊びに来てくださいね♪」

「……前向きに検討します」


 こうして二人は、無事にそれぞれの控室へと転送されていった。


 控室に戻れば、傷や服は元通りになっていることも知らずに――――



 第一試合結果

 勝者:長曾根 要ながそね かなめ 勝利条件達成により

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