ロープは半分こ? 2

 偶然にも、二人が引っ張る力はほぼ互角だった。

 しかしながら、双方ともそのことに大いに驚いていた。


「うそ…………今の力と互角ですって!?」

「ちょ、ちょっと! なんですかその力!?」


 かなめはここにきて、ようやく向こう側の女性がただものではないと判断したが、それは向こうも同じである。


「いったい……あなたは何者ですか? まさか魔の物ではないでしょうね?」

「魔物だなんて、冗談じゃありません! 私はハルカ・アナトリア! 火星プラントの観光案内を務める、サイボーグですから! トラックくらいだったら余裕で引っ張れるんですけどね!」

サイボーグ機械化義体ですって? なるほど道理で…………しかも火星と言いましたね。私たちの未来からやってきたというわけですか、まるでターミネーターですねっ!」


 対戦相手のハルカは、かなめたちの世界よりもはるかに時代が進んだ未来から来ているらしい。機械の力で出力を大幅に強化するサイボーグが相手だとしたら、かなめの術による重力強化に対抗できるのも納得できる。

 綱引きの相手としてはかなり悪い方であり、見習いたちであれば太刀打ちできなかったかもしれない。しかし幸いなことに、かなめにはハルカに対抗できる手段が多数ある。

 少々驚いたものの、かなめはまだ勝利は揺るがないと確信していた。


「カナメさん、あなたこそ……なぜそんな力を? センサーでは、あなたの機械化率は0%と出ています!」

「ですから先ほど説明したじゃないですか。私は退魔士……超常の異能を操る資格を持つ国家公務員なんですよ。そして私が操るのは、悠久なる大地の力……則ち重力。これが意味するところは、お分かりですね?」

「なんですって!? じゃあその力は…………!」

「それがあなたの全力なら、私は勝たせていただきます。重力5倍!」


 かなめは術の出力を向上させ、自らの重力を5倍に引き上げた。たった5倍と思うなかれ。これに加えて、足から反重力跳躍を繰り出すことで、逆ベクトルの重力も働き、合計10Gという恐ろしい力がロープを引っ張る。

 ガクンという衝撃と共に、ロープが1メートルほどの距離を持っていかれる。

 ハルカは歯を食いしばって何とか耐えたが、危うくロープとともに持っていかれて、塔の上から前のめりに落下するところだった。そうなれば彼女の身はともかくとして、競技に敗北したも同然だ。


「うう……ずるいです! 最大出力を持っても力負けするなんて!」

「ふふふ、相手が…………悪かったわね?」


 1メートル、また1メートルと、結び目は徐々にかなめの方に近づいてきている。かなめが跳躍するたびに、黒いロープはミシリミシリと悲鳴を上げるが、その耐久力はかなりのもので、これだけの負荷がかかっても切れる気配は全くない。この強度ならば、おそらくロケットの引っ張り合いすら耐えて見せるだろう。

 しかし、ハルカもやられっぱなしではいられない。

 彼女は持てる全力を振り絞ろうと、腕だけでなくほかの機関の出力も上昇させる…………そんな時、ハルカの放電機関が作動した!


「私だって! 負けられないんですからっっっっ!」


 高圧電流がハルカの手を伝ってロープに流れる。そしてその電流は、一瞬にしてかなめの身体に到達した!


「いゃぁあああぁぁぁぁっっ!!?? お、おっぎゃあぁぁっ!? おあっ、あっはあぁぁっっ!!??」


 感電という表現では生ぬるい威力の電撃が、かなめの肉体を灼く。

 想像を絶する悲鳴を上げたかなめは、びくびくと大きく痙攣しながら体を焦がし、ロープから手を離してその場に倒れこんだ。服は焦げ付き、肉が焼ける音と臭い、そして立ち上る黒煙――――――かなめはその場にあおむけに倒れて泡を吹き、体を痙攣させ……そして失禁。スカートの下から水たまりがジワリと広がった。


「え……えと? 私何かやっちゃいました?」


 突然の強烈なスペクタクルに、電撃を放った当人であるハルカも驚きで数秒の間呆然としてしまう。が、かなめが手放したロープが徐々に緩んできているののを見て、ようやく今がチャンスだと気が付いた。


「はっ! 今なら逆転するチャンス! 死んじゃったらごめんなさいですけど、これも勝負だから、相手が悪かったと思ってあきらめて、ね♪」


 想定外のことで人を死なせてしまったことに少々罪悪感を感じたハルカだったが、かといって中断するわけにはいかない。20メートルほど持っていかれてしまった距離を取り戻すため、ハルカはいそいそとロープを巻き上げる。

 そうして、ロープの結び目が今度はハルカの方にどんどん近づいていく。抵抗は全くなく、何事もなければそのまま勝てるだろう…………そう思うのも無理はないが、やはりそれはフラグとなった。


 緩んでいたロープが再びピンと張られ、楽々引くことができていたロープが、またしてもガクンと止まってそれ以上引っ張れなかった。

 驚いたハルカが向こう側の塔を見て見れば、倒れていたはずのかなめが、黒焦げ姿のまま起き上がっていた。


「なっ!? あなたまだ生きてっ!?」

「ふふふ…………退魔士はしぶといんですよ。そう簡単に死んであげませんから…………」

「お、おもらししたくせに…………」

「シャラップ」


 服はボロボロで、髪の毛は焦げて乱れ、見た目はほとんど満身創痍であった。

 だが、この状態でもなおかなめがロープを引っ張る力は衰えない。それどころか、なぜか引っ張る力が先ほどより増しており、反重力跳躍をしなくてもじりじりとロープがかなめの方に引っ張られていく。


「ならば、もう一度!」

「ぐっ……うあっ!」


 再び高圧電流がロープに流れる。

 電流が流れるロープは、いくつかの個所でバチンバチンと火花を散らし、髪の毛でできた部分は焼けてひどい悪臭を放ち始める。

 かなめも二度目の電撃を食らうが、何か対策をしているのか、先ほどよりもダメージは小さいようだ。


「ねぇ、よくも私をこんな格好にしてくれたわね。雪都ゆきとさんにいつ見られてもいいように身に着けてた、お気に入りの下着が汚れちゃったじゃない」

「いや、そんなの知りませんよ。私みたいに、いつ誰に見られてもいいもの履かなきゃ」

「ふーん…………あなたのその下品な体は、見せるためにあるのね。じゃあ、これを食らっても平気よね?」

「下品だなんて失礼なっ! 私はお客様に喜んでもらえるように…………って、なにそれ!?」


 かなめがブツブツと何らかの呪文を唱えると、彼女の胸元のポケットから、数枚の術札が飛び出した。


「文字通り、丸裸にしてあげましょう……!」


 飛び出した術札は、小さな戦闘機のような軌道で飛び立つと、ハルカめがけて紫色の光球を射出した。弾速自体はあまり早くないものの、ロープを引っ張ることで精いっぱいのハルカはこの攻撃を避けることができない。


「シールド磁場展開!」


 ロープに回すはずだった電流をシールド発生素子に回し、高密度エネルギー体の盾を発生させる。

 普通の攻撃であれば、このシールド磁場で十分防ぐことが可能なはずだが、術札から発射された紫の光球がシールドに当たってはじけると、その部分に修復が不可能なほどの大きな穴が開き、それが絶え間なく直撃することで、1秒も持たずにシールドを破壊してしまった。

 それだけでも厄介なのに、紫の光球は発射され続け、彼女の服に直撃すると、その部分を大きく分解してしまう。

 白いブラウスが、ピンクのベストが、チェックのスカートが…………紙屑のように消滅していく。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!!???」


 服が消滅するという異常事態に、ハルカは絹を引き裂いたような悲鳴を上げ、残りの光球を慌てて回避すると、手のひらから電撃を放って、飛び回る術札を急いで撃墜した。

 だが時すでに遅く――――――ハルカの衣装はわずかな布切れを残すのみとなり、損傷の激しい下着では、見えてはいけない部分を隠すことができなかった。

 そして彼女がロープから手を放している数秒の隙に、かなめはここぞとばかりにロープを引っ張り、再び10メートルのリードを稼いだ。


「あーらあら、その辺もきれいなままなのね。非常識なくらい大きかったから、てっきりおっぱいミサイルとか装着してるのかと思ったわ」

「黙りなさい!」


 黒焦げになり、太ももに失禁の跡を垂らすかなめと、大事な部分が丸出しになったハルカ。

 想像を絶する激しい戦いになったが、お互いにまだ一歩も譲らない。



 だが、彼女たちの知らないところで、大きな異変は進行していた。

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