第1戦目:ロープは半分こ?(長曾根 要 対 雷神のアナトリア)

ロープは半分こ? 1

「まさか私が先鋒に選ばれるなんて…………正直想定外だわ」


 かなめは困惑していた。

 選出基準は公開されていないとは聞いてはいた。それでも、初戦くらいは見習いの4人のうちの誰かから選ばれるだろうと思っていたのだが、どうやら完全にランダムのようだ。そしてここはどこだろうかと周囲を把握しようとしたところで、どこからか無機質な声のアナウンスが聴こえた。


『ご参加ありがとうございます。今回、挑戦者のお二人には綱引きを行ってもらいます。ルールはいたって単純、ロープ中央の結び目を、自分の陣地まで引き込んだ方が勝利です。ただし、結び目が何らかの理由で失われた場合は引き分けとなります。試合は一分後に開始です。その間にご準備をお願いします』


 アナウンスはたったそれだけで終わった。


「綱引き、ですか」


 最悪殺し合いを想定していたかなめは、まるで運動会のような内容ということで少しだけ気分が軽くなる。

 ただし、周囲を見渡すと、そんな運動会をやるような雰囲気はない。

 今自分がいる場所は、気が遠くなるような高さの石造りの塔の上であり、周囲を見渡すと、まるで徹底的な戦略爆撃を受けたかのような、完全に壊滅した町が広がっている。ここからではよく見えないが、ところどころに人間の死骸が転がっているのも見える。

 退魔士である彼女は、一瞬異世界の魔の物の仕業かと考えたが、アナウンスされた課題とは関係ないことなので、深くは考えないことにした。もしどこかで襲ってくることがあれば、その時に対処すればよい。幸い彼女は奇襲に対してめっぽう強い。


 さて、肝心の競技の方であるが、かなめのいる台座の足元に、一本の黒く太いロープがのたくっており、彼女から見て塔の西側に伸びている。まだ開始前だからか、ロープは金属の輪っかを通して床に埋まっており、現時点ではわざと壊さない限りびくともしないだろう。

 だが、彼女はロープを見ただけですぐに気が付いてしまった。


(これはただのロープじゃないわ。人間の髪の毛で編まれてる…………)


 正確には人間の毛とそれを補強する金属材が含まれたロープであるが、いったいどれほどの人の髪の毛を使えばここまで立派なロープを作ることができるのか、想像するだけでぞっとしてしまう。


(願わくば、禿の大量生産だけで勘弁してほしいですね)


 そんな時、ロープの先から50メートルほど離れた先から、アナウンスとは別の女性の声が聞こえた。


「あのーっ! あなたが対戦者の方ですかー?」

「……?」


 かなめがそちらの方を見ると、自分の足場になっている塔と全く同じ形状の塔の上に、赤髪の可愛らしい女性がいた。

 その服装はツアーアテンダント……と言うよりも「ツアーアテンダントのコスプレ」のような恰好で、フリフリの白いワンピースに、少し動くだけでパンツが見えそうなチェックのスカートをはいている。

 真面目一辺倒のかなめには若干理解できない服装だが、たいていの男はああいうのが好みなものなのかとも思った。


「いかにも。私は長曾根 要ながそね かなめ。末席とはいえ退魔士をしています」

「たいまし……? 大麻を売る会社の方ですか? 違法ビジネスはちょっと……」

「あのですね…………」


 どうやら相手の異世界人は、退魔士を知らないようだった。おそらく彼女の眼には、かなめはどこかの会社の女性社員としか映っていないのだろう。

 反論したいのはやまやまだが、あと数秒で競技が始まってしまう。命のやり取りは行わないはずなので、とっとと勝ちを取って、じっくり説明してやろうとかなめは決意した。


『試合開始』


 8秒後に、無機質なアナウンスが競技開始を宣言する。

 それと同時に、今まで台座に埋まっていた金属の輪がせり上がり、綱を引けるようになった。


「悪いけど勝たせてもらうわ」

「むっ、綱引きで私に勝てるとは思わないでくださいね!!」


 そんな開幕の応酬もそこそこに、両者は一心不乱に手元の綱を自分のもとに手繰り寄せ始めた。

 塔の間に垂れるロープは、あっという間に両方向から引っ張られてたるみがなくなっていき、やがて空中でピンと張りつめた。この時点では、かなめのほうがやや近い位置に結び目を持ってこれているのを見ると、彼女の方が若干引く速度が速いようだ。


 が、結び目の動きはそこでたちまち拮抗してしまった。

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