SSS!

 見習い退魔士たちの教官を務める男性退魔士、冷泉 雪都れいぜい ゆきとが会議室の前まで来たところ、少し前に呼び出したばかりの見習い退魔士たち4人がすでに勢ぞろいしていた。


「おや、もう来たのですか皆さん。集合時間まであと1時間あるのですが」

「いいえっ! 上官から呼び出しを受けたのなら、確実に時間内に集まれるよう可能な限り早めの行動を心がけるのは当然ですっ!」

「よく言うわ…………教官からの召集が嬉しいからって、私たちまで巻き込んですぐに店から出てきたもんね」

「いやー、韋駄天もかくやの見事なBlitzkrieg電撃戦だったねー! 危うく無銭飲食になるところだったけど」


 雪都ゆきとが送信したメールでは、会議室の集合時間は今から1時間後となっており、彼はその間に準備をするつもりだった。

 ところがメールを受け取った唯祈いのりは、何を思ったか集合時間はまだ先だというのに、全員を巻き込んで早々に店を出てきてしまったらしい。おかげで同席していた仲間たちは、頼んだ飲み物をロクに飲むこともできず、若干不満げであった。


「…………早めの行動を心がけるのは素晴らしいことですが、あまり早く来ても迷惑と言うこともありますから、気を付けてくださいね。とはいえ、来てしまったものは仕方ありません。あと一人来ますので、席に座って待っていてください」

『はーい』


 雪都ゆきとは4人をそれぞれ着席させると、これから説明するための資料を用意し始めた。

 さて、この柔らかな物腰の教官――――冷泉 雪都れいぜい ゆきとは、身長が180と少しある長身で、快晴の空のような青い髪の毛と、澄んだ氷のような青を基調とした服に身を包んでいる。名前の語感も相まって、実に冷たい印象を受けるものの、性格は意外と穏やかでそこまで堅物ではない。その上、面倒見がかなりいい方なので、年下の見習いたちからはとても懐かれている。

 今年で24歳になる彼は、ギリギリ第一線で戦うことができた世代であり、彼女たちと一番年が近くてかつ経験があるということで、教官の任についているのである。


「よかったら、資料に目を通しておいてください」


「これは…………『白機関・異世界遠征計画』……?」


 唯祈いのりたちが手に取った、A4用紙が複数枚束ねられた資料の表紙には、淡々とした文字で『白機関・異世界遠征計画』とだけ書かれていた。

 異世界遠征計画とはいったい何のことか…………? 気になった見習いたちが資料をめくろうとした時、会議室に女性が一人飛び込んできた。


「失礼いたします。長曾祢 要ながそね かなめ、参上いたしました…………ってあら?」


 黒いスーツを着たセミロングの茶髪の女性、長曾祢 要ながそね かなめは、会議室にすでに見習いたちがいるのを見て、かなり驚いていた。

 かなめはもしや自分が時間を間違えたかと大いに焦り、慌てて自分のスマートフォンに目を通し始めたが、その前に雪都ゆきとが事情を説明した。


「大丈夫ですかなめさん。むしろ早すぎるくらいですが、もう集まってしまったものですから」

「あら、そうだったのですか。ですが、一番最後に来てしまったというのは、少し複雑な気分ですわ」


 そう言ってかなめはほっと安堵のため息をついた。

 しかし、今度はなぜか唯祈いのりがやけに不機嫌そうな顔をする。


「むぅ、教官」

「どうかしました? 鹿島さん?」

「なんでよりによってこの人呼んだの? っていうか、かなめさんだけ名前呼びなのはずるくない?」

「そう言われましても…………」

「こらこら唯祈いのりちゃん、あまり雪都ゆきとさんを困らせちゃだめですよ? まだ子供ですから、甘えたい気持ちはよくわかりますけれど」


 長曾祢 要ながそね かなめは見習いの4人とは異なり、雪都ゆきとの二つ年下の退魔士であり、彼女もまたわずかながら戦場に出たことがある。

 雪都ゆきととは見習い時代からの知り合いであり、そしてなにより彼女にとっては憧れの先輩そのもので…………退魔士としての仕事がなくなった後は、こうして教官である雪都ゆきとのサポートを買って出ているのであるが、彼女もまたどうも自分の気持ちを前に出しすぎるきらいがあるらしかった。


「あ、まあまあまあお二人とも、こんなところで睨み合わないで、ね?」

「えー止めちゃうの? 来朝らいさせんぱーい? 私は面白いからもっと見ていたいです!」

「だまらっしゃい。このままだと二人とも、教官に嫌われるよ」

『…………』


 二人がようやく静まったところで、朴念仁の雪都ゆきとがこの二人が何で仲が悪いのか理解に苦しみつつも、資料の説明を始めた。


「さて、皆さんに早く集まってもらいましたので、もう説明を始めましょうか。先日、討魔省(※退魔士たちを管轄する省庁)から、我々「白機関」に密命がおりました。それが…………手元の資料に書いてある、異世界遠征計画というものです」

「異世界……えっと、私たちが異世界に行くってことですか?」

「まるで漫画のような内容」


 来朝らいさ摩莉華まりかは、異世界に遠征すると言われていまいちピンときていないようだった。

 いくらこの世界に異能超常があふれ、物理法則も平気で捻じ曲がる世界だとしても、異世界などと言う概念は、それこそタイムマシン並みにありえないものだ。


「はは~ん、この世界に魔の物がいなくなったのなら、ほかの世界の物を倒しに行けばいいって話なんだね!」

「もうすでに計画が立ってるってことは、異世界に行く手段は用意されているということよね教官」

「ええ。違う部署が持ってきた話なので、原理の詳細は私も不確かなのですが、どうやら次元の向こう側の存在と接触することに成功したようです。ですが、今回は残念ながら、単純に魔の物を倒せばよいというものではないようなのです」


 雪都ゆきとの説明によれば、討魔省の技術科のあるチームが、術の研究を行った際に偶然異次元とのコンタクトに成功し、向こう側の存在と交信を行うことができるようになったのだそうだ。

 そこで討魔省の上層部は、現在過剰在庫気味の退魔士たちの活躍の場がないか交渉を行ったらしいのだが……………相手にその意図が伝わったのかどうか不明ながら、上限6名までの優秀な人材の派遣を要求してきたのだった。


 説明している雪都ゆきとですら、内容を完全に把握することができない不可解な任務であり、彼もはじめのうちはあまり乗り気ではなかった。

 だが、この機を逃せば今後この世界での退魔士の地位は衰退の一方。であるならば、多少の危険を冒してでも、実戦経験を積むのも悪くはないだろう。

 それに、いざとなったときの安全策も用意されており、そこまで無茶をしなければ命を落とす危険はないという見通しもあった。


「なるほど、それであたしたちが異世界で活躍できれば、退魔士の仕事がなくなってしまうこともなくなるんだね! 教官、あたしやってみるよ!」

「うーん、なんだか嫌な予感がするけれど、将来のために実績を積んでおくのも大切だし、教官が安全っていうなら、まあ大丈夫でしょう」

「私ももちろん行くよっ! えっへへへ~、戦いってどんなのだろう? 今からワクワクするね!」

「私も賛成ですわ。異世界にも私たち退魔士の実力をお見せしましょう」


 見習い4人は誰もがやる気になっていた。

 そしてかなめは、もとより雪都ゆきとが出るのであれば、どこにでもついていく覚悟だった。


「我々白機関の初めての実戦がこのような形になるとは少し想定外でしたが、やる気があるようで助かります。私も全力でフォローしますので、無理のない範囲で戦いましょう。ああ、それとですが、もし負けても命を落とさない準備はしてありますが、何かしらの功績を挙げた方には、討魔省から報酬として100万円をお渡しするとのことです。ぜひ頑張ってください」

『100万円!?』


 100万円の臨時収入が入ると聞いて、見習い4人はにわかに色めき立ち、お互いに顔を見合わせた。

 育成に数十億もの税金がかかっているともいわれている彼女たちだが、その費用は実際に彼女たちの懐に入るわけではなく、毎月支給される数万円の支度金以外は年相応のお小遣いかはたまたバイト代が、彼女たちの全財産となる。

 ゆえに、100万円は少女たちにとっては夢のような大金だ。


「では、異論がなければ、『白機関・異世界遠征計画』を発動すします。念を押しますが、今回は演習ではなく実戦です。いつも以上に気を引き締めてくださいね」

「教官! 一つ意見があるの!」

「なんでしょう鹿島さん」


 説明を終え、これから期日までの行動計画の説明に移ろうとしたところで、唯祈いのりが勢いよく挙手をする。


「『白機関・異世界遠征計画』って名称は、教官が考えたの?」

「いえ。これはあくまで、上層部から仮作成された名称ですが」

「今のままだとちょっとつまらなくない? せっかくなんだし、もっとかっこいい名前つけようよ! ライサもそう思うでしょ!」

「古臭いと言えば古臭いよね。もっとこう、JKっぽさを出したいっていうか」


 どうやら女子たちは、まるで大戦の頃のお堅い名前が気に入らないらしい。

 そもそも「白機関」というのは、唯祈いのり来朝らいさたち4人の見習いグループの書類上の名称であり、保守的な官僚機構はいつまでたっても大昔の名称決定の癖が抜け切れていないのであった。現代っ子の彼女たちが難色を示すのも無理はない。


「でしたら、陸軍の精鋭部隊のように「特殊作戦群」と名乗るのはどうでしょうか

?」

「おお、かっこいいですね、特殊作戦群!」


 かなめの出した「特殊作戦群」という単語は、さっそく来朝らいさの心をつかんだようだ。雪都ゆきとの反応も悪くない。


「ですがただの特殊作戦群だと、何か足りませんわ」

「じゃあさ! あたしたち6人だし、教官が隊長と言うことで『六花りっか特殊作戦群』なんて、どう?」

「おお、それっぽい響き、いいね!」

「『六花特殊作戦群』…………ドイツ語でSchnee Schutzstaffelシュネーシュッツスタッフェルね……! いい響きだわ!」

「じゃあ略してSSSか! 強そう!」

「……皆さんがそれでいいというのであれば」


 こうして、白機関改め『六花特殊作戦群』(通称SSS)は、異世界遠征と言う前例のない任務に挑戦することとなった。

 果たして、彼女たちにはどんな困難が待ち受けているのか、それを知るものは誰もいなかった。

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