出撃! 六花特殊作戦群

南木

プロローグ:遅すぎた秘密兵器たち

 ここは、我々の生きている時空と異なる世界の日本――――――


 諸々あって歴史が大きく変わり、某新型ウイルスの影響もなく東京オリンピックをやり遂げ、それ以外は特に例年と変わらない平和な日常が続く中――――東京の隣県に昨年新しくできた、学園都市の一角にある喫茶店で、三人の女子が会話に花を咲かせていた。


「でさー、唐突だけど、明日あたしの誕生日なのよね!」

「うん、本当に唐突だね唯祈いのり。けど、おめでとう!」

「おめでと先輩!」

「ありがとう戦友ふたりとも。ふふふ、これで晴れて私あたしも16歳…………!」


 次の日が自分の誕生日であることを高らかに宣言するこの女の子は、鹿島 唯祈かしま いのり

 長い黒髪と大きな瞳がクールな印象を醸し出す、まるで武家の娘ような高校一年生だ。

 着用している紺色を基調に銀の刺繡が入ったブレザーと、赤いタータンチェックのスカートは、彼女が通っている「月臣学院つきおみがくいん」の高等部の制服であり、女子の中でも比較的高めの身長と均衡のとれた体形も相まって、実に見事に着こなされていた。

 そして当たり前のように品行方正で才色兼備、まさにエリート高校生の鑑と言えるハイスペック女子高生なのだが…………


「というわけで、明日教官に結婚を申し込んでくる!」

「だと思ったわっ! こんなところで堂々と宣言するのはやめなさい!」

「止めないでライサ、あたしはこの時をどれほど待ち望んだことか……!」

「おばかっちょ! 法律上結婚できる年齢は、男女とも18歳に統一されたんだからね」


 唯一残念なのが、唯祈の所属している組織の上司……それも約10歳近く年が離れている男性にべたぼれしていることだろうか。


 ほかにも客がいる喫茶店の中で、堂々と結婚を口にする親友に対し深いため息をつきながら眉間をもむのは、同じく月臣学院一年で唯祈のクラスメイト、千間 来朝せんげん らいさ

 やや赤みがかった茶髪のショートヘアで、唯祈ほど強烈ではないが、やや勝気な可愛い顔をしている。

 それ以外の外見については特筆すべき点は見つからないものの、勉学のスペックだけは親友をはるかにしのぎ、その気になれば高校までのすべての教科を、他人に教えることができるほど。


Genauゲナウっ!! イノリ先輩はぶれないですなぁ♪ 私は先輩を応援しますよ~! 愛に年齢なんて関係ないもんねっ!」

「ふっ、流石はせい、話が分かるわね」

「はいっ! イノリ先輩が奮闘むなしく華々しく散る姿を楽しみにしてます!」

「うおぉい!?」

「静は静でちょっとひどくないかしら……」


 そしてもう一人、金髪で根元を小さなシニョンでまとめた短めのツインテールと先端を巻いたロングヘアというかなりゴージャスな見た目だが、三人の中で顔つきが一番幼く見える舩坂 静ふなさか せい

 唯祈いのり来朝らいさを「先輩」と呼ぶことからわかる通り、静は彼女たちの二つ下、中等部の生徒である。制服も二人とは違い真っ白なブレザーに濃いグレーのスカートで、一目で見て別の学部だとわかる。


「まあでもさぁライサ先輩、イノリ先輩が玉砕するかどうかは別として、今この時を逃したらチャンスは来なくなるかもしれないよ? Wer kämpft, kann verlieren; wer nicht kämpft, hat schon verloren――――私たちが先輩たちとこうしていられるのも、教官が私たちの面倒を見てくれるのも、いつまで続くかわからないんだからさ」

「『戦えば負けるかもしれないけど、戦わない人はすでに負けてる』……か。無駄に発音がきれいなのが癪だけど、言い得て妙ではあるよね。私たちの力なんて、使われないのが一番いいはずなんだけど、このまま過ごせば私も無駄に頭のいい女の子ってだけで終わるわけで」

「はぁ、せめてちょっとくらいは……………教官の力になれたらよかったんだけどな」


 二人のチャチャでクールダウンしてしまった唯祈は、椅子にやや乱暴に腰を落とし、物憂げな表情で水を一口飲んだ。



 さて、ここに集まった三人の女子はそれぞれ学院を代表する優秀な生徒ではあるが、それ以上に一般の生徒と根本的に違う特徴がある。


 彼女たちは『退魔士』と呼ばれる、超常的な能力を持つ人間である。

 いや、正確には退魔士になると言うべきだろうか――――


 この世界の日本は、気の遠くなるような昔から、人に害をなす「魔の物」と対峙してきた。

 その相手は妖怪であったり、恨みを持った霊であったり、鬼や竜などの怪物であったりと様々で、いずれにしても常人には対処不可能、あるいは戦うにも骨の折れる相手であった。

 そんな普通の人間だけではどうしようもできない、その奇怪な魑魅魍魎に立ち向かったのが、その身に異能を宿し魔を打ち払う者――――退魔士である。


 退魔士と魔の物との戦いは何世紀にもわたって無数に繰り広げられ、一時的にどちらかが優勢になる時期はあれども、どちらかを滅ぼすまでには至らなかった。

 人の世が乱れれば魔の物たちは勢いを増し、逆に世が平穏になれば退魔士の勢力が優勢となる……………そんな拮抗をずっと続けてきた、はずだった。


 文明が大きく進歩し、人間の数が大幅に増すにつれ、魔の物たちの勢力は見る見るうちに押されていった。

 その一方で、明治維新後の開国により、外国の異能使いたちと交流を深めるなどして劇的に強力になった退魔士たちは、昭和の終わりごろになるに至って、ついに魔の物の完全討滅を決定。

 持てる力とノウハウ、そして多額の資金を投じて育て上げた次世代の精鋭退魔士を惜しげもなく投入したこともあり、平成の中ごろには、とうとう日本の国土から魔の物は文字通り「絶滅」した。

 しかし、それだけでは終わらず、優秀な日本の退魔士たちは世界各地に活動範囲を広げていった。そして最終的には、南米の奥地に追い詰められた世界最後の魔物コミュニティーを撃滅せしめたのだった。


 こうして、人間に害をなす超常的な存在はこの世から抹殺されたわけだが、最終的な勝者となった人類たちに、ある一つの問題が残った。


 世界の平和の立役者にして、今後の世界でその存在意義を失った退魔士たちの扱いについて――――だ。


 古の言葉に「飛鳥尽きて良弓蔵められ、狡兎死して走狗煮らる」というものがある。鳥が尽きれば鳥を狩る弓は捨てられてしまい、すばしっこいうさぎがいなくなれば、それを追うための犬は食料にされてしまう、というもの。

 平和になった世界には、もはや過剰な異能使いは必要なく、完全な余剰在庫と化してしまった。特に退魔士の育成に多額のリソースを投入していた日本は、今後も彼らに対し多額の維持費を払い続けるのかという問題が早くも浮上している。

 退魔士たちの力なくして魔の物に脅かされない平和な世界はありえないのは事実であり、用済みになったからと言ってすぐにその存在を抹消にしようという意見を表立って口にする人間はごく少数に過ぎない。だが、そのごく少数の意見が発する声の音量は日に日に大きくなっていることもまた事実であり、数か月前にはSNS上で「#退魔士はいらない」のハッシュタグが現れるまでとなった。


 このような風潮は、当然退魔士たち自身も敏感に感じ取っているが、大半の退魔士には一応「魔の物を討伐した」という実績があり、彼らへの優遇は命がけで戦った報酬と言い張ることは可能だ。

 問題なのは、唯祈いのり来朝らいさなど、退魔士として戦場に立つ前に討伐対象がいなくなってしまった存在だ。

 彼女たちは、より強力な魔の物が現れた際の切り札として、また将来退魔士という存在を背負って立つエリートとして、オリンピック強化選手すら比べ物にならないほどの費用をかけて育成されたわけだが、肝心の敵がこの世からいなくなってしまったのは皮肉としか言いようがない。

 ひょっとしたら、将来再び魔の物がどこからか復活し、人類に再び牙をむく可能性はゼロではないとはいえ、現時点で彼女たちは日本国が保有する戦力としては明らかに過剰であることは疑いの余地がないのである。


 現在日本で、退魔士見習いとして育成されている少年少女は約30人ほど。彼らの大半は、唯祈いのりたちのように、将来的な活躍の場を失ったことをわかっており、宙ぶらりんになった自分たちの存在について、少なからず悩んでいる。

 同業者たちの噂によれば、無駄飯ぐらいになりかねない自分の存在を悲観するあまり、退魔士になるのをあきらめようとしている子もいるとのことだったが、そうなると今まで育成に掛かった数十億の税金を返還させるのかどうかで、さらにもめているという噂も入ってきている。

 いずれにせよ、彼女たちの未来は不透明なままだった。




「お待たせしました。オレンジジュース4つになります。ご注文の品はお揃いでしょうか」

「はい、これで全部で…………あれ?」


 喫茶店のウェイトレスが唯祈いのりたちの席に注文品を運んできた。

 一番外側にいた来朝らいさがジュースを受け取ろうとしたが、なぜか頼んだ人数分より一つ多い。


「はっ、まさか!?」


 もしやと思い全員が唯祈いのりの隣に視線を移すと、そこには今まで影も形もなかった4人目の女子の姿があった。


「あ、やっと気づいた?」

「うひゃあぁっ!? 摩莉華まりかさんいつの間に!?」

「ま、摩莉華まりか先輩がいるっ!? 私、さっきからその辺をちゃんと見てたのに、全然気が付かなかったぁ!」

摩莉華まりかさん……お願いですから、お化けみたいに突然現れるのはやめてください。とっても心臓に悪いです」


 見習いとはいえ、戦闘のプロ三人に全く気が付かれることなく空いてる席に座っていた女の子、翠 摩莉華すい まりか

 膝裏まで届くほどの凄まじい長さの銀髪で、後ろだけでなく前髪もできる限り伸ばしているせいで、左目が髪に隠れてしまっている。

 服装は元からいた三人と違い私服であるが、これは摩莉華まりかが大学部生だからである。ところどころにフリルのついた、とても可愛らしいピンクの上着に、黒いロングスカートという姿は、どことなく清楚で育ちの良さをうかがわせる。


「ふふっ、ごめんなさいね。かわいい後輩たちがびっくりする顔が見たくて、つい♪ それよりもあなたたち、例の話、もう聞いてる?」

「例の話? あたしが教官と結婚するって話なら――――」

「あんたはちょっと黙ってなさい。何か気になることがあったんですか摩莉華まりかさん?」

「ええ、実はね…………ひょっとしたら私たち4人に、実戦の機会が与えられるかもしれないのよ」

「実戦!?」


 摩莉華まりかの口から出た「実戦」という単語にガタっと反応したせい。勢いよく立ち上がったせいで、危うくオレンジジュースを机にぶちまけるところだった。


「くくく……ついに時が来たのね! 退魔士として押しも押されぬ実績を作り出す時が…………!」


 唯祈いのりもまた、この先ずっと訪れないと思っていた活躍のチャンスが急に転がり込んできたことがとてもうれしかったようで、野望に煮えたぎった危険な笑みを浮かべていた。

 そんな二人に反して、普段から沈着冷静な来朝らいさは、その話が本当かどうか疑わしく感じていた。現在の退魔士情勢からして、数少ない戦功を挙げるチャンスがこうも簡単に回ってくるとは思えない。もし何らかの現象で魔の物が復活したとしても、そういうのを討伐する任務は真っ先に現役世代だった退魔士に回すのが筋というものだ。


「あー……二人とも興奮する気持ちはわかるけど、あくまでも噂……ですよね、摩莉華まりかさん」

「さあ、それはどうでしょう? ですが、そろそろお知らせが来る頃かと」


 すると、四人の持っていたスマートフォンが、同時に短い音を発した。

 それぞれが中を開いてみると、そこには彼女たちの上司である、冷泉 雪都れいぜい ゆきとからの召集連絡が入っていたのだった。




※作者注:キャラクターデータは後程記入します




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