カソカゼ~仮想通貨のせいで人生が傾いて、そのおかげで世界を救う風になった~
喜多ばぐじ ⇒ 逆境を笑いに変える道楽家
第1話 風の餞別
-土が水を覆い、木も隣に肩を並べたとき-
「諸君、本日はお忙しい中、この場にお集まりいただき、ありがとうございます」
「…」返事がない。ただの基盤のようだ。
「あれ、みんな聞いてる?」
「…」
「あ、マイクが入ってなかった」
頭をぽりぽり掻いたサンジェルマン伯爵は、ミュート欄をクリックする。
「さて。仕切り直しです。世界各国の頭脳ともいえる皆様。本日はお忙しい中、このオンラインの場にお集まりいただき、ありがとうございます」
パチパチパチ、とまばらな拍手がディスプレイから聞こえてくる。
その時、グリニッジ天文台の示す時刻が、12月22日に移り変わった。
参加者たちは口々に祝いの言葉を投げる。
「土星と木星が水瓶座でコンジャンクション!」
「風の時代に突入だ!」
「おぉ、めでとうございます!」
この会の発起人であるサンジェルマンは、いたって冷静にこう切り出した。
「さて、今、グレートミューテーションとなりました。しかし、何もせずとも世の中が良き方向に変わるわけではありません。まずは現状の`膿`を洗い出していきましょう。では、各国の代表者は、状況を説明してください。まずは極東から」
「はい。極東では、新型ウイルスの感染拡大をめぐって、国民たちの分断が広がっております。 老後2000万円から始まった世代間の分断も深刻です」
「では、クラティアたちはどのようにしているのですか?」
「国民たちに我慢を強いながら自分たちは会食carnivalです。政治資金パーティに躍起…」
「いいかんじにcrazyだね。財政はどう?」
「BOJも紙幣を刷りまくり、政府も大盤振る舞いです。本来は特例のはずの赤字国債が乱発されています。次年度は、106兆円の過去最大予算案となる見込みで、累積債務も1000兆円。MMT論も活発になり…」
「でも極東は大丈夫だよね。300兆円を超える対外資産と、国民の預貯金があるんだから。だから`¥`は弱くはならない。いざとなったらあのカードで…」
「それ以上はおやめください。クラティアたちはそれを隠しています。それと、ひとつ。きな臭い動きが…」
「なんだい?」
「なぜか、軍事銘柄が買われています…」
「もういいよ。極東。それについては、私たちがどうにかする」
極東から会話の主導権を握ったのは星条旗だった。
「星条旗、君たちの国はどうなんだい?」サンジェルマン伯爵は尋ねる。
「FRBが中心となって、異次元の財政出動を進めています。`¥`とは違って、`$`は価値の希薄化を進めています。年間ベースでは過去15年で2番目の大幅安!今後のFOMCでも、異次元の金融緩和を進めていく所存です」
「株式市場はどうだい?」
「ロビンフッターと呼ばれる若者を中心に史上最高値圏を推移しております。少し仕掛ければすぐに吹き飛ぶでしょうが…」
「いい調子だね、星条旗も。クラティアたちも心配事が少ないんじゃないか?」
「実は一つ雲行きが怪しくなっておりまして…」
「どうしたんだい?」
「大統領選の集計結果を廻って、民衆蜂起の動きが…」
このようにサンジェルマン伯爵の質疑に対して、各国代表が説明を続けていく。
「ゲルマンでは首相の必死の訴えで...」
「ブリティッシュでは、新型コロナウイルスの変異型が…」
報告に飽きてきたのか、サンジェルマン伯爵はあくびをしながら、「長い。長いですね」と悪態をついた。
「そうですね、本当に長い」オンライン会議の参加者たちは、そう答えた。モニターに映るサンジェルマン伯爵が秦の始皇帝に見えるからだ。馬と鹿の区別ができない年でもあるまいが。
「あんたが報告させてるんだろう」と思う参加者だが、誰もそれを言葉にしない。各国の実権を裏で握るフィクサーたちだからこそ、伯爵の機嫌を損ねる恐ろしさを知っているのだ。
「では、長くなるだけだからまとめると…」
極東のロックバンドみたく、軽快な切り口の伯爵は、核心に切り込んだ。
「未知のウイルス、格差の拡大、破壊される地球、行き過ぎた資本主義。解決策は、際限のない紙幣の増刷、記録的な政府債務残高、歴史的な政府支出。結局私たちに打てる手はこれだけだったわけだ」
「そうなりますね」
「この状況をどう思いますか?」
「よくない…です」
「で、あなたたちに解決策はありますか?」
この質問に意味はなかった。サンジェルマン伯爵は、参加者に対して答えなど求めていなかったからだ。349年生きている彼にとって、数百歳も年が離れた者たちの意見を聞く気にはなれない。ただ、独裁者にはなりたくなかったので、意見を聞くフリをしていただけだった。
「伯爵の知恵をお借りしたいです」世界の警察である星条旗の代表がサンジェルマンに教えを請うた。
「わたくしたちの国も同じく」勤勉さが光るゲルマンも続く。
「右に同じ」他者に追従するのが得意な極東も同意する。
「では、はじめましょうか。本番は、2021年5月のダボス会議。ここで行われる-グレートリセット-に向けた選別を始めます。オルテガを排除し、クラティアたちが人々の意思を削ぎつつある今、私たちを邪魔するものはもういませんから…」
その時、サンジェルマン伯爵の足元で細長い生物が身を小躍りさせた。
*
画面共有機能を使ったサンジェルマン伯爵は、自らのPC画面を参加者に提示する。
そこには、現在、人々の資産となる様々な価値手段が列記されてあった。
「今からこれらを選別していきます」
ごくり。誰もが息を飲み込んだ。
「まずは、これらからです」
画面に次々と文字が浮かび上がった。
紙幣 bill 法案 facture conto
「貴金属にペッグされていないこれらは、廃止の流れになります。ゲルマンの代表者はその意味をよく知っていますね?」
「はい…」
「続いて、原油は環境の観点から随時廃止。ヘッジファンドは、なんかすごいカッコいいけど羨ましいから随時廃止です。いいですね?」
「はい…」
誰も逆らえない、そんな雰囲気が漂っていた。海千山千の修羅場を潜り抜けてここまでやってきた各国の頭脳たちも、サンジェルマン伯爵の前では赤子同然だった。
「ここからは、救済される事柄を発表していきます。といっても、救済までに数多くの生贄が必要ですが」
ごくり、だれもが息を飲んだ。
「株式市場、債券市場、不動産市場、貴金属市場、穀物市場…以上です」
各国の参加者たちは胸を撫でおろした。彼らの持つ利権がこれで救済されそうだからだ。
しかし、この発表に待ったをかけるものがいた。
「ちょっと待って!!」
突然、怒鳴り声が鳴り響く。
「どのPCからだ!」
「この声はもしや!?」
参加者たちはざわめく。
「俺だよ。サトシだ!このバカげた会議に一言物申しに来たんだよ!」
「…!!!」
一瞬音が消えたあと、サンジェルマン伯爵が再度言葉を発した。
「あなた、どうやってこの会議に入ってきたのですか?アクセス権限は与えていないはずですが」
「権限?そんなもんいらねえよ。俺が参加したかったからハッキングしただけだ。求めよ、さすれば与えられんってやつだよ」
「求める?それはおかしいですね。あなたは、`自分から`この会議から決別したのではないですか?」
「そうだそうだ。いくらなんでも都合よすぎるだろう」
「気持ちはわかるが…」
「12年前の金融危機は防ぎようがなかった。あなたが作ったジェネシスは…」
各画面から、各国の代表たちが非難の声を上げる。
非難の的になったサトシは、それでも声に希望が灯っていた。
「わかってるさ。ただ俺が作ったシステムが、蚊帳の外にされてるのが気に食わなくてさ。あんたらまた、また同じ過ちを繰り返すのか」
「そうならないように話し合っているのではないか?」
「話し合う?これは既定路線の出来レースだろう?伯爵の思惑通りに進むだけ」
「サトシ、君は、私の思惑どおりがいやなのか?」
「ああ、そうだね。だから、不確定の要素をぶちこみたい」
「もしかして、あれか?」
「そうだ。俺はこの会議から今度こそ出ていく。だから餞別をくれよ。グレートリセット後の救済に、暗号資産も加えてくれ」
* * * * * * *
【ほんのり勉強になる注釈】
グレートミューテーション:エレメントが変わること。
発展・拡大の星・木星と試練や課題の星・土星が約20年ごとに重なることを「グレートコンジャンクション」
「火・地・風・水(エレメント)」のそれぞれの素質を強化するように何度も同じエレメントで重なる。エレメントの強化を終え、次のエレメントに変わることを意味。
MMT論 Modern Money Theory
現代貨幣理論
変動相場制で自国通貨を有している政府は通貨発行で支出可能なため、税収や自国通貨建ての政府債務ではなくインフレ率に基づいて財政を調整すべきだという財政規律を主張
FRB:The Federal Reserve Board(連邦準備理事会)の略
日本における日銀と同じ、アメリカの中央銀行制度の最高意思決定機関
FOMC:Federal Open Market Committee(連邦公開市場委員会)の略。アメリカの金融政策を決定する会合のこと。
日本では、「日銀金融政策決定会合」に当たるものがFOMC。
ロビンフッター(robinhooter)
米国のロビンフット証券が提供するスマホアプリで売買を行う個人投資家のこと。新型肺炎の流行によって家にいる若者を中心に急速に増加した。
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