環境構築17%

≪これなら問題なく外出に運用できます≫

 万感の思いで私は彼にゴーサインを出した。

「……とうとう……合格ですか、アイさん……」

 彼はゆるゆると右腕を掲げガッツポーズを決めている。

 その様を見ながら私は室内の有様を見回した。

 壁。壁という壁には何かの激突痕が至る所についている。彼は壁という存在を呪ったのではないだろうか?いや恨んだのかもしれない。

 廊下。練習環境を実際に近づけるべくカーペット等の緩衝材を尽く取り除いた結果、幾つものスリップ痕が残っている。事故現場なら凄惨だなと思うも、初期のころは事故現場と大して変わらなかった、と思い直した。

≪まず運転を終えて降車が可能になったら?≫

 自分の音声をなんとなく冷え冷えと感じたが、彼も同じだったようだ。

 掲げていた右腕が電光石火でハンドルを掴み、左腕が目にも止まらぬ速さでパーキングにシフトチェンジ、流れるようにサイドブレーキのボタンを押す。

 一連の動作の後こちらを窺うように助手席に置かれた私に目を向けてくる。

≪……合格ですね≫

 彼が両手を跳ね上げたのを眺めつつ私のベルトの着脱をお願いした。

「……アイさん意外と小さいよね」

 彼の腕にひょいと抱えあげられる。

 論理的に運転技術をコーチングするのに両手両足のある本体端末の方が望ましいのは事実だと思う。但し、それに伴って端末自体を損耗するわけにはいかない。そう判断せざるを得ない、そんな運転をする人物に運転を教え終えて貰う言葉がこれで良いのだろうか?

「あ、ありがとうございました」

 何故か彼が慌てたように声をかけてくる。

 何故か満足感と定義するべきものを得た。

≪しかし、ミキヤが運転を出来ないのは意外でした≫

「……アイさん。今俺見える?」

≪現在の外周モニタは建物内のカメラに依存しています。なので現状私には、私が宙に浮いてるように見えていますが?≫

 端末の前で彼に降ろしてもらうと事前設定通りに知覚保全ユニットを端末は胸部に設置する。

 視覚を得る。

≪そして今なら見えます≫

 バイオロイドの視覚系列は基本的に人間と同様の視覚を得るように生体モジュールも多用されている。多用というのは人間の視覚以外の問題に対処するためのインプラントが幾つも植えられているからだが。その視覚の中で彼は困った顔で笑っている。

「うん。だから取ろうと思ったことがないんだよね。免許」

≪……失念していました≫

「いや、ん?そんな申し訳なさそうな声を出すこと?」

≪ミキヤが、少し悲しそうでした。そして今の私の音声は申し訳なさそうでしたか?≫

「俺は申し訳なさそうだなって思ったが。あと……悲しいっていうか羨ましいんだよね」

≪羨ましい?≫

「俺は映画とかテレビとか本の中でしか青空の下でドライブっていうのを知らないからさ」

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