第13話 天狗

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※注意


今回、軽度の流血表現と暴力的な描写がございます。その点につきまして十分ご理解して頂いた上でご覧下さい。


また、ご覧になった後の批判・苦情等に付きましては対応致しかねますのでご注意下さい。




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「…あはは、弱すぎない?こんなんでやられちゃうの?」


太陽が南の空を渡る頃、白旺山の頂きまであと少しの岩場でそう言い捨てた俺は、倒れて動かない奴らを尻目に掛けて笑った。


「あーあ、ほんと弱すぎて笑えないんだけど。」


俺がそう言うと岩肌を撫でていた風が身を斬るように鋭く強くなった。


「やっぱりアンタらもそう思う?…白旺山の天狗さん?」


わざと挑発するような目で、空を飛びながら見下ろしてくる異形の奴らを仰ぎ見た。…そいつらは鋭い嘴に獰猛な目、烏みたいな黒い翼を持った半人半鳥の姿をした天狗で、山伏やまぶし装束を身に纏っていた。


「んー、おかしーなぁ。アンタら、白旺山に住み着いて悪さをしては、【白虎おれら】に手も足も出せずに退治されてたんでしょ?…あ、もしかして悔しくて特訓しちゃったとか?あははっ!健気でかわいーね!」


小馬鹿にしたような調子で笑うと、突然風向きが変わり数十個の石礫いしつぶてが飛んできて俺の頬や腕に当たって皮膚を切った。


「…いってぇー…」


『言葉ニハ気ヲ付ケロ、ニンゲン。次ハナイゾ。』



流れる血を道着で拭いながら脅してきたそいつを睨み見た。…数十といる烏天狗とは異なり、赤い顔に高い鼻、そして手に羽団扇を持ったそいつがこの群れの大将であるとすぐに分かった。


「良い団扇持ってんね。それ一振りで討伐隊を壊滅するなんてさ。…丸腰じゃ敵わないから持ってきたんでしょ?小心者の考えることは卑怯だね〜。」


語尾を上げて揶揄うように笑えば、周りの烏天狗達が荒々しい羽音を立てて騒ぎ出した。


『キサマッ!オオテングサマヲブジョクスルノカ!!』


『ナンタルコト!ヤツザキニシテクレルゾ!』


『サア!チニフシコウベヲタレヨ!!』


ギャアギャア甲高い声で責め立てるそいつらを眺めながら小さく舌打ちをして溜息を吐いた。


「…うるさいなぁー…ザコって本当によく吠えるよね〜、黙ってることも出来ないの?」


『ナンダトォッ!!』


羽を逆立てて目を吊り上げながら今にも飛びかかろうとしたそいつを『待テ』の一言で制したのは涼しい顔をした鼻高天狗だった。


『威勢ダケハイイナ、ニンゲン。シカシ、ソレモ実力ガ伴ワネバタダノ空威張リダガナ。』


そう言った鼻高天狗が長い鼻を揺らして笑うと、黙って聞いていた烏天狗達がカラカラカカカッと笑い出した。その光景にイライラが募っていった。


「…子供いじめて楽しーの?趣味悪〜…」


『貴様以外ノ大人ガ呆気ナク倒レテシマッタノダカラ仕方アルマイ。悔シイナラ御自慢ノちからデ捩ジ伏セルガイイ。』


愉悦に歪む目を見上げながら俺も底意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「それが怖くて初っ端に俺の足と腕折ったくせに何言ってんの?説得力なさすぎ。」


そう言って痛む腕と足を見下ろすと、ついさっきの出来事が思い出されて溜息を吐いた。


…ここまで登って天狗共と対峙した時、戦おうと俺らが地を蹴ったのを見計らって振われた羽団扇から突風が吹き乱れて俺らは硬い岩に叩きつけられた。普段から鍛えているとはいえ空中で、しかも全身に纏わり付いた強風のせいで碌に受け身が取れなかったため深手を負い皆意識を失った。…だけど幸か不幸か、俺だけは片腕と片足を折るだけで意識を失うことはなく、こうして天狗共と睨み合っている訳だった。


「ていうか、アンタら人に悪さする妖怪なんだから抵抗とか面倒くさいことしてないで大人しくやられてよ。物語は勧善懲悪が定番でしょー?」


俺がそう言うと、また天狗共が笑い出した。


『カカッ!ヨウカイトカミノチガイモワカラヌトハ、ビャッコモチニオチタナァ!!』


「…はあ?」


苛立ちに顔を歪めた俺の頭上を旋回するソイツらは、下駄の音みたいな声で笑って俺を見下ろした。


『…天狗道ニ堕チタ魔縁まえんノ者ト同一視サレテハ困ル。我等ハ正シク修メタ者ダ。』


「“正しく修めたぁ”??人間に被害与えといて何言ってんの?自分の行動顧みたらぁ?」


熱を持ち痛みの増す腕を強く握って弱みを見せないように一生懸命噛み付いた。


『物ハ捉エヨウトハヨク言ッタモノダ。アレラハ我等ヲ視認デキヌ者ヘノ忠告デアッテ好ンデ害ヲ与エタ訳デハナイ。』


「はっ…?」


…その言葉に、一瞬あの子の言葉が頭の中を過った。そしてその一瞬が命取りだった。


「…っ!?いっ…!!」


気が付いた時には既に遅く、背後から飛びかかった烏天狗に腕を取られ、抵抗する間もなく取り押さえられた。片手で何とか堪えたおかげで地面に寝転ぶなんて醜態を晒すことはなかったけど、無慈悲にも折れている方の腕を掴んで下駄の歯で足を踏みつけるから、その痛みのせいで目の前がチカチカして意識が飛びかけた。



『…憐レナ者ヨ、最期クライハ選バセテヤル。炎ニ胸ヲ焼キ貫カレルカ、風ニ首ヲ斬リ落トサレルカ、ハタマタ岩ニ押シ潰サレルカ……好キナ死ヲ選べ。』


ゆっくりと地面に降り立って気味が悪い程の優しい声でそんなことを言った。正直、痛みに波打つ鼓動の音で途切れ途切れにしか聞こえなかったけど、意固地いこじな性格に笑みを浮かべた。


「…っ、は、ははっ!…情け、なんてっ…いらない、んだけどっ!…っ…やるなら、好きにやれば?……そんなの、選ばせてんじゃねぇよ、成り上がりの木偶でくの坊ー…」


絶え絶えになった熱い息と一緒にそんな言葉を吐き出せば、俺の腕を掴む力が更に強くなった。でもそれを痛いと感じるほどの余裕はもうなかった。



『…フム、死ヲ分カッテイナガモ命乞イデハナクヲ通スノカ。ソノ心ノ強サ、正シク白虎ト讃称ニ値スル姿勢ダ。…良カロウ。ナラバ我モ神トシテ貴様ニ相応シイ死ヲ与エルトシヨウ。』


鼻高天狗がそう言った次の瞬間、氷の礫が飛び乱れるような冷たくて鋭い風が吹き始めた。それに顔を上げてソイツを見ると、あの羽団扇に炎を宿して近くにあった岩に向かってゆっくり振り下ろした。すると、その大きな岩は炎の旋風つむじかぜに包まれて宙に浮いた。


「…はっ…、決めらね、ぇから…全部って、わけ?…ほんと、頭悪ぃ、な…。」


『ソウデハナイ。コレガ我ニ出来ル最大限ノ讃美ノ制裁ダ。コノ岩ガ貴様ヲ押シ潰シ炎ニ抱レタ後、風ガ正シイ道へ貴様ヲ導クダロウ。案ズルナ、痛ミハナイ。』


「…はは、ご親切にドーモ……」



そんなやり取りを最後に俺は俯いた。


(…あーあ、こんなことになるとか聞いてないんだけど。ていうか、何で俺だけきっちり殺されないといけないの?唯一気絶しなかったから?【白虎】の次期当主だから?いつの時代の誰が何で妖怪と神様が見分けらんなかったのかは知らないけど、長年の怒りを俺で清算しようとか本当に勘弁して欲しいんだけど…。)


元気があったら口に出していた不平不満を頭の中で呟いても一向に気持ちは晴れなかった。だけど、ただ大人しく死を待っているのもつまらなかったから最期に過ぎる走馬灯でも考えようと色々思い出すことにした。



(…俺の人生、何が最悪ってそもそも【白虎】に生まれたことだよね。別に白虎みたいに暴れながら戦うっていうのは嫌いじゃないけど、それを強制されるのは本っ当に嫌だった。)


物心ついた時から周りにいるのは神聖さの欠片もないギラついた目をしたむさ苦しい野郎ばかり。男尊女卑の思想が根強い【白虎】は住む場所や護る場所、祭事や儀式など徹底した区別のもと、白虎を祀りこの地を治めていた。


(…汗くさい男に囲まれながら修行させられて、しかも自分より弱い奴に敬意を払えとか…やってらんないよね。)


男尊女卑の思想に加え、【白虎】は家父長制かふちょうせいを重んじる家系だった。だから、実力的に言えば俺の方が既に父上よりも優っているけど、当主である以上、父上が俺より弱くて金の板も割れないほどだとしても最高な存在として敬意を払わなければならなかった。


(…敬語を使わないだけで七日間三食なしの上に修行の量を三倍に増やすとか、付き合ってらんないから「長い物に巻かれる従順な西城秀」を演じるようになったのも良い思い出だね〜…めんどくさっ…)


それが「一つ目の西城秀かめん」。そこで我慢しておけばまだ救いはあったのかも知れない。



(…修行が嫌で、というよりは「【白虎】の次期当主」であることが嫌で抜け出して、母上と姉上のいる虎ノ尾神社したに行ったのは後悔したなぁ〜…キレーなお姉さんに会えるのまでは良かったんだけどね…)


幼心に芽生えた欲を満たして欲しくて母上のもとまで行った時、母上は息子に会えたことを喜ぶでも、抜け出して来たことを咎めるでもなく「帰りなさい」と一言残して立ち去った。心を打つ鈍痛に立ち尽くしていると、修行から帰ってきた神職のお姉さんたちに声を掛けられた。振り返って見上げると、目を瞬かせた後優しく笑って「大丈夫?」「ジュース飲む?」と言ってくれた。母上とは違って、求めていたものをくれるその空間が心地良くて、何度も修行を抜け出して会いに行くうちに気が付いてしまった。



『…秀君は可愛くて綺麗で格好良くて、それでいて賢くて優しいからきっと大きくなったら女の子にモテモテだね。楽しみだなぁ〜。』


『この前ね、白虎様と宮司様が秀君は【白虎】最強だって褒めていらしたの。大きくなって秀君が【白虎】を率いていくの、今からとっても楽しみね。』



(…容姿と性格が良くて【白虎】の次期当主っていう特典付きだから、仲良くしておこうっていう下心がはっきり見えるようになったのはいつからだっけ?…知らなきゃ良かったのに、似たようなもんを望んでたから分かっちゃったんだよねぇ〜…「容姿も性格も良くて特典付きの西城秀」、だから好きになってね、優しくしてねなんて、今考えても天才(笑)だね〜…気持ち悪っ…)


それが「二つ目の西城秀かめん」。どちらも捨ててしまいたかったけど、一度手にしてしまった居場所を失うことは恐怖でしかなかった。


仮面ばかり被って、偽って…そしたら本当の自分が「三つ目の西城秀かめん」みたいに思えてきてよく分からなくなっていた。だけどもう、それでも良いと思っていた。…愛してくれるなら、それでもー…





『嘘つく時の笑顔、覚えたもん。』


突如耳に響いたその言葉に、地面を支えている方の手を硬く握りしめた。


(…何で、完璧だったでしょ…嬉しくなくても偽って他意なく笑うのなんて、日常茶飯事で、それが「西城秀おれ」で……)


弱点を突くようなその言葉に、苛立ちと恐怖が心の中で入り混じる。


(…そもそも、何で手の内を明かすようなマネをした…?「二つ目の西城秀かめん」がダメなら「一つ目の西城秀かめん」で偽るべきだったのに……そうやって、生きてきたのに、なんでー……)





『…守護者だって思ったことは一度もないよ。友達になりたいから、もっと仲良くなりたいから一緒に寝たいだけ!そもそも、何か企むとかわたしに出来るわけないじゃん!』



(……ああ、そっか。そういうことかー…)


胸にストンと落ちた言葉が答えだと解った時、握りしめた手の甲に汗が一つ落ちた。


(…あの子は、一度も自分を「【応龍】」って言わなかった。俺を「守護者」じゃなくて「友達」って言った。…出逢った時から、直感的に分かってたんだ。家柄とか肩書きとか、そんなものに囚われてないって……ありのままで自由だったから、俺もー…)


そこまで考えると、俺は小さく笑って顔を上げた。


「…あーあ、せっかく見つけたのに、もったいないなぁー…」


見上げた先の光景に向かってそう言ってから静かに目を閉じた。もうじき訪れる自分の死に不満がない訳じゃないけど、最期に自分のあるべき姿と場所を見つけたから満足だった。



『…サラバダ、ニンゲン。来世デハ真ッ当ナ道ヲ歩メ。』


「…はいはい、じゃーねー…」


俺がそう言うと、腕を掴んで取り押さえていた烏天狗が飛び去って、凄まじい強風と熱風を全身に浴びた。ああ、いよいよか…と思った時だった。




「…ちょっと待ったぁぁあ!!!」



…吹き荒ぶ風の音を貫くように聞こえてきた声に、目を開いて振り向いた。


「………はっ…?」


険しい岩の道を一生懸命駆けながら現れたその姿に、その場にいた全員が目を奪われ言葉を失った。




「…なに、してんの……あんた…」


震えた声でそう言えば、ニコッと元気な笑顔が返ってくる。


「…決まってるでしょ?助けに来たんだよ!一緒に帰ろう、秀!!」


澄んだ声で呼ばれた自分の名前に、思わず泣きそうになった。心の底から溢れるほどの嬉しさが苦しくて、堪えるように俯くと握りしめた手に小さな手が重ねられた。その温かさに顔を上げると、今にも泣き出しそうな顔の自分がその大きな目に映っていた。


「……何?笑いにでも来たの?どうせこうなるって思ってたんでしょ?口ばっかで中身スッカスカのやつなんか、信じてないもんね。…ほっといてよ、負けたやつは、死ぬだけなんだから……」


情けない姿を見せてしまったことが恥ずかしくて素直になれず、ついそんな言葉を吐いてしまう。すると、ニカッと歯を見せて笑い口を開いた。


「…うるさいなぁ!らしくないことばっか言わないでよ!わたしは、わたしのワガママを叶えるために来たの!だから大人しくわたしに助けられて!」


「…ワガママ…?」


彼女の解らない時の癖を真似るように繰り返すと、頷いてから微笑んだ。


「…だって、「秀」って一回も呼んでなかったんだもん。それに、まだ遊んでないから死んだらダメだよ、秀。」


そう言って俺の両頬をぺちんと軽く叩いて立ち上がり、振り返って鼻高天狗を見上げた。


「…【白虎】の人達に代わって謝ります、ごめんなさい!!これからはちゃんと貢物を持ってきますし、足を向けて寝ません!だから、仲直りしてください!お願いします!!」


謝辞を述べて頭を下げた彼女を見て、一瞬の空寂の後に烏天狗達がギャアギャアと騒ぎ出した。


『ナニヲイッテイル!セキネンノウラミ、ワスレロトイウノカ!!』


『ソンナコトバデカイジュウデキルトデモオモッタノカ!?アサマシイコムスメメ!!』


『ナンタルコト!ナンタルコト!!』


「違います!忘れて欲しいんじゃなくて、仲良くして欲しいんです!だって、同じ土地を守る者同士ー…」


怯むことなく訴えかける彼女の言葉を遮るように雄叫びを上げた烏天狗達は、今にも襲い掛かってきそうな勢いで黒い翼をはためかせた。


「…やめなよ、コイツらに話し合いなんか出来る訳ないじゃん。…コイツらが殺したいのは俺なんだから、部外者のアンタはさっさと逃げなよ。」


そう言って白衣びゃくえの袂を引っ張ると、彼女は首をブンブン横に振った。


「ダメ!憎しみ合ってたら、ダメ!!もう終わりにしないと、どっちも悲しくて苦しいんだよ!!」


そう叫んだ瞬間、眩しい白光とさやかな風が彼女を包み込んだ。それに驚いて手を放すと、彼女は一歩二歩と鼻高天狗に近付いて行った。あんなにうるさかった烏天狗達は、目を見張って何も言わずにその姿を見守っていた。



『…ホオ、ソノ光ハ白虎ノ威光カ。ツマリ、貴女ハ白虎ガ認メタ人間デアリ、貴女ノ意思ハ白虎ノ意思デモアルトイウコトカ。』


鼻高天狗の言葉に静かに頷いて答えると、しばらくの沈黙の末、天狗が口角を上げてクククッと小さく笑った。


『…烏ニハ判ラヌカモシレンガ、我ハ一目デ判ッタゾ。貴女ハアノ応龍ニ守ラレシ者デアリ、其処ニイルニンゲントモ我等トモ格ガ違ウ。…シカシ、自ラ頭ヲ垂レテ共ニ歩メトハ…クククッ!面白イッ!気ニ入ッタゾ!!』


笑みを湛えた鼻高天狗は翼を大きく広げて羽団扇を高らかに持ち上げた。すると、その頭上にあの岩石が浮き上がって炎や風の勢いが再び強くなった。


『貴女ノ意思、確カニ聞キ入レタ。ナラバ、ちからヲ我ニ示セ!!ソノ光ガ飾リデナイト証明シテミセロッ!!!』


そう言って羽団扇を振り下ろすと、浮いていた岩石が隕石のような速さで彼女目掛けて落ちてきた。


「ちょっ!バカ!早く逃げろって!!」


微動だにしないその背に向かって必死に叫んだ。すると、彼女は軽く振り返って「大丈夫」と笑ってみせた。



「白虎。」



…芯の通った声で聞き馴染みのある名を呼んだ。その瞬間、小さな少女がさっきと同じ白い光と風に包まれた。そして、拳を握り締めて迫り来る岩石に向かって綺麗な正拳せいけん突きをした。


…するとその直後、突き出した拳の先から見えない空気の塊が飛び出して周りの空気を吸い込みながら光の渦に巻かれて真っ直ぐ空を駆け上っていった。それが岩石に当たると、空気と時間が止まって虎がたけるような轟音が聞こえたかと思ったら、あんなに大きくて硬そうな岩石が一瞬で粉々になった。その欠片が豪風とともに辺りに散らばるのを瞬きもせずに眺めていると、空を飛んでいる鼻高天狗が天を仰ぎながら大笑いをした。


『ガハハハハハッ!!!素晴ラシイ!!数千、数万ノ年月ヲ生キテキタガコレ程見事ニ神ノちからヲ扱ウニンゲンナド見タコトモ聞イタコトモナイ!!我ハ感服シタゾ!!』


思う存分笑って満足したのか、鼻高天狗は地面に降り立ち彼女の正面で膝を折り胸に手を置いた。そして、それに倣うように空を飛んでいた烏天狗達も地面に降りて頭を下げた。



『…我等、白旺山ノ天狗ハ貴女ノ意ニ従イ、積年ノ怨恨ヲ許シ、白虎ノちからヲ継グ者達ト手ヲ取リ合ッテコノ地ヲ正シク治メルト誓オウ。イテハソノ証ニ、我ガ名ヲ与エヨ。』


「…名前?」


そう繰り返すと、鼻高天狗はゆっくり頷いた。


『イカニモ。我等ガ貴女ニ忠誠ヲ誓ウ証デアリ、我等ガコノ山ノ神デアル証トナル印ダ。貴女ノ声デ紡ガレタ時、初メテ盟約ガ結バレル。』


その言葉を聞いてしばらく考え込む素振りをした後、顔を上げて真っ直ぐ天狗達を見つめて口を開いた。


「…わたし、頭良くないから難しい名前は思い付かないんだけど、「白天王はくてんおう」なんてどう?白くてきれいな空から皆を守る神さまだよ。」


彼女がそう名前を呼んだ瞬間、天狗達の黒い翼が白く輝き出した。そして、その翼を大きく広げて飛び上がり、空の彼方へ消えて行った。空を見上げていた彼女は、不意に空を掴むような仕草をして握った手を耳元に寄せて小さく笑った。


「…ふふ、「お前等からの謝辞は今度貢物を持って来た時にじっくり聞くとしよう」だって。期待されちゃって大変だね、秀。」


振り返ってそう言うと、小走りで近寄ってきて俺の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。


「…ね、ちゃんと話し合って解決できたでしょ?相手を信じて丁寧に話せば解り合えるんだよ、人間と神さまでも。」


得意げに笑う顔が妙に綺麗なのが憎たらしくて、揶揄うように笑って口を開いた。


「…結局は話し合いじゃなくて、岩を粉々にして気に入られたように見えたけど?」


「うっ……えっと、ほ、ほら!拳で語り合うみたいな!だから、その、あれも話し合いのうちって言うかー…」


あんなに格好良かったのに、急にあたふたしながら答える姿が可笑しくて、大口を開けて笑うと彼女も釣られたように声を上げて笑った。


「あーあ、おっかし〜…死んでもいいやって思ってたのに、死にたくなくなったんだけど。どーしてくれんの?美子。」


さらっと彼女の名前を呼ぶと、目を見開いて俺を見つめた後に照れたように笑って俺の頬を両手で包んだ。


「…それは大変だね。だから、秀が疲れて眠っちゃうまでいっぱい遊んであげるよ!覚悟しててね!」


そう言うと微笑みながら目を閉じた。するとその直後、美子の手が黄金の光に包まれた。そしてその光が触れている俺の頬から体に入って身体の隅々まで巡っていった。



(……何これ…あったかくて、気持ちいいー…)


日向で微睡む猫のように、ゆっくり目を閉じてその光に頬を寄せた。






「…秀、もう痛くない…?」


…花すすきを揺らす風のような声に目を開くと、真っ直ぐに俺だけを映す目がすぐそこにあった。少しでもその目を見ていたくて瞬きを惜しんで見つめていると、美子は俺の腕に目を向けてポンポンと叩いた。


「…痛くない……これが、美子の力なの…?」


折れたはずの腕に触れながらそう尋ねると、美子は綺麗な笑顔で頷いた。


「…さ、ケガして眠ってる皆も治して一緒に帰ろう!いっぱい遊ぶって約束したでしょ?ほら、手伝って!」


そう言いながら立ち上がって近くで倒れている人の元まで走って行った。俺はその小さな背を食い入るように見つめてから自分の腕を見下ろした。


(…変なの…自分の体なのに、愛しいだなんて…)


そう心の中で呟いてから微笑みながら自分の腕にキスをした。そして立ち上がって、岩の欠片が煌めく地面を蹴って駆け出した。






続く…

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