第10話 弱点


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「そんなにむくれてどうした?」


「虎ノ尾神社」へ移動している豪華絢爛な車内で、隣に座るお父様が窓の外を睨み見ている私にそんなことを言った。


「申し訳ありません、応龍様。美子様は「虎ノ頭神社」に拝殿の他に見所がないため、気を悪くされてしまったようなのです。」


頼んでもないのに嘘っぱちの私の心を代弁したその子をゆっくり睨み見ると、憎たらしいくらい綺麗な笑顔をして見せた。


「成程、金の拝殿だけでは飽き足りなかったのか。あそこは武道を極める者のためにある故、余計な装飾や見世物がないのだから仕方ないだろう。」


…金ピカが修行にどう必要となるのか聞いてみたかったが、正面にいるその子の笑顔にムカムカと怒りが募ってその気も失せてしまった。


「これから参ります「虎ノ尾神社」にはいくつか見所がございますので、お楽しみ頂けるかと思いますよ。」


「…タノシミデス。」


ジト目で見つめがら棒読みで返事をすれば、花がほころぶような笑顔で「ご案内致しますね!」と心にもないことを言ってきた。さっきの置き去り事件を赤裸々に暴露してやろうか…と考えたのと同時に、車が停まって運転席と後部座席を隔てている壁の小窓が開いた。


「お話中に失礼致します。皆様、「虎ノ尾神社」に到着致しました。」


運転手さんがそう言うと、後部座席のドアが自動で開いた。白虎殿、偽り笑顔の子、お父様が順に降りて最後に私が降り立った。



「「「いらっしゃいませ、応龍様、美子様。」」」


「虎ノ頭神社」の時と同様に参道に沿って左右に一列ずつ女の人達が並んでいた。だけど、武道家ならではの迫力や暑苦しさはなく寧ろ気品が漂っていた。


(…こっちの鳥居は金ピカじゃなくて真っ白なんだ…ちょっと安心した…)


胸を撫で下ろしながら鳥居を見ていると、その向こうからすらりとした体型の銀髪の女性が歩いてきた。


「応龍様、美子様、ようこそお越し下さいました。短い間ではございますが、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ。」


綺麗な所作で挨拶をするところを見ると、同じ家系であることを疑ってしまう程だった。


「秀。昼食の用意が整うまで美子様に境内のご案内を。」


「承知しました、父上。」


承知の意を笑顔と共に伝えたその子と私の二人を残して、銀髪の女性と白虎殿、お父様に並んでいた女の人達は鳥居の奥へと消えて行った。




「…どうせ案内なんてするつもりないんでしょ。」


嫌味ったらしくそう言うと、その子は満面の笑みを浮かべた。


「もっちろん。話が早くて助かるなぁ。」


「嘘つく時の笑顔、覚えたもん。」


ふんっ!と顔を背けて来るべき追撃の言葉に何て返そうか考えていたけど、いくら待っても言葉は返って来なかった。不思議に思ってその子を見ると、驚いた表情をしたまま立ち尽くしていた。



「…ど、どうしたの…?」


何だか急に悪いことをしてしまったような気がして恐る恐るそう尋ねた。


「…嘘つく時の笑顔って何……ちゃんと、笑えてるでしょ、俺……」


私の問い掛けには答えず、自問するように呟いてそのまま口を閉ざしてしまった。


「そんな所で何してるの?秀。」


どうしようと考えていると不意に背後から女の子の声が聞こえて来て、振り返ってみると緑の葉っぱを沢山のせた竹ざるを持った、さっきの女性や彼と同じ銀色の髪のとても綺麗な女の子が立っていた。


「…うわっ…」


「失礼な奴ね。…あら?貴女、もしかしてー…」


「あっ、天地美子です!今日は【白虎】の皆さんにご挨拶に来ました。」


少しドキドキしながら自己紹介をして頭を下げると、ふふっと上品な笑い声が聞こえてきた。


「勿論存じ上げておりますよ、美子様。私は西城優さいじょうゆうと申します。そこにいる西城秀の姉にあたります。」


「えっ、姉っ!?」


衝撃の事実に勢いよく振り返ると、彼は頭をかいて大きな溜息を吐いた。


「…どうせここに来たら嫌でも挨拶するんだし、わざわざ言う必要なくない?」


悪怯れる様子もなく言い放ったそれは確かに正しいけど、でもやっぱり家族のことはちゃんと言って欲しかったという思いもあって「うぅ〜…」と唸ってしまった。すると、それを黙って見ていた彼のお姉さんが、そっぽを向く彼に近付いてゴツン!と一発拳骨を食らわせた。


「いったぁあっ!!?」


鈍い音がした頭のてっぺんを両手で押さえながら尻餅をついた彼は、目に涙を浮かべながら睨むようにお姉さんを見上げた。


「何すっ」


「意地悪と嘘は言うなって教えたわよね?何?言いつけも守れないって言うの?私より弱いくせに生意気ね。」


文句を言おうとした彼の言葉を遮るように早口でそう捲し立てたその姿は、怒れる虎のようでその剣幕と向かい合う彼はもちろん、傍観者である私も思わずたじろいでしまった。


「…美子様、不快な思いをさせてしまうばかりかこのような見苦しいところまでお見せしてしまい大変申し訳ございませんでした。一族を代表してお詫び申し上げます。」


振り返って丁寧に謝罪したお姉さんは、何だか大人の人みたいでとてもかっこよかった。


「秀、境内の案内よろしくね。どうせうえの方は碌に案内してないんでしょう?幸いにもこっちは案内するところが沢山あるから挽回してきなさい。」


「…姉上が案内なさったら良いじゃないですか。」


不貞腐れながら小声で反論するも、お姉さんの一睨みで口をつぐんだ。


「見て分からない?私はこれから昼食の用意があるの。暇じゃないの。それにあんた、よく抜け出して遊びに来るんだから詳しいでしょ?じゃあよろしくね。」


そう言うと私に笑顔で一礼してから背中を向けて鳥居の方へ歩いて行った。その後ろ姿が見えなくなった頃、座り込んでいた彼が大きな溜息を吐いて立ち上がった。


「…あーあ、サイアク……ほら、行くよ。案内するとこいっぱいあるんだから、ちゃんと付いて来てよね。」


「…!うん!!」


渋々といった感じだったけど、今度は置いて行かれないということが堪らなく嬉しくて満面の笑みで頷いた。






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「…ここが「虎石庭こせきてい」。その昔、白虎が岩から岩へ飛び跳ねて遊んだって言われてる場所。全部で九つある岩を落ちずに渡り切れば願いが叶うって言われてるよ。」


お姉さんに命じられた彼が一番始めに案内してくれたのは「虎石庭」という大きな岩と白い砂利が敷き詰められた広くて綺麗な場所だった。


「へー、一個一個の間が離れてるから難しそうだね。」


広い石庭に向けていた目を隣に立っている彼に向けながらそう尋ねた。すると、彼はチラッと私を見て首を横に振った。


「全然。まあ普段は枯山水かれさんすいの波紋が崩れるって理由で立ち入り禁止にしてるから挑戦は出来ないけどね。」


「かれさんすい?」


いつもの癖で分からないところを繰り返すと、至極面倒くさそうな顔をしてから溜息を吐いた。そして急に飛んだかと思ったら一番近くの岩に着地して振り返った。


「枯山水っていうのはこの庭みたいに水は使わずに石とか砂利を使って山水、つまり自然の風景を表現すること!」


キレ気味に、だけどわかりやすく説明してくれたけど、納得よりも更なる疑問が浮かんできて言葉を返した。


「なんで水は使わないの?」


「うっ…し、知らない!」


そこでスパッと会話を切るとスタッ、スタッと軽やかに岩から岩へ飛び移り始めた。


「立ち入り禁止なのに遊んでて良いの?」


「落ちなきゃバレないし、俺の家でもあるから良いでしょ。」


そう言って八つ目の岩まで辿り着くと立ち止まって最後の岩を見つめた。


「どうしたの?九つ落ちずに飛んだら願い事が叶うんでしょ?」


「……」


岩の方を見つめていたからどんな表情をしているのかは分からなかったけど、黙り込んだその背中は何だか寂しそうで、掛ける言葉を失ってしまった。



「…こんなんで願いが叶うとか、信じてる奴はお目出度いね〜、馬鹿みたい。」


最後の岩には飛び移らずに私のいる所までひとっ飛びで戻ってきた彼はここにはいない誰かを嘲笑ってさげすみの言葉を吐いた。それを黙って見つめていると、彼は決まりが悪そうに頭を掻いて歩き始めた。


「ほら、次行くよ。案内し切れなかったら俺が姉上に怒られるんだから。」


「…うん。」


何だか心の深い部分を見てしまったようで、有耶無耶にはしたくなかったけど今日会ったばかりの私が触れていいのか分からず、小さく返事をすることしか出来なかった。






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「はい、ここが最後の観光名所「黄昏こうこん白岩はくがん」でーす。」


そう言われて案内されたのは大きな白い岩の周りにゴツゴツの小さい岩がいくつもある場所だった。


「こうこん?」


「たそがれって読む方が一般的だけど、夕方って意味。ある夕方の頃にここで寝た白虎が岩になったっていう故事が由来で西の最強パワースポットって言われてる。」


「へぇー!何で白虎は岩になったの!?」


興奮しながら彼の目を見つめると、驚いた表情になって少し後退り距離をとった。


「し、知らないよ。実際に見た人なんていないし、白虎の考えなんか人間に解る訳ないじゃん。」


そう言い捨てた彼に、今度は私が驚く番だった。


「え、でも、白虎の加護があるんでしょ?だったら解るもんじゃないの?」


「あー…まあそう考えるのも無理は無いけど、だとしても神獣と人間だし、解る訳ないじゃん。ていうかさ、加護があるって言われてるけど、それ自体怪しいよねー。」


「えっ……?」


すると、彼は白い岩の所まで歩いて行くとドアを叩くように表面をコンコンと軽く叩いて振り返った。


「さっき父上も言ってたでしょ?俺ら【白虎】は鍛え上げた己の身体一つで悪しきものと闘う。つまりは才能や努力次第でなんとでもなるってことで、強さは白虎の加護とかじゃなくて俺ら【白虎】の努力の賜物ってことじゃん。」


その言葉に戦慄せんりつを覚えた。そしてその恐怖に喉が潰れて声が震えた。


「…な、に言ってるの…?四千段を一気に登っても息が切れないとか、人間離れした身体を作ってるのが白虎の加護じゃないの…?」


一生懸命そう言葉にすると、彼は小首を傾げて口を開いた。


「人間離れ?修行したら四千段くらい息切れしないって普通じゃない?というか、そういうのも遺伝っていうかさ、やっぱり俺らが努力して受け継いでいったものだから加護じゃないよね?」


怪訝そうな顔で彼がそう言った次の瞬間、私の背後から「失礼致します」という女性の声が聞こえてきた。


「秀様、美子様、昼食の御用意が整いましたのでお迎えに参りました。」


「あ、はーい。おねーさん、ありがと〜!」


呼びに来た女の人を見るなり、とびっきりの笑顔と猫撫で声になった彼とそんな彼に頬を赤らめる女の人を見て、何とも形容しがたい感情になった。


「では美子様、参りましょう。皆様方がお待ちですよ。」


そしてその笑顔が自分に向けられると、どうしようもないほど胸が苦しくなった。苦しかったから、言葉ではなく頷いて答えることしか出来なかった。



(…やだなぁ…あの笑顔。見てると苦しいのに、誰も何とも思わないのかな…?)


そんなことを考えながら、楽しそうにお喋りをしている彼と女の人の背中を見つめた。晴れない気持ちが後ろ髪を引くけど、手立てすらない私はその背中をただ追いかけた。






続く…

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