第4話 一色千尋の歓迎会

『だからな、千尋。俺は常日頃から思っているわけよ。俺の風評は確かに悪いが、それでも女の子は俺に寄ってくる。これは果たして俺が悪いと断定されるのかと言われれば違うと思うわけよ――お前もそう思わないか?』

「電話、切っていいですか?」


 仮にも先輩からの着信を、しれっと切ろうとする一色千尋もまた変わった青年である。しかし彼の言っている意味がどうしても分からないのだ。

 さて、今の状況を説明しようか。一色は自宅の自室にて本を読んでいたのだが、突然電話が掛かってきたのである。一応先輩ということで連絡先を渋々交換した雪彦からで、一色はその電話を嫌々ながらも出てみた。

 一色がここまで嫌がるというのも、雪彦が一色に電話をするのは割と頻繁にあることなのだ。故に一色もそれに警戒していた。出ないという手もあるのだが、これがもしも部活の活動についてである可能性があるものだから、無暗に切ることも出来ない。この辺りが一色の甘いところであり、変なところで真面目なところでもある。それを分かった上で電話を掛ける雪彦も雪彦なのであるが。


『冷てぇな千尋ぉ。そんなんじゃモテないぞ?』

「モテて雪彦先輩みたいになるくらいなら、俺はこのままで良いです」

『お前、この前のことを真に受けるなよ!? あれは美月やら初香が広めた完全なデマだからな!』

「……そうですか」


 もちろん信じていないため棒読みである。それに雪彦もすぐに気付いたのか、食って掛かった。


『信じてないだろ!? あぁ、なら良いぜ。俺と四六時中一緒にいたら俺の人となりが分かるだろ』

「あ、すみませんキャッチが入ったので」

『ちょ、おい待て! 見え透いた嘘をつくんじゃ』


 一色はこれ以上、会話を続けることが不毛と考えたからか、適当な嘘を付いて電話を切る。ついでに今日は着信拒否の設定にしておいた。

 そして栞を挟んでおいた文庫本に手を掛け、また読書を楽しもうとした。

……その時、ピリリリと再び電話が鳴る。その相手は、これまた電話が掛かってくることが多い初香であった。


「………………………………………………………………」


 電話が鳴り響くこと十数秒。一色はこの電話を出るかどうか本気で悩んだ。彼の頭の中には電話を出た場合の面倒くささと、電話を出ない場合の面倒事の二つが浮かんでいた。

 電話に出た場合、先ほどの彼女の兄との電話の延長戦かそれ以上に面倒くさい状況になる。

 電話に出ない場合、後日電話に出なかったことに対する追及をされる上に、それに加えて美月、雪彦が参戦する場合がある。


「……出るか」


 苦渋の決断として電話に出ることにした。折りたたんだ携帯電話を開け、通話ボタンを押す。


「もしも――」

『おっそーい!!! ちひろん、遅いよ! これはもう罰金ものだよ、後輩くん!!』

「――あんたたち兄妹は汚音製造機ですか。いい加減にしてください」


 携帯電話のスピーカーからのあまりの音の大きさに、一色は悪態をつく。その音があまりにも大きすぎたためか、一色の妹がわざわざ飛び入って来たほどだった。


「お、おにいちゃん。なんか世にもおそろしい女の人の声がきこえた……」

「……和那、俺の自称先輩の叫びだから、気にするな」


 一色千尋の妹、一色和那かずなが恐ろしいものを見たという顔をしているものだから、一色は妹の頭をポンポンと撫でて、自室に戻す。まだ小学生低学年で怖いものが苦手な和那にとって初香の声とは、それはもう末恐ろしいものに聞こえたのだろう。


『自称先輩って何よー! 初香ちゃん、お気に入りのちひろんにそんな風に言われてショックだよぉ~』

「俺の妹は怖がりなんで。というかこんな夜にそんな恐ろしい声を出さないでください」


 一色はまたも電話を切りたくなる気持ちに襲われるも、思いとどまる。本題に入らないことに若干の苛立ちを覚えるものの、初香に関してそんなものを覚えたところで何にもならないことを一色は既に理解していた。そのため、さっさと要件を聞いて電話を切ろうということをだけを考えているのだ。


「それで、要件は何ですか?」

『あー、そうだった。っていうか雪彦が電話通じないって言ってたけど~』

「着信拒否、後で解除しておくので今日は電話を掛けるなと言っていてください」

『りょーかーい。それで本題なんだけど……明日って暇かな?』


 初香にそう聞かれて、一色はカレンダーを見た。明日は土曜日でカレンダーには特に予定は書かれていない。しかし基本的に工房に引き籠って作品制作に没頭している両親が家を留守にしている間、まだ小さい妹を家に一人にするのは忍びないのである。


「暇ではあるんですけど、家にはいないといけないです」

『え、何それ。お留守番?』

「それをしている妹を一人にするのはちょっと……」


 過保護と思われるが、怖がりの妹を一人にしておけないという兄心である。一色はそう初香に伝えると、彼女はこう提案した。


『それなら妹ちゃんも連れて、明日皆でピクニックにいこー!』


 ……何故か妙に予定がトントン拍子で決まることに、一色は違和感を覚えずにいられなかった。


○●○●


 ――そして今に至る。

 あの後、一色の返答を待たずに初香は電話を切り、まるで時間を合わせていたとしか思えないタイミングでそれぞれ美月、水無月からもお誘いのメールが来たのだ。しかもご丁寧に時間と集合場所の地図に、必要なものまで記されている徹底さである。

 一色も無下には出来ず、仕方ないといった風に二つ返事で返した。その上、和那からも快諾されてしまったから仕方がない。

 今は和那と手を繋いで集合時間の数分前に集合場所の駅で待っていた。

 一色は簡素なシャツの上からパーカーというラフな格好で、和那も肩にかかるほどの後ろ髪をおさげにして二つ結いにしていた。


「おにいちゃん、こわい人、いない?」

「……たぶん、大丈夫だと思う」


 怖い人は確かにいないが、面倒な人が半分以上を占めていることには間違いない。むしろまともなのが水無月しかいないということに一色は普段から頭を悩ませているのだ。兄に似たのか、あまり他人と接することが和那は得意ではないため、不安に滲んだ表情をしていた。

 そうして部員を待っていると、少し離れたところからブンブンと手を振っている影を二つほど一色は発見した。


「おーい、ちーひろーん!」

「……朝っぱらからあの人は何を大声で」


 一色は初香の朝一番の大声に眉間を抑える。初香の隣には明らかにピクニックには程遠いお洒落を決め込む雪彦の姿もあった。


「いやぁ、昨日はなんかうちの愚兄が迷惑かけたみたいでごめんねー」

「そうですね。愚兄と愚昧がもの凄く迷惑でした」

「ははは、千尋は冗談がうまいなぁ~」


 相変わらずの一色の毒舌が二人に突き刺さるも、鋼の精神力を誇る二人にそんなもの通用するはずもなかった。

 和那に至っては一色の後ろに隠れ、窺うように二人を見つめている。……そんな可愛らしい子供を放っておくほど海老名兄妹は甘くはなかった。


「ちひろん、ちひろん! その後ろの可愛い女の子、もしかしなくてもちひろんの噂の妹ちゃん?」

「い、一色……か、和那です……っ」

「照れちゃってかわいいー!!」


 どうやらその反応は初香にとって大好物であったようだ。初香は新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせながら和那ににじみ寄ろうとするも、すぐに和那は一色の後ろに隠れる。そんなことを何回も繰り返しているうちに残りの水無月と美月も到着した。


「おはようございまーす」

「集まっているな、皆。……初香は何をしているんだ?」

「えっと~、ちひろんの可愛い妹ちゃんをちょっと拝借しているのだよ」

「お、おにいちゃんたすけてぇ~……」


 和那をまるでぬいぐるみのように抱きしめて、その頬をスリスリとする初香。なお和那は涙目で兄に助けを求めている様子に、水無月は苦笑いを浮かべていた。

 ――色々と突っ込みたくなる一色ではあるが、一応集合は適ったとのことで、移動し始める。一色は詳しいことは何も知らないため、一番前を歩く美月の隣に行き、彼女に話しかけた。


「貴音先輩、俺、詳しいことは何も知らないんですけど、どこに行くんですか?」

「なんだ、初香に聞いていないのか?」

「見ての通り、電話でもあんな感じでふざけていたので」


 一色は後ろを歩いている集団を指差すと、そこには執拗に和那に近づこうとしている初香と雪彦の姿があった。


「もう、先輩たち! あんまり一色くんの妹ちゃんを苛めたら駄目ですよ!!」

「……っ」


 和那は安全と判断してか、水無月の腕にしがみ付いて海老名兄妹から逃げている様子を見て、美月は「ははは」と笑う。


「虹に逃げるとはお前の妹は偉いな」

「昨日、こうなることを予想していたので。水無月だけは安全だと教えておいたってことです」

「なるほどなぁ。…………ちょっと待て、私もあの二人と一緒にされている気がしないでもないぞ?」

「え、一緒でしょう?」

「な、なにをー!!」


 一色のキョトンとする顔に怒りを覚えてか、美月が猛反論する。しかし一色の中では既に美月=美術部屈指の変人の一人という方程式が出来上がっているため、聞く耳を持たなかった。


「と、とにかく私はあいつらに比べたらまだまともだからな!」

「はいはい、分かりましたから早く教えてください」

「むぅ……釈然としないな、全く――虹北にじきた高原だよ、向かっているのは」


 虹北高原とは一色たちがいる場所から地元のローカル線を乗り継いで二時間ほどの場所にある、その地域では有名な高原の一つである。

 地方の北の方にあり、虹が綺麗に見えることで有名になったことから「虹北高原」と名付けられた。高原を抜けると丘陵があり、そこから続く山々を総称して「虹北山」と呼ばれ、観光スポットの一つとして有名である。広々とした高原から登山も楽しめるということで知る人ぞ知る場所であり、唯一ネックなのが車などを使わないと中々気軽にはいけないという点であろう。

 美術部では、この地に一か月に一度程度だが出掛けることが風習となっているのだ。理由としては景色が綺麗であるから風景デッサンに適している点、有名な割に人口密度は比較的抑え目で、気楽に絵を描ける点であろうか。ピクニック気分で行くことも出来るため、美術部の主な活動の一つなっている。

 しかも前日に雨が降り、現在は快晴という好天気に恵まれており、今なら虹が綺麗に見える可能性が高い。


「訳は分かりました。……にじか」

「ん、どうした一色。虹に何か思い入れでもあるのか?」

「……いいえ。なんでもないです」


 一色が一瞬、表情を曇らせたのを美月はすぐに察して、彼に話しかける。しかし一色はそう言って空を見上げた。

 ……色が分からない一色にとって、虹とは理解不能な現象だ。雨上がりの空に浮かぶ七色の輝きを見せる美しい光景。文面ではそれはもちろん理解できる。

 だが今の一色の視界の中にある光景と、それは大差がない。七色も一色の中では灰色の濃淡の強さでしかなく、美しさなんて欠片も感じないことを彼が一番よく知っていた。

 ――一色の目のことは、美術部の誰一人として知らない。一色は部活でも頑なに着色をせず、ひたすら墨画ばかりを描いている。周りからすれば墨画にこだわりを持っておりように思われており、一色も敢えてそれを肯定している。

 ……秘密は人それぞれだ。周りから見れば別段大したことはない、言えばいいじゃないかと言われるかもしれないが、人それぞれに秘密の領域があり、一色のそれは彼の中では最も知られたくないものなのだ。故に彼は口を閉ざし続ける。

 ……それが、どうしようもなく――彼の心を罪悪感で締め付けていた。



 ローカル線を乗り継ぐこと一時間と少しが経った頃。電車は数両編成で小さく、席の形式は対面座席であった。一色の自慢の妹である和那を取り合う争いは美月によって鎮められ、今は一色の隣に和那が座っており、そしてその対面には水無月が座っていた。

 そのすぐ隣の対面座席には文句を垂れている初香と雪彦、そして頭を抱えている美月の姿がある。普段の部室では騒動を起こす人物筆頭である美月。彼女は外面を非常に気にするタイプで、特に公共の場では猫かぶりと表現すべき顔になるのだ。

 正しいことではあるものの、普段の彼女を知っている分、一色は彼女をジト目で見てしまう。


「貴音先輩って普段は中々ひどいのに、外では常識ぶっているな」

「そだねー。美月ちゃんはかなりの外面大魔神だからね。昔はそんなことなかったんだけどねー。……あ、揃った」

「だいまじん……こわい。……あ、ババ引いた」


 時間を持て余すとのことで、水無月が所持していたトランプでババ抜きをする三人は非常に平和である。公共の場であるとのことで、美月は外でも要注意人物である海老名兄妹に張り付いており、そのおかげもあってか一色は今のところはのんびりと過ごしていた。


「こーちゃん、これひいて」

「えー、どーしよっかなー」


 和那は先ほど引いたジョーカーの札を何とか水無月に引かせようとしているのか、わざとらしくカードを一枚だけ強調している。バレバレである。一抜けした一色はその様を面白そうに観察しているが、水無月も流石にそれに引っかかるほど馬鹿ではない。

 しかし小学二年生を相手に本気で勝ちに行こうとするほど彼女も子供ではなく、水無月は敢えて一枚だけ明らかに飛び出しているカードに手を掛けた。

 ――途端に和那の表情がパァッと明るくなった。


「……んー、どれかなー?」


 水無月はわかっているにも関わらず、飛び出ているカードから手を離し、その隣のカードに手を掛ける。すると和那は嫌そうな顔をしてそれを遠ざける。

 分かり易過ぎて面白くなってきたのか、水無月は悪戯な笑みを浮かべてそれを再度繰り返していた。


「……こーちゃん、えらんでよぉ」

「あはは、ごめんごめん――はい、ジョーカー引いちゃった……あれ?」


 水無月は流石にかわいそうと感じたのか、ジョーカーを引いたのだが……その絵札を見ると、それはジョーカーではなかった。そこにあるのはスペードのキングであり、水無月は驚きを隠せず和那を見た。

 ……水無月の目に映るのは和那の笑顔。それを見て水無月は引きつった顔になった。


「か、和那ちゃん? も、もしかしてさっきのって」

「――つづき、しよーよー」


 その光景を見て一色はなんとも言えない心境になる。

……和那は人見知りであるものの、慣れると悪戯な性格が顕著になるのである。小さいながらも一色とは違うベクトルのポーカーフェイス。そのあまりあるギャップ差に水無月は冷や汗を掻く。

 ――一色和那。恐ろしい少女なのだ。


「ふ、普通に負けた……小学生の女の子に負けた……」

「お兄ちゃん、かったよ~」


 結果的にゲームは和那が勝ち、その喜びからか和那は褒めてと兄に甘える。しかし一色からしてみれば水無月に同情を隠せず、引きつった表情を浮かべるしかなかった。


「まあ水無月……和那はこの年の割には頭が良いから、あまり落ち込むことはないと思うぞ」

「……和那ちゃん、将来は絶対に悪女に育つと思うよ」


 それについては否めない一色千尋であったのだった。

 そんな茶番を交えつつ、一向は目的地の虹北高原の最寄り駅に到着した。水無月は一色からのフォローもあり若干ではあるが落ち着きを取り戻しており、和那は水無月と遊ぶことがよほど楽しかったのか、普段よりも浮き足立っている様子だ。

 美月は海老名兄妹を抑えるのに疲れているのか、誰よりも疲労困憊な表情を浮かべていた。


「大変そうですね、貴音先輩」

「こ、これくらい大したことは……」

「お兄ちゃん! あっちの山の方に行ってみよー!!」

「――少しは落ち着かんか、初香ァァァ!!!」


 ついに周りへの体裁を省みることを止めて、美月は怒鳴り散らしたのだった。

 しかしながら一色は思う。……普段からその役目は俺なんだけどな、と。いちいちそんな小言を一色は言わないが、深くそう思っていた。

 最寄り駅から数十分ほど歩いたところに虹北高原はあるため、一向は道を歩いていく。観光名所とされているからか、道は人が通れるほどに整備されており、車も時折通っていた。


「色々とあるんですね、虹北高原って」


 到着した高原を見渡した時の、一色の第一印象はそれだった。

 子供から大人まで楽しめるアスレチック広場、休憩するための売店や屋台。高原から見渡すと丘陵から連なる山々にはリフトがあり、冬にはスキー場としても有名らしい。

 らしい、という曖昧な表現を一色がするのは、彼がこの地に詳しくないからである。


「私たちの住むあの町なら誰でも一人はここに来たことがあると思うんだが……」

「……うちの家族は二年前にこっちに引っ越してきたので、知らないのは当然ですよ」


 そう、一色家は元々の地元は今住んでいるところではなく、もっと別の地方なのだ。芸術家である親の仕事の都合で、和那が小学校に進学することを考慮して二年前、今住んでいる町に引っ越してきたのだ。故に土地勘に疎く、この虹北高原も知らないのである。


「なるほどな。なら丁度いい。お前にはこの土地の良い所を存分に知ってもらうことにしようか」

「お、良いね美月ちゃん! こうなることを見越して今日は色々と準備しているよ!」


 初香は美月に親指を立てて賞賛の言葉を贈ると、リュックサックを開けてその中に入っているものを強調する。そこにあるのはお菓子やジュースといったパーティーなどには欠かせないもので、一色はそこで今日の目的がなんとなく察しがついた。

 というより最近、他の部員が変な反応を見せていたから、少し勘付いていたのだが……


「雪彦先輩、今日は」

「おっと、こんなところにレジャーシートが! しかも全員で輪になれるほどの大きなレジャーシートをたまたま。そう、たまたま用意していたんだよな~」

「流石は女泣かせの雪彦だ。こういうときだけ準備が良い」

「まだそれ引っ張るか!?」


 雪彦の分かり易い嘘に美月は乗っかろうとするも、既に一色は気付いてしまっているため全くの無駄である。

 ――サプライズにしては雑だな、と一色は苦笑しながら思った。今日のこの催しは美術部の恒例となっている行事の一つだが、それに加えて一色に対する歓迎会も兼ねていたのだ。それを美月や雪彦はサプライズにしようとしていたのだろう。バレバレであったが。


「ちひろん、電車移動で疲れたから先に休憩と洒落込もうじゃないか♪」

「……はぁ。それもそうですね」


 一色は頑なにサプライズを隠そうとする先輩たちの誤魔化しに言及するのを止め、敷かれたレジャーシートの上に座った。すると水無月はニコニコと笑顔を浮かべながら彼の隣に座り、一色は肩の力を抜いた。

 ……きっとこの先輩たちは自分のことを本当に歓迎してくれている。そのことが理解できたからこそ、こそばゆい感覚に囚われる。今までこのような接し方をされたことのない一色にとって、戸惑いの連続なのだ。

 親しげに名前で呼ばれることも、このような遊びに誘われることも、どこかのコミュニティーに属することも。どれもこれもが初めてで、気分は言葉で言い表せない。

 ただ少なくとも、それを嫌であるとは感じなかった。


「まあともかくせっかく一色が美術部に入ってくれたことだし、それの歓迎も込めて、この俺が音頭を取らせ」

「かんぱーい!!」

「おいこら美月ぃ!!」


 まぁ、結局締まらないことは明々白々であるのだが。変に畏まることなく、美術部はいつも通りの雰囲気で歓迎会を謳歌するのであった。


「……サプライズするにしても、連絡が昨日っていうのは如何なものだと思います」

「「「っっっ」」」


 ……一色の鋭い指摘に、上級生三人は決して目を合わせないのであった。

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