第4話 父王
空鳴き姫のもとに鴉の姿で通ううちに、彼は侍女や召使や兵士の噂から、姫の事情の詳細を知ることになった。
この国の王家は、天なる神に
彼にしてみれば法外にも思える願いを、神とやらは供物に
姫は美しく優しく成長したが、繁栄する国の秘密を窺おうとする他国の間者も多く、求婚者たちだとて本心は知れないから油断ならない。お会いできて
彼は、今日も空鳴き姫の膝に身体を丸めて彼女の詞のない歌に聞き入っている。彼の本来の身体に比べればはるかに小さな、白い鴉の姿のままで。栗鼠とか兎とか狐とか、もっと可愛らしげな姿の方が良かったか、と思わないでもないが、今となっては仕方あるまい。何なら彼は人の姿にだってなれるし、それなら姫と語らうこともできたかもしれないが──
「今日も
多分、空鳴き姫のほうでそれを望むまい。村の者が聞いたら、空言姫のうわ言だ、と囁かれるような支離滅裂な言葉を、微笑んだままでてらいなく口にできるのは、相手が
鳥の声真似のような空鳴きの歌も、きっとこの姫には思ったような詞を紡ぐことができないからだ。宮廷ならば心無い噂を招いたかもしれない歌も、この森でなら小鳥の声に紛れさせることができる。彼も至福の時を味わうことができる。だから、今の日々が互いにとって一番の幸せなはずだ。
ここ最近の常となっていた和やかな時は、しかし無粋な人馬の声と足音によって妨げられた。森の奥へ踏み入ってくる一団があるのだ。空鳴き姫は歌を止めて立ち上がり、居場所を奪われた彼は不満の鳴き声を漏らしながら空に羽ばたく。
姫が
「お父様──
「うむ、そなたの麗しい顔を見ることができて嬉しいぞ」
駆け寄った娘に、王は重々しく頷き──手近な木の枝に退避した彼の、鴉に似合わぬ白い羽根を見て目を瞠った。
「あの子は、
「……あれはそなたの友達か。だから、捕らえてはならぬというのだな?」
父であり王であっても、空鳴き姫の言葉を正しく理解するには一瞬の間が必要らしかった。娘が肯定の意を示して無言で頷くのを見て、王はやっと安堵した風を見せた。
「この森にはかつて白い竜が住み着いて先祖を悩ませたというな。白い生き物に縁がある地なのか……」
王の言葉は半ば独り言のようなもので、供の者たちも空鳴き姫も答えなかった。実の親に対してさえも、空鳴き姫は言葉を惜しんでいるようだ。多分、混乱させるから、ということだろうが。
人間の一行は白い鴉を置いて館の中へと吸い込まれていった。だが、石の壁や木の扉など、彼にとっては何ら妨げにはならないのだ。
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