ヤドリギ団地の噂

 味噌汁を一口啜ってから燈真は今回仕入れたという謎について語り出した。


「若葉君は、学校の近くにあるヤドリギ団地は知っているかい?」


「ええ。一部の生徒が使っている通学路に面してるところですよね?」


「あぁ。そうだね。特に自転車通学の人がよく使っている道だ」


 ヤドリギ団地がある場所は自転車置き場が近く、自転車通学の生徒がよく利用しているのだ。逆に歩いて通学する人はめったにそこを通らないが。


「一ヶ月程前──冬の始まり頃から自転車が人を轢き逃げする事件がそこで多発しているんだよ」


 燈真はまた味噌汁の入ったマグカップを口元に運ぶ。


「被害に遭っている人の多くは団地の方々だ。ソフトテニス部に属している有咲ありさちゃんなどは自転車をギリギリで避けられたからよかったものの、事故に遭えば地区大会に出られないところだった」


 燈真は『とても心を痛めています』と言わんばかりに顔を歪めた。実際演技ではないし本気で悲しんでいるわけだが、この男は素が芝居臭い。オーバーリアクションしか出てこないタイプの人間で、感情を表に出すだけで胡散臭くなる始末である。


「ただ、いきなり事故が起きるようになったため事故の加害者に幽霊が取り憑いていたのではないかと噂が立ち、ヤドリギ団地の件は都市伝説一歩手前の状態だ。

 僕は今までの犯人を挙げることは出来ずとも何とかして事件の真相を解明し、被害者たちの無念を晴らしたいと思ったのだ!さあ、若葉君。共に事件の真相を解明し、この事件に──」


「ところで先輩、有咲さんとは誰でしょうか」


 助手が探偵の長広舌をぶったぎった。大抵の人はここらで話が終わるのだがこの探偵は例外である。ここからが本調子で、長々とさっきの話の2倍は喋る。

 助手は答えられずに固まっている探偵に追撃した。


「中学の頃から燈真先輩が人を呼び捨て、君づけ、敬称付け、役職名以外で呼ぶところを見たことはほぼありません。

 有咲ちゃんとは一体どういったご関係で」


「若葉君!?妙な誤解してくれないでおくれよ!!

 彼女はここいらの旗振りのご婦人のお孫さんでだな……!」


 若葉は視線を逸らさず無言で燈真に問いかける。その構図はまるで不倫を疑う恐妻と尻にしかれている旦那。これでもこの二人、付き合っていないどころか告白をしてすらいない。


「確かに、彼女と出かけたことはあるさ。ただな、その時一回ぽっきりさ!!彼女とは一度きりの関係だった!!」


「わかりました。そんなに慌てなくて大丈夫ですよ。

 それと、その言い回しは誤解を招くので控えた方がいいかと」


「……確かにそうだな」


 燈真はマスクをつけながら眉をひそめる。このご時世、マスクは必須である。

 その様子を見ながら若葉が紅茶を啜ると湯気で眼鏡が曇った。

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