皆手高校ミステリー同好会
叶本 翔
団地の怪
同好会の先輩
私立皆手高校は部活動が豊富で同好会を含めるとその数57。非公式のものを含めると70近くにもなる。サッカー部、野球部、吹奏楽部などの一般的なものからジャグリング部やシーグラス同好会、数学研究会など他校では目にする機会が一切ない団体まで。その振り幅は大きい。
部室があるのは大抵部活棟と第2特別棟なのだが、ミステリー同好会は違った。教室棟の一階──物置と旧指導室に挟まれた元購買室に部室が設けられている。
なぜ他の教室から隔離されたようなところに部室があるのかは謎であった。──最低でも、
私立皆手高校ミステリー同好会。会員は1年生の森茂若葉、彼女一人である。
ミステリー同好会とは何をする場であるのか。部活勧誘のパンフレットには『推理小説だけの部誌の作成・発行』と書かれている。
現に若葉は家から持ってきたノートパソコンで小説を執筆中であった。
冬の部室というのは寒く、作業が捗りににくいというのが相場であるが、ミステリー同好会部室には引退した先輩の私物であるヒーターとケトルが設置されている。
──紅茶でも飲んで一息つくか。
そう思い、若葉がケトルのスイッチを押した時、廊下からドタドタと誰かが走ってくるような足音が聞こえた。
それが誰のものなのか推察する時間すら与えられぬ間に、ドアが勢いよく開かれた。
「やあ、久しぶりだね。
元気にしてたかい?若葉君!!」
身長180cm越えの長身の男子生徒は意気揚々と若葉に話しかける。
この男こそが先代同好会長の
「燈真先輩、お久しぶりです」
「やあやあ若葉君。実に3ヶ月ぶり。
会えて嬉しいよ。君が相も変わらず同好会の活動に励んでいるようで僕は安心した。
無論、君がサボっているだなんて思ってもいなかったがね!」
この男はどこか芝居じみた言動が多い。
若葉は美形の先輩を見ながら紅茶のティーバッグとインスタント粉末の味噌汁を用意する。燈真の味の好みは主に日本文化によって形成されている。若葉はそれを心得ていた。
先輩の長広舌は終わらない。
「あぁ、君に報告があったのを忘れるところだった。
先程僕は受験を推薦で済ませてきたのだ」
「おめでとうございます
どこの大学ですか?」
「W大学だよ」
この先輩、整った顔、肩まである一本結びの髪、銀色の糸で雪の結晶が刺繍された紺のマスクなどだいぶ目立ったルックスをしているので誤解されがちだが頭がいい。成績表で3以下の数字など、体育でしかお目にかかれない。
──この人と同じ大学に行くのはさすがに無理かもしれない。
そんなことを考えながら若葉は燈真に笑顔を向ける。
「ひとまず僕の受験は完了したわけだね。
それで、だ。若葉君」
燈真が若葉にズイと顔を近づけた。
「僕はまたこの同好会の活動に復帰してみようと思ってね」
ケトルからピッと音がして、湯気が上がる。それと同時に若葉から大声を出した。
「はあぁぁあっ!?」
「どうしたんだい。大声を出して。
そうかそうか。僕の助手として働けるのがそんなに嬉しいのか」
燈真は満面の笑みを浮かべて両腕を広げる。まるでここに飛び込め!と言っているかのようだ。
対して若葉は血の気の引いた顔をぶんぶんと横に振る。
「いやいやいやいや。確かに先輩とまたご一緒出来るのは嬉しいですよ!?
ですがね、先輩と一緒に同好会をしていたってだけで私は今先生方にマークされてるんですけど!!」
この言葉に燈真は首をかしげる。
「僕が何かやらかしたかい?」
「心当たりありませんか!?
ミステリー同好会活動と称して後輩で囮捜査をして露出魔を捕まえる、餌付けをした梟がこの学校に住み着く、修学旅行でガールズバーに入り込む。これだけしておいて自分がマークされてないとでも!?」
「なっ……!
それを言うのはズルいよ、若葉君。それに囮捜査は君も共犯だろう!?」
「先輩、私に嘘ついてやらせたじゃないですか!」
この男、切れ者であるがくせ者でもあるのだ。彼が設立したミステリー同好会はただの文芸部ではない。私立探偵団のようなもので、事件解決のために今まで幾度となく問題を起こしている。表向きは部誌発行が活動内容だが、燈真に至っては年に一度しか発行していない。
「あの時は結局、僕が君を守ったんだから結果オーライだよ」
「結果じゃなくて過程が問題なのですが」
若葉は『守った』という言葉を噛み締めた。思えば自分はこの先輩に助けられてばかりだ。この同好会を守り続けてきたのも燈真である。まだ自分では燈真に敵わない。燈真の代わりを務めあげられるよう、努力はしているつもりなのだが。
燈真の背中はどうにも遠いのだ。
「なぁ、いいだろう?若葉君」
手を合わせる先輩に若葉はため息をついた。
「分かりましたよ。ですが、危ないことはごめんですからね」
その言葉に燈真は顔を輝かせた。
「それでこそ僕の助手さ!
安心したまえよ若葉君。今回の謎は危険度は低いし、何かあればまた僕が守ってやるから」
その言葉に若葉の顔が思わず綻ぶ。
この立場に甘んじてはならない。分かってはいるが、この人といるとどうも若葉は楽しくなるようだ。
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