第3話 走り出した勇気
「この神社のお守りを買いたいなって、お、思ったんだけど――」
少し休憩しようという事で、気分転換に外へ出かける事にした私達は、まず行き先に困った。
その時、私が咄嗟にこの神社の名前を口に出してしまったのだ。
「あ、あの、別に深い意味とかそういうのは――その……」
私は自分の口から出た言葉の意味を改めて理解してしまい、最後の方は、下を向きながらボソボソと口篭ってしまった。
「う、うん。この神社は結構有名だもんね。僕も聞いたことがあるよ」
慌てて私をフォローしてくれた彼もまた、どこかソワソワとして落ち着かない感じだ。
「じゃあ、あの、あれを、買おう――」
精一杯の勇気を振り絞って、私は彼の左手を引いた。
いよいよ私の心臓は、破裂しそうなほど鼓動を強く打ち続けている。
私達はしばらく無言のまま、紡ぐべき言葉を探しながら、二人で境内を歩いていた。
尋常ではない量の手汗が噴き出しており、それが羞恥心に火をつける。
彼に嫌われないだろうか。このままでは失礼ではないだろうか。
そういった考えがぐるぐると脳内を駆け回っている。
つないだ手の中は熱波の震源地となっており、きっとそのせいで、私の脳がオーバーヒートしているに違いない。
結局お金を払う時までずっと、二人の手は結ばれたままだった。
「良かった、買えたね」
彼は嬉しそうにそう言った。それを聞いた私も、飛び上がりたいほど嬉しかった。
丸い絵馬は二種類あり、それぞれ『えんむすび』そして『成就』と書かれている。
「こっちに自分の願いを書いて、あそこに結ぶみたい。願いが成就したら、こっちに感謝の言葉を書いて、また結ぶんだって」
どちらにも招き猫が二匹描かれていて、裏に言葉が書き込める様になっている。
「そ、それじゃあ、お互い書いたら結ぼう。絶対見ちゃだめだよ!」
私は彼にそう言うと、近くにあったテーブルに座って、今の気持ちを正直に書き込んだ。
――ずっと寛太君と一緒にいられますように。
私にしては、ずいぶんと思い切った事を書いてしまった。
でも、手は繋げたし、彼も嫌がっていない様に見えたし、勇気を出して本当に良かった。
ちらりと彼の様子を伺うと、どうやら向こうも書き終わったようだ。
「それじゃあ、私はあっちに結ぶから……」
「ぼ、僕は反対の方に結ぶね」
はっきりと願いを言葉にして書き込んだ私は、改めて自分の気持ちを確認する事が出来た。
だけど、もしかしたら彼は、まだフワフワとした気持ちでいるのかもしれない。
私は結んだ絵馬を、少し揺らしてみる。すると、カランカラン、と乾いた音が響いた。
きっと、この音が神様まで伝わるのだ。
――神様、よろしくお願いします。
神社を出る時に、彼は私の右手を引いてくれた。
驚いた私はとっさに彼の方を振り向くと、夕焼けのせいか、彼の耳は赤く染まっている様だった。
そして彼は、ただ黙って前を向き歩いていた。
それを見た私の耳も、同じ様に染まっていたと思う。
そして私も、ただ黙って彼の横を歩いていた。
右手から伝わる彼の熱は、私の気持ちを激しく焚き上げている。
神様がさっそく助けてくれたのかもしれない。
茜色に染まる空間が、視界に眩しい。
私は彼の家までドキドキしながら、手を繋いで歩き続けた。
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