第248話 ダンジョンの脅威
「大変、申し訳ありませんでしたぁ……」
「セイ、頭を上げろ。何を謝っている?」
四層の安全地帯、五層の手前まで来た所で。
俺は思いっきり土下座していた、墓守さんに対して。
だってこの人、色々と教えてくれたのだ。
聞けばすぐに答えてくれるのだ。
だというのに、その教えを無視して周りを凍らせながら真っすぐ突き進んだ俺達。
凍った背の高い草むらはホークが一閃すれば砕け、相手の潜む場所は次々と無くなり。
足場が悪ければ凍らせてスパイクを付けて突き進み、ちょっとヤバそうな水場を見つければ遠くから。
「ここは地面乾いてるよな? ……うっし、平気そうだ。いくぞ?」
ホークが槍を水に放り込んで、雷系の魔術を使って全て解決。
そこら中に魚やら鰐の死骸が浮いて来たが、すぐさまダンジョンに分解され魔石のみの姿に。
しかしながら水中は流石に回収できず、そのまま流されてしまったが。
これは氷界で水を凍らせても同じ事。
まぁ、結局の所状況を無視して俺ら流で突き抜けてしまった訳だ。
周りの皆も“流石にコレは違う”と分かったらしく、大人しく俺と一緒に頭を下げている。
「教えを無視するどころか、全部俺等流で突き抜けてしまって。申し訳ありません……」
「……何か問題があるのか?」
「と、言いますと」
顔を上げてみれば、彼は非常に不思議そうに眉を顰めているではないか。
いや、普通新人が自分の教えた事完全に無視したら嫌でしょうに。
更にはその場しのぎみたいな方法で、その階層を突破してしまったのだ。
とはいえやはり凍らせては進み、また凍らせてを繰り返していれば物凄く時間が掛かった。
そんなやり方じゃ続かない! 的に怒鳴られてもおかしくないと思っていたのだが。
「セイ、お前の魔術は先程同様の事を後何回続けられる?」
「えぇと……凍らせるだけなら、あと十数回は可能かなって思います……」
「であれば、問題ない。お前達はこの方法で、こう言った階層は生き残れる。ダンジョンの外では……少々周りに被害が有り過ぎるが。しかしここなら、いくら被害が出ようと翌日には再生するだろう。気にするな」
そんな事を言いながら、彼は頷いていた。
嘘でしょ? 俺等この人の教えを無視して周囲を凍らせたり、川に電流流したり。
はたまたデコイとして遠くに大量の赤ハーブ投げたりしてましたけど。
本当に大丈夫? 呆れてるだけじゃない?
なんて事を思いながら、フルフルと震えていれば。
「何か勘違いしている様だが、ウォーカーとは生き残る事が正義だ。自分なりのやり方で生きて行けるのなら、何も問題は無い。それにお前と、そっちの少女は俺の言った事を覚えているのだろう? だとすれば、魔力が切れても警戒する事は出来る。いざという時の知識があるのは、ソレを覚えたという事は、成長というのではないか?」
そう言って、墓守さんはフッと口元を吊り上げて見せた。
確かにこのメンツで言うと、植物の種類とか覚えてるの俺等だけかもしれないけど。
「少しでも自らの糧にすれば良い。窮地に陥った時、知識は武器になる。しかし自身のやり方を通して生き残れるなら、少なくともその場では“最強”の生き物だ。だが最強という言葉は期間限定だ、その場限りだ。驕らず、常に最悪を想像しろ。お前達なら出来る筈だ」
意味深な言葉を紡ぎながら、俺の頭にボスッと掌を乗せて来た。
なんて言うか、こういう教え方をする人に初めて会った気がする。
何をしても長所を見つけて、褒めてくれる。
更には付け上がらない様に注意はするものの、やはり促してくれる。
人間なら誰しも、子供が危ない事をしたら怒るし注意するだろう。
それは心配されているからなんだって理解しているし、怒られるのも俺等が無用な怪我をしたり死んだりしない様にだって理解していた。
でもこの人は……その危険すら経験すべきだと言っている様な。
下手したら死ぬって状況でさえ、目の届く内に経験しろと促している様な。
「まぁ多分、もっと深い階層であんな事をしたら死ぬがな。アレでは周りに“ココに餌が居る”と教えている様なモノだ。ハッキリ言って、時間が掛かり過ぎる。だから早く教えた事を覚えろ」
「辛辣!」
「だから言っただろう、最強とは期間限定の言葉だと。すぐに次の強者が現れるものだ」
違う、多分違う。
この人、“死”という概念すら薄いんだ。
というか受け入れているんだ。
だってネクロマンサーだって言ってたし! 多分そうだ!
墓守さんの教えは凄く分かりやすいし、実演してくれる分覚えやすい。
でもその状態でも、“死んだら仕方ない”って思っている気がする。
この人怖い! 超怖い!
ミナミさんは溜息を溢してるし、墓守さんは今まで以上に無表情で此方を見つめている。
駄目だコレ、俺が指揮を執るの絶対失敗だったんだ!
結局最後の言葉は、俺のやり方じゃ続かないって言われ様なモノだし。
うわぁぁぁ! と叫びたくなるのを必死で我慢しながら、どうにかプルプルして堪えていれば。
「とりあえず、飯にしよう。誰も彼もゴロゴロ転がっていたが……バッグの中身は無事か?」
「……あ」
皆揃って、背負っていた大荷物を確認するのであった。
コレが駄目になっていたら、マジで終わるぞ俺達。
――――
「今回は、ここまでかな……これじゃちょっと」
「だな、四層抜けた所で終了。やっちったなぁ……」
「コレばっかりは仕方ないよね……あぁぁ、食材無駄にしちゃったよ」
三人揃って、非常に大きなため息を溢してしまった。
湿地帯って怖い。
足は滑るし、コケたら泥だらけになるし。
そんな事を繰り返していれば、当然バッグの中も酷い事になる訳で。
今度から密閉できるバッグにしようかな、でもそういうの高いし……あとアレだ、湿度と温度が高いのも悪い。
逸れてしまった時の事も考えて、食材は皆で分けて持ち運んでいるのだが。
全員、泥まみれな上に食材から変な匂いがする。
傷んでしまったのか、それとも泥のせいかは分からないが……とてもではないが食べようとは思えない異臭を放っていた。
もう随分時間が経ってしまったから当然だが、凍らせてあった食材も全て溶けてベチャベチャになっている。
次からは溶け出た水分も考えたり、追加で凍らせる事も考えないと駄目だコレ。
もしくは過冷却バッグをもう少し増やして、完全マジックバッグ保管にするか。
バッグにバッグって意味の分からない状況だけど、その方が安全だ。
「す、すみません。私の方も、駄目です……」
「すまない、こちらも駄目そうだ……干し肉や携帯食料でさえ、酷い有様になっている。泥まみれだ……」
そう言って、レインさんとロザさんもバッグの中身を見せて来た。
干し肉だけは、まぁ……しっかり洗えば食べられるかもね。
水洗いなんかしたら、食えたもんじゃないって味になりそうだけど。
更に言うなら、皆で少量ずつ運んでいた薪もびっちゃびちゃ。
見事なまでの遠征失敗例が、ここにはあった。
「で、でもお前等! ホラ! マジックバッグの中に入れてるのは全部無事な訳だし! とにかく飯食って、一旦地上に戻ろうぜ!」
ホークが声を上げ、腰につけたマジックバッグを掲げて見せた。
確かにマジックバッグなら、中身に影響はないだろう。
周囲の温度とかあまり関係ないし、“入れる”という行為をしない限り水が入ったりもしない。
とはいえ俺達が持っているのは“冷蔵機能”なので、腐ってしまったら終わりな訳だが。
「ホークちょっと待って! 俺等今全身泥だらけだし、そのまま手を突っ込んだら不味いよ」
「あっっぶね! セイに言われてなかったら、すぐに飯の準備始める所だった……」
「まずは水浴びにしよっか……普通はダンジョンでこんな事しないけど、このままじゃ流石に、ねぇ?」
もはや溜息しか出ない状態だったが、イースのバッグに括りつけてあった簡易テントを広げ、桶の代わりに鍋を幾つか準備し始める。
仕方ないとはいえ、調理器具をこんな風に使うのは嫌なんだけど。
背に腹は代えられないと言うことで。
「うわぁ……テントもドロドロだけど、中は平気だから。セイ君お湯お願い、タオルは……こっちも一回洗った方が良さそうだね」
「マジで荷物全滅じゃねぇかよぉ……装備も綺麗にしないと不味いなこりゃ。レインとロザが水浴びしてる内に、俺等は鎧と武器だなぁ……」
イースとホークは愚痴を溢しながらも、テキパキと動き始める。
さて、俺もやる事が多いぞ。
水なんかを大量に出す魔法が使えるのは俺だけだし、風呂にも掃除にも必要になって来るとなると結構連発する事になりそう。
「あ、あの……水浴び、出来るんですか?」
「私達に気を遣って、と言うことなら大丈夫だ。ダンジョンに潜る時点で、ある程度覚悟している」
女性陣二人からは、そんなお言葉を頂いてしまう訳だが。
そうじゃないのだ。
俺等も一度水浴びしないと、とてもじゃないが料理なんて出来ないのだ。
「二人の後に俺等も水浴びしますから、気にしないで下さい。お湯溜めておくんで、汚れたらテントの外に捨てちゃって貰えますか? 鍋貰えれば、追加のお湯作るんで」
女性二人に、こんな簡易テントで水浴びをしろと言うのも酷な話かもしれないけど。
なんかもう、そんな気を遣っていられる程元気が無かった。
どうしても二人が入らないって言うのなら、俺達だけでも体を綺麗にしてから料理すれば良いし。
流石に生温い泥を全身に浴びた状態で、ご飯作りたくない。
「あ、ありがとうございます! 水浴びだけでもありがたいのに、お湯が使えるって凄いです!」
「あ、タオルコレでーす。洗ったばっかりだから、ビショビショですけど」
「いや、助かる。すまない」
レインさんは嬉しそうに飛び跳ね、ロザさんは申し訳なさそうにイースからタオルを受け取っていた。
それじゃ俺達は、二人のお風呂が終わるまで鎧と武器の掃除を……。
「皆様、こうなってしまった以上。覚悟を決めて下さいね」
二人がテントの垂れ幕を降ろし、中かからパシャパシャと水音が聞えて来た頃。
掃除を始めた俺達に、ミナミさんが低い声で警告してきた。
え? 何、怖いんだけど。
ここ安全地帯だし、危険なんかない筈なんだけど。
「パーティに女性がいると、こう言う事が起こります。ダンジョン内で水浴びなどすれば、余計に」
スッと彼女が視線を向ける先には。
「「「うわぁ……」」」
なんか鼻息荒い感じで、男性ウォーカー数名がにじり寄って来ていた。
あぁ、なるほど。
閉鎖空間だし、ダンジョンに潜っている間は……その、禁欲生活な訳で。
そんな場所で水浴びを始める若い女の子なんて居れば、恰好の獲物って事か。
「セイ、イース。戦闘準備」
「あぁ~なんか、ご飯の時より納得出来るねコレは。でもさ、普通やる? 良い大人が」
「ソレを言ったら、ご飯の時も相当だと思うけどねぇ。でも、コレは確かに不味いねぇ……」
三人揃って、中途半端に鎧を脱いだ状態だったのだが。
それでもとりあえず、武器を構えて前に出た。
とはいえ、こういう所でまで指揮は取れない臆病者な訳で。
大人しくホークに指揮権を戻します、みたいな視線を向けてみれば。
「どういうつもりか知らねぇが、それ以上近づくなよ? 警告無しに攻撃するぞ」
本人も静かに頷いた後、相手に向かって言葉を放ってから剣槍を構えた。
流石はホーク、大人の人にも威勢よく吠えて見せる。
俺には絶対真似できないですホント。
という訳で、ジリジリと近付いて来る相手と睨み合っていれば。
「セイさん、すみません。お湯を替えて頂いてもよろしいですか?」
テントの入り口をちょっとだけ開けたレインさんが顔を出し、此方に鍋を差し出して来る。
その際に、真っ白い腕と首元なんかもちょこっと見え隠れする訳で。
「「うぉぉぉぉ!」」
「来たぞ! 戦闘開始! セイはお湯替えて来てやれ! 防衛戦が終わらなくなるぞ!」
「りょ、了解!」
そんな訳で俺達は、安全地帯で戦闘を繰り広げるのであった。
もう、なにやってんだろうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます