第191話 最終話 「いってきます」


 「こうちゃん、準備はどうよ? そろそろ時間だぜ」


 俺の部屋の扉を開けて、完全装備の西田が顔を出した。

 その声に一つ頷いて、兜を被ってから荷物を確認していく。

 鎧、良し。

 普段の荷物、良し。

 金、良し。

 今回ばかりは森の中で急に目覚めても、街にさえたどり着ければしばらく生活できる分の金を持った。

 そんでもって、装備は。


 「武器の方も準備出来てるってさ。皆待ってるよ」


 続いて顔を出した東に、これまた一つ頷いて部屋の外へと足を向ける。

 慣れ親しんだ“ホーム”。

 今考えりゃ、男女関係なく一つ屋根の下で幾人もが生活していたんだ。

 アパートみたいなもんだと言われればその通りだが、ここは違う。

 皆の顔を知っていて、皆繋がりがある。

 悪食という名の、家族だったのだ。

 “向こう側”に居た時では、考えられない生活だっただろう。

 いつの間にかそれが当たり前になり、違和感なく過ごす様になり、そして今に至る。

 ほんと、人生ってのは何があるか分かったもんじゃない。

 刺激に満ちていて、満足感もあって。

 存分に異世界って奴を満喫できる数年間ではあったが。

 もうちっと落ち着きってヤツも欲しいとか思ってしまう。

 それは贅沢な悩みだし、今更って感じはするのだが。


 「一緒に行くメンバーはどうよ? 遠足前は眠れないとか言って、今でも寝てる奴はいねぇか?」


 西田の方を振り返ってみれば、ヘッと鼻で笑いながら俺の事を指差した。

 いつまで経っても軽い、というか相変わらずな反応。


 「こうちゃんが一番おせぇっての。みんな三十分前から庭に集まってるぜ?」


 デートか何かかよと、思わず突っ込みそうになる。

 というか、結局遠出が楽しみで皆早起きしてんじゃねぇか。


 「むしろ僕達が迎えに行った時、落ち着いて鎧の最終チェックをしてる辺り北君も馴染んだよねぇ。ほんとリーダーって感じ。僕なんか忘れ物が無いか、朝になってから荷物ひっくり返して確認しちゃったよ」


 「東も相変わらずだな……遠足やら修学旅行の時、そのせいでいつもギリギリに来てたのが懐かしいよ全く」


 呆れたため息を溢しながらも、俺達はホームの両開きの扉を開ける。

 その先には。


 「おはようございます、ご主人様。準備、整っております」


 綺麗な御辞儀を見せた南が、頭を上げてからマジックバッグを叩いて見せた。

 シーラで貰った奴だ。

 アレは見た目に可愛げがあるからな、俺達が持っていたら違和感しかないだろう。


 「リーダー、お待ちしておりました」


 「北、遅い。西と東が迎えに行くまで寝てた?」


 中島と白の二人が、両極端な態度を見せながら此方に向かって微笑みを浮かべる。

 白の方はなんというか、生意気な表情をしているが。

 ちゃんと起きられて偉いね、とか煽り返したら顔面キックを貰いそうなので口は噤んでおく。


 「おっはよ。後は門の前で姫様達と合流するだけだね~いやぁ、海外楽しみぃ!」


 「浮かれてばかりで、変な失敗しないで下さいね? とは言え、私も楽しみなのは同じですけど」


 何処かウキウキした様子で、アイリとアナベルが俺達に笑顔を向けた。

 いつもだったら色々と“任せられる”雰囲気はどこへ行ったのか。

 二人共、南や白以上に落ち着かない様子でソワソワしておられる。


 「おう、キタヤマ。依頼されたもんは全部“コレ”に入ってる。今回も無事に帰って来いよ? 黒船もちぃっとばかし手を加えたから、試し試し使って感想を聞かせてくれ」


 そう言いながらトールを初めとするドワーフ組が、俺達にとって一番見慣れたマジックバッグを差し出して来た。

 頷いてからソイツを受け取って、腰にぶら下げる。

 やっぱ、コレが一番使いやすいわ。


 「食材などは既にアズマ様が持っているマジックバッグに保管されております。調味料の類も足りなくなる事はないだろうと思う程入れてありますので、どうぞ皆様ご無事で。黒戦車もそちらに」


 頭を下げるクーアの後ろには、孤児院の子供達と従業員の皆様が揃っていた。

 本当に皆でお見送りしてくれるらしい。

 なんとまぁ、俺達も立派になったもんだ。

 “向こう側”に居る時は、彼女の一人も居ないし家族とも絶縁状態だったってのに。

 今じゃこれだけ俺達の事を送り出してくれる奴らが居る。

 というか、“家族”がいる。


 『案外、悪くないもんだよ。家族ってのは』


 いつだったか、婆ちゃんから言われたそんな台詞を思い出した。

 確かに、悪くねぇもんだ。

 誰も彼も、メリットもデメリットも考えずに俺達を信用してくれて。

 そんでもって今みたいな状況なら、全力の“いってらっしゃい”と“頑張って”を言ってくれる。

 無条件に頼り頼られ、信頼をくれる。

 変にアテにされるのは嫌いだったが、こういう純粋な信用ってのは悪くないもんだ。

 何でもない事だって、結果で答えたくなっちまう。


 「クーア。こっちに置いておくの、“時間停止”の方のバッグじゃなくて大丈夫か?」


 「もう此方に慣れてしまいましたから。それに、街中ではそこまで高価な物は必要ありませんよ」


 そう言って、茶色のマジックバッグを掲げて見せた。

 ファルティア家から貰ったマジックバッグ。

 アレも保管出来る量は多いし、とても良いものなんだが。

 姫様に教えてもらったが、時間停止の付与の付いた大容量マジックバッグ。

 こういう物は非常に珍しい上に、普通なら国のお偉いさんや大商人様の様な連中が欲しがる品物。

 小さな国などからしたら、それこそ国宝級に指定される物だったりするらしい。

 お高いモノであれば“時間の流れを遅くする”だったり、“冷凍保存”するというものは結構あるとの事。

 試しにアナベルに作れるのかと聞いてみれば「時間を自在に操る魔法なんて、私は知りません」と真顔で答えられてしまった。

 つまり、そういうことなのだろう。

 ダンジョンは嫌いだが、ダンジョンってすげぇ。

 マジで世界との繋がりを感じちゃうね。

 そんでもって、国宝級の代物がこの場に三つも揃っている訳だ。

 全部荷物運搬に優れた特殊装備だけど。

 しかも、街道を作る為の運搬用にも使われちゃったけど。

 汎用性は高いが、特記した内容が無さ過ぎてちょっと泣きたくなってくるが。

 俺達のチート装備、食材がいつまでも美味しく保管出来る。

 物がいっぱい運べる、以上。

 ……うん、実用性が高くて非常に助かります。


 「皆、行ってらっしゃい。帰って来るまでには、もっと強くなっておく」


 そう言って微笑むエルと、他の子供達。

 子育ての大変さってもんを微塵も理解していない俺達だが、子供に懐かれるのは非常に和む。

 エルに関しては、ちょっと戦闘狂になり始めている感じはあるのだが。

 ホームに居る間何度模擬戦をやらされたのか、もはや数えきれない。


 「土産頼むぜ、リーダー。その間、こっちは守っておくからよ」


 「また長い間出かけちゃうんだもんね、帰って来た頃には私たちも立派な大人になってるんだからね?」


 ちょっと生意気な感じに、ノインとノアが笑って見せる。

 随分と逞しくなったもんだ、コイツ等も。

 最初の頃なんか、戦闘のせの字も知らない様な生意気なガキんちょだったノインは、今ではしっかりと子供達を任せられるリーダーに育っている。

 そしてノアも。

 かつて森の中で出会った時の様な、不安な表情は浮かべていない。

 更に言えば、どいつもこいつも随分と大きくなった。

 子供の成長が早いってのは、多分こういう事なのだろう。

 そんなこんなやりながら、別れを惜しんでいれば。


 「おはようございます、悪食の皆様。お迎えに参りました」


 えらく綺麗なお辞儀を見せるツンデレお嬢が、ホームの入り口前で“戦姫”のメンバーと一緒に頭を下げていた。


 「面と向かって話すのは何か久しぶりだな、お嬢」


 「えぇ、本当に。以前は……というより、今でも大変お世話になっております。皆様」


 ビシッと決まる感じに言葉を紡ぎ、しっかりと強い眼差しを向けて来る彼女は、昔の様な我儘お嬢様という雰囲気は微塵も無い。

 現在は仕事人間というか、キチッとした騎士様って見た目だ。

 ほんと、変れば変わるもんだ。


 「んじゃ、行ってくるぜお前等。土産、期待しとけよ?」


 あえて軽い雰囲気で言葉を残し、俺達は歩き出した。

 “悪食”。

 最初はアイリの奴が適当に付けてくれたパーティ名だったと言うのに。

 今では変える事が出来ない程に知名度が上がり、姫様からも気に入られてしまった。

 ほんと、人生いろいろだ。

 とは言えこの名前は、俺達に意外と合っている気がして変えなかったのだが。

 この世界で禁忌とされていた魔獣肉を喰らい、敬遠される黒鎧を身に纏う。

 どこまでも世界の常識に合わせる気のない俺達と、ゲテモノ喰らいの馬鹿共にはぴったりな名前だろう。

 だからこそ、俺達は今後も名乗ろう。

 俺達は“悪食”だ。

 どんな相手でも喰らい付き、食い散らかし。

 全員で生きて帰る“捕食者”なのだと、自ら名乗ろう。

 事の発端が、ネトゲやってたら急に異世界に寝間着姿で召喚された三人だったってのは、ちょっと情けないが。

 今ではもう随分と懐かしい記憶だ。


 「海産物の宝庫。豪華し放題……」


 「白さん、涎垂れてますよ。まだまだ気が早いです」


 家庭環境に問題があった白に、夢を諦めた中島。

 そのどちらも、“こちら側”に来て自分らしく生きる事が出来た。


 「海外かぁ……初めてなんだよねぇ。ちゃんと船も乗った事無いし」


 「私も初めてですねぇ。海、楽しみですねぇ。そして海外、心躍ります」


 元は堅苦しい笑みを張り付けていた受付嬢に、嫌われ者だった筈の魔女。

 いやはや、ほんと。

 ここまで緩い顔ばかり浮かべる様になるとはな。


 「ひっさしぶりだなぁ、飯島とシーラかぁ。みんな元気にやってんのかね? 勇吾君とか」


 「会うのも楽しみだねぇ、皆元気だと良いけど。あっ、そう言えば海上で大物に会った時どうする? 海に慣れてる人少ないよね?」


 呑気な声を上げる西田と、ちょっと怖い事を言い始める東。

 この二人は本当に最初から変わらない。

 昔のまま、俺が知っているままだ。

 何処へ行っても、軽い雰囲気を発しながら場の空気を作る西田に。

 何かと心配性で、臆病な癖に誰よりも前に出る勇気を持っている東。

 この二人が居たからこそ、俺達の“異世界生活”は上手く行ったのだろう。

 俺だけじゃ、多分無理だった。

 姫様からマジックバッグを貰っても、最初の一週間で大地と獣の栄養になっていた事だろう。

 今だからこそ、そんな風に思ってしまう。

 俺達三人がいっぺんに“こちら側”に呼ばれたからこそ、上手く行ったんだ。

 “向こう側”でも、“こちら側”でも。

 “三馬鹿”をやれていたからこそ、気持ち的にも実績的にも実を結んだのだと、今でも思える。

 そう考えれば、感謝しきれない想いが湧いて来る訳だが。

 俺達は家族だ。

 だからこそわざわざ恥ずかしい台詞を、今は吐く必要はないだろう。

 もしも言葉にする事があるのなら、酒の席が丁度良いってもんだ。

 それが、俺等の関係なのだから。


 「ご主人様、参りましょう。姫様達がお待ちです」


 「あぁ、行くか。……そんじゃ、ま。行って来ます!」


 「「「いってきまーす!」」」


 「「「いってらっしゃーい!」」」


 大声を上げながら手を振る俺達に、孤児院に残る皆は全力で手を振り返してくれた。

 いってきますと言える相手が居る、いってらっしゃいと返してくれる相手が居る。

 ただいまと言えて、おかえりと言ってくれる相手が居る。

 これって、結構特別な事だと思うのだ。

 だからこそ、俺達も全力で彼等に向けて手を振った。


 「いいですね、家族って」


 「おうよ。お前もその一員だからな? よく覚えておけ」


 「……はい。はいっ! ご主人様!」


 “元奴隷”の少女は、出会った頃では想像できない様な満面の笑みを、とても満足気な微笑みを浮かべてから。

 “家族”に対して、力いっぱい手を振るのであった。



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