粉屋
増田朋美
粉屋
ある日杉ちゃんと蘭は、バラ公園の近くにある粉屋へ出かけた。この粉屋さんだと、ただのパン用の粉ばかりではなく、様々な種類の粉を売っている。そのため料理する人には、一寸有名な店だった。杉ちゃんたちが店の近くまで行くと、店の中は物々しい雰囲気になっていて、警察や報道関係者がたくさん集まっている。
「一体どうしたんですか?何か大変なことでもありましたか?」
と、そばにいた警官に蘭は聞いてみたのだが、とても忙しいようで、無視されてしまった。
「これじゃあ僕らのほしいものが買えないじゃないか!」
と、杉ちゃんがデカい声でいうと、
「申し訳ありませんが事件があったばかりなので、ほかの店に行ってくれませんか?」
と言われてしまう始末。まあ確かにこんな事件があったばかりだから、仕方ないと杉ちゃんも蘭もため息をついて、粉屋さんを後にした。杉ちゃんたちが店の中から出てくると、蘭の小学校時代の同級生で、現在自宅で製パン教室をやっている、阿部慎一君が、店の方へ向かって歩いてきた。
「何かの間違いであってほしいと思ってきたけれど、やっぱり本当だったんだね。なんでも粉屋さんで事件が起きたと聞いたから。」
阿部君は汗を拭きながら言った。
「この粉屋さん、阿部君も知っていたの?」
と、蘭が聞くと、
「知っていたよ。よく粉を買ってて、お世話になってた。」
と、阿部君は答えた。
「しかし、粉屋さんがこうなってしまった以上、パン用の粉はどこで買えばいいんだろうねえ。粉屋さんは、無いと困るよねえ。」
杉ちゃんが言うと、
「まあ幸い、ショッピングモールの輸入食品の店にパン用の粉はあるけどね。やっぱり専門店のほうが知識が在って良いと思ってたけど。」
阿部君も同じことを言った。
「それにしても、こういう形で店がなくなるなんて。周りのひとのことを考えなかったのかな。店のご主人も身勝手なもんだぜ。」
杉ちゃんは店の人が自殺したと思い込んでいるようであるが、中にいる警官たちが、布でくるんだ担架をもって現れた。よく見ると、其れは大人のサイズよりも小さかった。
「殺されたのは小さな女の子か?」
と、中にいた警官の一人が言っていたので、事件の被害者は女の子であったということが分かった。
「女の子?この粉屋さんに子供さんはいたんだろうか?」
「さあ、聞いたことなかったよ。僕も頻繁にこの店に通っていたが、子供の声がしたということはなかったし。」
杉ちゃんと阿部君は、顔を見合わせた。
「どういうことだろうな。誰か親戚の子でも預かってたのかな。」
蘭はそういうことをつぶやいた。相変わらず警官たちは事件の現場となった粉屋を観察していた。
「確か、あの粉屋さんのご主人は、」
杉ちゃんがそういうと阿部君は、
「ああ、確か水田里香さんという名前だった気がする。僕の記憶に間違いなければ、ひとりで粉屋をしていたような気がするんだ。」
と、杉ちゃんの質問に答えた。
「という事は、誰も配偶者はいなかったのか?」
「ええ、確かずっと一人でいたような気がするよ。」
二人はそういうことを言い合っている。とりあえず、粉を買うことは事件のせいで出来なくなってしまったので、杉ちゃんたちは、ショッピングモールの店に行くことにした。一般人が事件を傍観しているのもよくないと蘭が言ったので、杉ちゃんたちは粉屋を離れた。
とりあえず粉は買うことはできたので、杉ちゃんたち一行は、近くのカフェによることにした。カフェということで、軽食は用意してあるが、本格的な食事というわ毛ではないので、客はあまりいなかった。とりあえず杉ちゃんたちは、コーヒーと軽食のパスタを注文した。カフェの中にはテレビが設置されていたが、テレビは報道番組をやっていて、アナウンサーがこんな事を言っていた。
「きょう午前10時ころ、静岡県富士市内の製粉店で、4歳くらいの女の子の遺体が見つかりました。この事件は、静岡県富士市の製粉店、みずたの収蔵庫内で女の子の死体が見つかったもので、女の子は、製粉を入れる袋の中から見つかりました。収蔵庫内で異臭がするということから、近所の住民が発見したものです。警察は、女の子の母親とみられる、店主水田里香を、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕しました。」
「はああ、なるほど。やっぱり事件だったんだね。虐待でもあったのかなあ。ほら、よくある事じゃない。ピンクとかでさ望まない子供ができたってやつ。」
と、杉ちゃんが言うと、
「そうだねえ。その可能性は高いな。」
と蘭は言った。
「しかし、粉屋の店主さんがそういうことするのかな。少なくとも、粉屋さんの店主さんであった時は、とてもやさしいおばさんという感じだったけどね。」
阿部君はまだ信じられない様子である。
「そうだけど、人間、表の顔もあれば裏の顔もあるよ。其れはしょうがないことかもしれないよ。不可得って言葉もあるんだし。其れをうまく理解できなくて、育児ができなかったのではないかな?」
と、杉ちゃんは言った。
「出たでた、杉ちゃんお得意の、観音講の教え。」
蘭は、この話が一寸苦手だった。すべてのものは得られないという、仏法の教えであるのだが、こういうときに使うべきではないような気がする。
「でも、子供はちゃんと育てられる権利があるのではないか?たとえ、望まないで生まれたとしてもだよ。一緒にいればそのうち愛情がわいてくるもんじゃないの?」
「さあどうかなあ。其れは今の時代では一寸疑わしいな。其れが感じられないで、お前さんのところに来る奴だっているじゃないか。きっとこの粉屋の女性だって、愛情をもって育てようとしていたんじゃないかとは思うけど、其れも最近は伝わりにくいものになってるからよ。」
杉ちゃんは水をがぶっと呑んだ。同時にウエイトレスが、三人分のパスタを持ってきて、お皿を三人の前に置く。
「まあ、そういう事だよな。多分きっと、その女の子は、水田里香が勝手に作った私生児と言えるのかもしれない。」
テレビは、水田里香という女性について、詳しく報道していた。蘭はそれを聞いてみる。水田里香という女性は、父親がやっていた粉屋を受け継いで、店主になったという。でも、粉屋の仕事になじめず、夜になると歓楽街に通い詰めていたということが報道されていた。其れが真実かどうかわからないけれど、テレビではとにかくそこばかり強調されて報道されている。それに対して、偉い人というか、学歴のある人たちが、彼女の幼少期に粉屋の仕事のせいで愛情が確認できなかったとか、そういうことを言っていて、まるで、報道ではなく彼女の生涯を追ったドキュメンタリーのようだ。それにえらい人たちが、感想を言っているように蘭は見えた。
「そうだね。確かに、親から粉屋さんを引き継ぐことになって、外面では、親から仕事を与えてもらって、すごく幸せだと思われるけど、、、。」
阿部君が、えらい人たちの感想を聞きながら、そういうことを言った。
「でも、僕はあの粉屋のおばさんであったことを信じたい。」
と蘭は言うが、報道関係者たちは、彼女が抱えていた汚点を、どんどん指摘して吊り上げていくようだ。彼女は、確かに子供に対しては悪人だったかもしれないが、粉屋のおばさんだったのだ。其れは確かだった。
「まあ、私生活まで粉屋のおばさんでいることはできなかったんだろう。外で優しいおばさんを演じれば演じるほど、そんな猿芝居を打っているのがつらくて、其れで当たり散らしていたのかもしれないよ。」
「そうだねえ。彼女も実は人間だしな。」
阿部君と杉ちゃんはそういうことを言っていた。
「では、粉屋の優しいおばさんは、ただの幻だったとでも言うのだろうか?」
と蘭が言うと、
「ま、不可得とはそういうもんだ。」
と杉ちゃんが蘭に言った。
「僕のパン教室でもたまにいるよ、子供がかわいく思えないで悩んでいる人。それがだんだん増えてきているような気がするんだよね、気のせいだといいけど。」
阿部君もふうとため息をつく。
「さあ、食べようぜ。冷めちゃうよ。」
杉ちゃんは、急いで、パスタにかぶりついた。
粉屋 増田朋美 @masubuchi4996
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