第5話 サメ狩人は挫けない

 宙を舞う十メートルの巨体。それが降ってきた。銃の引き金を引く隙さえなく、複数名の兵士がサメの下敷きとなった。

 その中には、彼らの指揮官たる大佐もいた。指揮官を失った残りの兵士たちは、鎌首をもたげて見下ろしてくるハンナを前に、まさしく蛇に睨まれた蛙の如くに怯えてしまった。


 逃げ出す兵士たち、それをハンナは見逃さなかった。兵士の一人に背中から襲い掛かり、その大きな爪で胸を刺し貫いた。それを林の中に放り投げると、今度は別の兵士に接近した。

 もはや鎮静作用のある芳香は何の効き目も示していなかった。芳香の作用では誤魔化しきれないほどの攻撃性が、今のハンナを突き動かしているのだ。


「や、やめろぉ!」


 屈強な兵士の、情けない絶叫がこだまする。兵士の頭に食らいついたハンナは、その太い胴体を巻きつけ、力強く締めあげた。


「お、俺の彼女よりすげぇ……」


 この若い兵士は肺を圧迫されて酸欠になり、朦朧とする意識の中で大蛇のを存分に堪能していたのであった。


 ハンナは下顎を左右に動かしながら、兵士を頭から呑み込んでいった。「ヘビは顎を外すことで大きな獲物でも丸呑みできる」などと言われることがあるがそうではない。彼らの下顎は左右に分割されており、この下顎を互い違いに動かすことで、彼らは頭よりも大きな獲物を呑むことができるのだ。

 喉を膨らませて兵士を呑むハンナ。その背後から、あのサメが忍び寄っていた。


***


 一方、沿岸警備隊とマークは、発見されたもう一匹のサメを追ってトラックを走らせていた。そしてとうとう彼らは極彩色に彩られた研究所へとたどり着いた。


「おいおい何だありゃ、戦闘機のドッグファイトじゃねぇカ」


 車外に出たマークが見たのは、背後から迫りくるサメに気づいて上空へと上がった有翼蛇と、それを追いかけるサメの姿であった。サメははまるで虎のような咆哮を発しながら、執拗に有翼蛇に噛みつこうとしている。声帯がないはずのサメがなぜ鳴くのかは疑問だが、そもそも空を飛ぶ時点で普通のサメではないだろう。


「お、お前あの対サメ戦闘競技のマークか!? 助けてくれ! アナコンドルに殺される!?」

「アナコンドル?」

アナコンダanacondaコンドルcondorでアナコンドルだよ!」

「そう呼ばれてんのかアイツはヨ」


 ただ一人生き残った海軍兵士がマークの方へと走ってきたが、彼は殆ど狂乱状態であった。ここで何か、とても悲惨なことが起こったであろうことは容易に想像がつく。


「大変なことになってるみてぇだが……面倒くせぇ、まとめてやってやるゼ」


 空では、ヘビに追いついたサメが尾に噛みつき、ヘビの方もお返しとばかりに尾びれに噛みついていた。マークは擲弾筒に白い三角形をした弾頭を込め、空中を舞う二匹の怪物に狙いを定めた。弾頭が発射されると、それは空中高くで破裂し、白い物体をまき散らして二匹に浴びせた。

 二匹は、白い粘性の物体に覆われて身動きが取れなくなってしまった。お互いに相手に噛みついたまま離れられなくなった二匹は、ゆるゆると地面に落下していった。

 落下した先は、研究所に植えられた低木の上であった。ばきばきという音を鳴らしながら、巨体の重みに耐えられなくなった木が折れてゆく。


「やっぱ空飛ぶ相手にはトリモチだよナ」


 そこに歩み寄ったマークは、ソートレルと呼ばれる、爆弾を射出するクロスボウを構えていた。相変わらず、二匹は粘り気のある物体によって接着されており、互いに相手を引きはがそうともがいている。


あばよSo longクソッタレどもsons of a bitch


 マークは吐き捨てるように言いながら、クロスボウの引き金を引いた。

 爆弾はサメの腹に着弾し、爆音が鳴り響いた。空気が震え、赤い炎と黒い煙が立ち上る。可燃性の物体でできたマーク特製のトリモチが、二匹の体を焼き焦がしていく。焼き魚のような香りが、辺りに漂った。

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