第3話 サメとヘビの戦い

 軍基地に到着したトラックは、早速積み荷であるアナコンドルを下ろした。まだ眠っているこの蛇は手術台に運ばれ、軍の技師たちによって脳にチップが埋め込まれた。


「コントロール装置埋め込み完了。すぐにでも出撃できます」

「よし。前回の目撃情報から、サメはこの付近に出るに違いない。明日の朝七時に出撃させよ」


 大佐は相変わらずの無表情で、そう部下たちに通達した。


***


 マークは砂浜に張られた天幕の中で座っていた。その傍らには武装した隊員たちが複数名おり、彼の手元にはモニターがずらりと並んでいる。砂浜には遊泳禁止の看板が立てられており、沿岸警備隊以外に人の姿はない。

 サメ被害は朝と夕方に多い。この時間帯はサメが腹を空かしているからだ。ゆえにマークたちは夜の内にサメ退治の準備を行い、今こうして朝の陽射しの下でサメを待ち受けているのである。


「そもそも、なぜヤツらが空を飛んでまで陸地に来るのか考えてみたんだよナ」

「ほう」


 マークは腕を組みながら、隣の司令官に向かって話しかけた。


「多分、ヤツらは海の餌が少なすぎて満足できなかったんダロ。だから陸に餌場を求めたってわけヨ。ここ最近は赤潮で魚が死にまくったからナァ」


 近年、フロリダ西部メキシコ湾沿いの海では赤潮が発生し、海洋生物が死に追いやられている。サラソタ郡では一週間に十二頭ものイルカの死体が砂浜で発見されるなど、赤潮問題は深刻そのものだ。

 普通、サメをおびき寄せるには海に餌を撒く。だがマークはそうしなかった。敢えて砂浜に餌となる魚や鶏肉などをずらりと並べ、これによって誘い出そうとしたのだ。


「それにしてもくっせぇなぁ……」

「しょうがないだろサメ狩りのためなんだから」


 隊員たちは、魚肉の放つ生臭さに顔をしかめていた。嫌そうな表情をしながら鼻をつまんだ一人の若い男の隊員が、何の気なしに海の方を見た時のことであった。

 

「……来た!」


 海から、あの飛行ザメがやってきた。本当に、サメが空を飛んでいるのだ。


クソッDamn it、一匹か」


 現れたサメは一匹。目撃例では二匹いたというから、もう一匹はまだ何処かにいる。二匹いっぺんに現れてくれたら手間も省けるのに……と、マークは足を踏みならして残念がった。


「さぁ来い! 年貢のおサメ時だゼ!」


 低空飛行しながらサメは砂浜に近づいてくる。餌の下には爆弾が埋まっており、マークはいつでも起爆できるようにリモコンを握って待っていた。


 あともう少し……というところで、それは起こった。サメは急に顔を上に向けて上空に上がっていったのだ。


「な、何だ?」


 その声はマークだけでなく、隊員たちからも発せられた。

 

 上空にいたもの……それは見たこともない怪生物モンスターであった。猛禽類のような大翼と脚を備えた巨大なヘビが、輝く太陽を背に翼を広げていた。

 サメは上空に上がって有翼蛇に噛みつこうとした。だが有翼蛇の方はひらりと身を翻して回避し、反撃とばかりに尾でサメの頬を打った。サメはくるくると回りながら海中へ没したが、間を置かずに再び水しぶきを立てて飛びあがった。

 空飛ぶサメと、翼のある大蛇。二大奇獣による空中戦の火ぶたが切って落とされたのである。


「おいおい羽根生えたヘビなんて聞いてネェ。ヤツもセットかヨ?」


 司令官はマークの問いに対して黙りこくってしまった。サメだけを討伐する予定であったのに、予想だにしない闖入者ちんにゅうしゃが割って入ってきたのだ。どうすればいいのか分からない。

 サメは何度もしつこく噛みつこうとするが、掴みどころのないヘビの動きに翻弄されて攻撃が当たらずにいる。反対に、ヘビの方はひらひらと宙を舞い攻撃をかわしながら、時折尾による一撃をお見舞いした。

 そしてとうとうヘビはサメの頭に噛みつき、その長い体でぐるぐると巻きつき締めあげた。捕食の体勢に入ったのだ。

 ヘビの体は、それ自体が筋肉の塊といってよい程に筋肉質である。こんな体で締められればただではすまない。

 けれどもサメの方だって負けてはいない。サメは巻かれながらも、捨て身の戦術に出た。サメは急降下し、そのまま海中に没したのだ。

 海水に打ちつけられて、ヘビの体を衝撃が走る。それでもヘビは噛みついたまま離れない。だがサメはどんどん海中を突き進み、深いところにまで潜っていく。

 とうとうヘビは耐えきれずに口を離し、巻きつきを解いてしまった。サメを解放したヘビはまるで助けを求めるかのように上の方を目指し泳ぎ去った。

 実はここに、サメの戦術があった。アナコンダは確かに水陸両用の動物であるが、呼吸は肺呼吸であり、息継ぎが必要なのだ。したがって彼らはずっと水に潜っていられるわけではないのである。

 これを瞬時に判断したところに、このサメの恐ろしさがある。ウミヘビを大きくしたような敵が相手であるから、きっと魚と違って息継ぎが必要なのだ……そう判断したとしか思えないほどに知的な戦術であった。


 水から出たヘビは、そのまま砂浜に向かって低空飛行していた。それを水の中からサメが追いかける。空飛ぶサメといってもサメはサメであり、海の中を速く泳ぐことができる。

 そして、サメはヘビに追いつくと水面から飛びあがり、その巨体でもってのしかかった。両者の体格を比べると、ウエイトではややヘビ側が不利だ。この大きさのサメにのしかかられてはたまったものではない。

 サメにのしかかられたヘビの体は、砂浜の上を滑った。設置されていた魚肉が潰され、ヘビの体にすり潰された魚肉が付着する。

 ヘビの方は、これ以上のしかかられてはたまらないとばかりに、サメの腹と砂浜の間をするりと抜け、大きな翼を羽ばたかせて再び上空へと逃げた。


 その時であった。


「今だ!」


 マークが吠えるとともに、リモコンの起爆スイッチが押された。魚の下にセットされた爆弾が、大音量の爆音を立てて爆発した。


「まずは一匹ってとこカ」


 取り敢えず一匹のサメは仕留めた。爆発の衝撃をモロに受けたサメの体は、もう焼けただれてしまっている。

 一方の有翼蛇は、もう遥か彼方へと飛び去ってしまっていた。

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