14 魅力的な彼女


「あまり自分と話していると、またリチャード殿に怒られますよ?」

 サクが部屋で明日の準備をしていると、ドアが小さくノックされた。その力の加減的に少し不安を感じながら扉を開けると、そこには予想通りレイルが一人で立っていた。

 夕食の席にてリチャードが少しばかりの嫉妬を抱いていたのはわかったので、同じ旅の仲間としても、ややこしいことは避けたいと考えているのは自分だけなのだろうか。

 彼女は何の躊躇いもなく部屋の中に侵入してくる。男女が二人きりで、一つ屋根の下だ。

「旅の仲間と話して、なんで怒られなきゃなんねーんだよ?」

 平然とそう返してきた彼女に、小さくため息をつくしか出来ない。ガリアノ様、早く戻って来てください。

「なんだよ。さっきはあんなに話してくれたのに」

 クスクス笑いながら、彼女はベッドに腰かけた。

 自分のベッドだ。本当に困る。今は足を包んでいた布地は脱いでしまったようで、赤い毛並みと白い肌の艶かしい色合いを見せつけられている。

「それは……恋人のリチャード殿のことを考えれば当然です」

「あー……確かにあいつは恋人だ。だけどよ……」

 レイルはそこまで言うと、するりと立ち上がりサクに近付いた。すぐにぴったりと身体を寄せて、挑発的に見上げてくる。

「この世界では私たちはどうやら、守ってもらわないと生きていけないらしい。自分のことを守ってくれるサクの機嫌を取ろうとするのは、おかしなことじゃないだろ?」

「な、何を……っ! そんなことをされずとも、じ、自分は……貴女を守ります」

 彼女を強引に押し退けて、それだけはちゃんと伝えた。心臓がバクバクとうるさい中、レイルはまだクスクス笑っている。

「なんだあんた、女に興味ないわけじゃないだろ? まさかガリアノとデキてんのか?」

「な、なんでそうなるんですか!?」

「さすがにこれは冗談冗談」

 大笑いになった彼女の態度に、どうやら本当にからかわれたことがわかった。

 感情は素直に表情や態度に出ているのに、どこまでが本気か読みにくい。それすらも魅力的だと感じさせるのが、彼女の最大の武器なのだろう。

「自分は、そういったことは大切な相手とするものだと思っているだけです。それに、戦闘の技術でしたらガリアノ様の方が数段上です」

「ふーん、そんなに強いの?」

「村では随一。おそらく精鋭が集うと言われる頂きの街でも、遜色はないかと」

「そんなに強いのかよ。サクもまだまだなんだな。色仕掛けにも弱いし」

 ニヤニヤ笑いながら続ける彼女に、軽い溜め息をついて応える。年頃の娘のこんな態度は慣れないのであたふたしてしまう。こんな下衆な台詞を吐いていても、そんな時まで本当に綺麗だ。

「……サクだって、私達よりはよっぽど強いだろ?」

 試すような上目遣い。ゾクゾクと走るこの感覚が、思わずクセになってしまいそうになる。

「自分達は古くより、毒による殺生を生業としてきました。多少なりは覚えがあります」

 その返事に満足したのか、彼女は微笑み扉に向かう。

「一つ誤解しないで欲しいんだけど……」

 歩きながら、歌うように彼女は続ける。

「嫌いな相手にはこんなことしねーよ」

 彼女が出ていき、部屋に一人残されるサク。

 やがて大きな長い溜め息が出た。心臓はまだしばらく落ち着きそうにない。

 彼女の笑い声、微笑みのなかに隠された哀しみ、そして、絡め取られる誘惑の香り。部屋には――彼女が腰かけたベッドには、甘い気配が残り香のように残っているような気がした。

 今は少し……ガリアノにはゆっくりしてきてもらいたい。

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