15 夜


 部屋に戻ると、既に明かりは消されていた。手前のベッドに膨らみがあることが確認出来たのも、きっと身体の変化のおかげだろう。窓の向こうの光だけでは、本来ならこんなにはっきりは見えないはずだ。

「レイル……おやすみ」

 ベッドの膨らみに小さく声を落とし、リチャードもそのまま隣のベッドに潜り込もうとしたら、膨らみがゴソゴソと動いた。

「まだ寝てねーよ。待ってた」

 被っていた大きな葉っぱのようなものから、愛しい彼女が顔だけ出した。その言葉通り彼女の瞳は、しっかりと開かれている。

「悪い。ガリアノと話していたら話し込んじゃってな」

「へー? どんな話?」

 好奇心を刺激したのだろう。彼女は寝ていた場所を半分譲ってきたので、リチャードも彼女のベッドに腰を下ろしながら続ける。

「軽い身の上話さ。サクの妹さんと結婚していたらしいよ。だからサクはいつもあんな態度なんだな」

「ふーん」

 あまり興味のなさそうな返事が返ってきたので、やはり本当は眠いのかなと声をかけようとすると、そのまま彼女に引き込まれた。

 仰向けの彼女の上に覆い被さるような体勢になってしまい、慌てて身体を起こそうとする。

「あの二人のことより、リチャードのこと……知りたい」

 頬を彼女の手が撫でる。甘く、蠱惑的な瞳に誘われるようにしてキスを落とす。

 優しい笑みを形作る唇から小さな吐息が漏れたところで、なんとか理性というものが戻ってきた。顔を少し離し、彼女の表情を覗き込む。相変わらずの微笑みは、余裕か、それとも興奮か。

「私達、全然お互いのことまでわかってないだろ? だから……たくさん、教えて?」

 彼女の手が腰に降りてくる。夢のような、でも……

「……無理、してない? 俺が妬いてるとか……そんなんでするぐらいなら、俺はしない。俺は……レイルが大切だから」

 大事な彼女の罪悪感に付け入るようなことはしたくなかった。

「……違うよ。私にとって……大切なのはリチャードだから」

 美しい瞳を潤ませながら、彼女は小さくそう言った。彼女の小さな身体を優しく抱きしめる。微かに震えていた身体から、すっと安心したように力が抜けた気がした。

 不安を包み込む優しさを、俺達は分かち合うことが出来た気がした。







「ようお二人さん。もう起きてるかー?」

「ガ、ガリアノ様! せめてノックを」

 突然扉がなかなかな勢いで開けられて、ガリアノがズカズカと入ってきた。サクも後ろから申し訳なさそうについてくる。

「おはよう。もう起きてるよ。服、こんな感じで着たら良いのかな?」

 既に起きて朝の準備を済ましていたリチャードは、昨日買った服に早速袖を通していた。毛皮を主とした服装なんて、今までしたこともなかったので新鮮だ。なんだかワイルドな気分。

「おうおう。よく似合っているな」

 ガハハと笑ったガリアノの後ろで、サクが部屋を見渡していた。

「レイル殿は?」

 姿の見えないレイルのことを心配したのだろう。サクがそう口にしたと同時に、部屋に備えつけられていたタオル――光の魔力により程よく暖まっていた植物の葉だ――で身体を拭いていたレイルが、洗面所から出てきた。

 この世界では水が苦手な者が大半なので、そういったもので身体や顔を拭くようだ。ちなみに犬歯が目立つためか、歯ブラシは見つからなかった。

「おう、サク、ガリアノもおはよう」

 本人は明るく挨拶しているが、その格好はまずかった。大きめの葉一枚で身体を隠しただけの彼女の姿に、ガリアノは笑い、サクは赤面して身体ごと顔を背けてしまった。

「おはよう。大胆なこった。身支度が出来たら宿の前に集合だ。朝飯に行くぞ」

「わかった」

 レイルに服を投げ渡しながら返事をするリチャードに、ガリアノはもう一度大笑いし、サクを伴って部屋の外に出た。

「ガリアノってさ、飯の話しかしねーよなー」

 レイルのどうでもいい呟きには、溜め息しか出ない。

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