13 差別、守り方


 絶対に食べ過ぎた。昨日の絶食を取り戻すかのように、昼からしっかり食べたのが問題だったのか、それとも慣れない土地での疲れか、食べ慣れない料理で腹でも壊したのか。

 とにかくあまり本調子ではない身体で、それでもまだ寝るには心が惜しいと感じている。そんなふわふわとした気持ちで宿の屋根の上に登ってみたのだが、驚くほど身に馴染むその動きに、自分が本当に猫のような存在になってしまったのだと改めて突きつけられた気がした。

 風を感じて目を閉じるリチャードの背後に、足音もさせずにガリアノが立った。

「眠れんのか?」

「あぁ。さすがに、まだ異世界っていうドキドキが収まってなくて」

 振り返りもせずに答えた。夜風が露出した手足に心地良い。ガリアノも特に気にした様子もなく、そのまま会話を続ける。

「明日はお前さんらの武器を調達してから街を出る。身体は疲れているだろうから、早く寝ておいた方が身の為だぞ」

 気持ちはわからんではないがな、と笑うガリアノに、リチャードも小さく笑った。リチャードのその様子にガリアノは笑うことを止め、真面目な口調になる。

「お前さん、あのお嬢さんとは上手くいってないのか?」

「……俺の嫉妬の問題だよ。あいつの親友の男二人に、俺は妬いてるんだ」

「確かに、あの性格と容姿なら、引く手はあまただろうなぁ。だが、お前さんらは恋人同士なんだろう? なら周りから何を言われようが、気にすることはないだろう?」

「あんたに何がわかるんだよ!? 俺の知らないところで仲の良い男と楽しそうにしてる! そのせいであいつは“ビッチ”だ“男好き”だと散々悪口を言われてる! そんな奴と付き合ってる俺は……いったいなんなんだよ!?」

 正論を話すガリアノに思わずそう言い返し、自分の言葉で本心に気付いた。

 そうだ。俺はきっと、あいつのこと……そんな奴なんて思っていたのか。

「お前さんが嫌なら別れてしまえばそれで良いだろう。それか、なんだ? せっかく手に入れた美人を手放すのは惜しいのか?」

「……」

 図星を突かれてリチャードは黙るしかなかった。彼女の良いところだけを見て、悪いところは蓋をした。

「お前さんは、孤立した彼女を守れない自分が怖いんだろうな」

「……孤立?」

 ガリアノの思ってもみなかった言葉に、リチャードはただその言葉を聞き返す。

「周囲から悪意を向けられる……それは差別と言っても過言ではない。まぁ、あのお嬢さんの場合、自業自得という部分もあるだろうが、お前さんはそこに巻き込まれたくないわけだろう? だが、その親友達とやらはきっと、その状態でもお嬢さんと一緒にいたんだろう?」

「あぁ、類友ってやつだろうとは思うけど、いつも一緒にいるようだった」

 だから俺は、いつも一緒にはいれなかった。

「オレにも経験があるんだがな。大切だと思えた存在とは、ずっと一緒にいてやらなきゃならん。それが悪い時なら尚更だ」

「ガリアノにも、大事な人が……いた?」

「……ああ。サクの妹を嫁に貰ってね」

 つまりアクト。この世界での根深い差別の対象。きっとレイルを取り巻くものよりも、よっぽど大きな悪意の渦。

「そうか……」

「あいつはいつも言っていたよ。愛する人が一緒にいれば、それだけで世界は光に包まれると。お前さんも大切だと思えるなら、そうしてやれ」

「……ガリアノはずっと一緒に?」

「……あいつが死ぬまで一緒にいたさ」

 優しい夜風に、鬣のようなダークブラウンの短髪が揺れる。精悍な顔つきにはその豪快な性格がよく現れており、いつも大きな笑い声が溢れるその口が、今は優しく微笑んでいる。

 思い出の中の愛しい存在を夢想しているのか、いつもの彼とは違う表情をしていた。

「さて、そろそろ夜も遅いから、部屋に戻れ。明日武器を調達したら、扱い方を教えてやろう」

 ぐっと伸びをしながらガリアノがそう言った。確かにそろそろ身体も冷えてきた気がする。

「武器って、戦うのか……」

「基本的には戦いはオレ達が引き受けるが、護身ぐらいは出来るようにしておいた方が良いからな。なにせ街の外は魔物だらけだ」

「わかった。お願いします」

 運動神経は自分もレイルも良い方だろうが、果たして武器の扱いはどうなんだろう。明日からの不安を少々感じながら、リチャードもガリアノの後に続いて屋根から降りる。

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