4 食堂にて


「そうすると、お前さん達はなんだい……こことは違うセカイってとこから来たのかい?」

 喧騒の飛び交う飯屋の席に着くなり、大男――ガリアノは問い掛けてきた。

 身長こそリチャードの方が少しだけ高いが、横幅は倍ほどの違いがある大男。まさに“岩のような”という形容がしっくりくる。

 ダークブラウンの短髪がまるで獅子の鬣のようだ。オレンジがかった瞳が好奇心からか、その体格には不釣り合いな程、穏やかな光を宿している。

 街の中心地から少し離れた立地条件にも関わらず、この店には多くの客が入っていた。少しレトロな大衆食堂といったような雰囲気で、全体的にやや綺麗さには欠ける。外の町並みと同じく、店の中も石造りの構造になっていた。

 四人掛けのテーブルに対面して座る。こちらの隣はレイルなので問題はないが、あちらは少し窮屈そうだ。

 先程の市での騒ぎを「こういった野蛮な連中の相手をするのは、オレ達の仕事だから」とすんなり納めたこの男達は、リチャードの手を見てすぐに何かを察したらしい。付き従うもう一人――名前はサクと名乗った――が先導し、メインストリートから離れたこの店に共に入ったのだった。

 周りの喧騒で、自分達の話が漏れる心配はなさそうだ。

「はい。気が付いたら彼女と一緒にこの街、で良いんでしょうか? の外に倒れていたんです」

「ここの名称はフヨウの街ですよ」

 隣のレイルを気にしながら事の経緯を話すリチャードに、サクが丁寧に補足する。

 終始無機質な表情を崩さないこの男の姿は、一言で表すなら“異様”だった。美しさすら感じる褐色肌に、腰までありそうな銀髪は後ろでひとつに結っている。ここまでは『あぁ、この世界にも人種の違いがあるのか』程度で済む。

 だが、決定的に違いを感じさせる部分がひとつ。瞳だ。彼の目は、白目と黒目の色合いが逆だった。リチャードを写す白を、黒が取り巻いている。その異様さが、細身の体つきも相まって、彼を違う存在だと強く認識させてくる。

「アクトを見るのは初めてですよね?」

 そう言って細められた瞳に哀しみが確かに浮かぶのを認め、リチャードは返答に困りながらも、しかし最終的には「えっと、はい。意味もわかっていません」と答える。

 その返答に「大丈夫ですよ」と笑いながら、サクは説明する。

「ここにはゼートとアクト、ふたつの種族がおります。こちらのガリアノ様や街の者など、ほとんどはゼートと呼ばれる種族です。お二人も身体的特徴はそちらのようですね。そして自分のような見た目の者が、アクトと呼ばれる少数派になります」

 そこで一旦息をついた。そのタイミングで丁度料理が運ばれてくる。計算だな、とリチャードは感じた。なんとなく、だが。

 店のメニュー表は入った時に目を通したが、やはり読めなかったので注文はガリアノに任せた。どうせここの代金も払えないのでワガママも言えない。

 運ばれて来た料理は、どうやら魚料理のようだ。程よい焼き加減の大ぶりの魚が一匹、どーんと皿の上を占領している。野菜の類いはなかったが、隣に大きな豆のような拳大の塊が別皿で置いてある。

「さぁ、料理は熱いうちにだ。身の上話は食い終わってからだな」

 ガハハと笑いながら食べ始めたガリアノに続き、リチャードも魚に手を伸ばす。

 ガリアノが手掴みで食べているが、彼の性格は短い間にも少しくらいなら理解はしたつもりだ。少しガサツなところが目にはつくが、悪い人間には思えない。

 そう、多分品はない。だから、この料理が本当に手掴みで食べるものなのか、判断が出来ない。テーブルの上にはナイフやフォークといったものもないので、これが正解なのだろうか?

 サクを横目で見ると、彼も手掴みで魚にかぶりついていた。あ、多分これが正解だ。

 レイルに顔を向けると、神妙な顔をしている。その姿にガリアノが、口の中を魚だらけにしながら笑った。

「お嬢さんにはこんな食べ方、できないってか?」

 からかうような言葉に、一瞬レイルの眉間にシワがよった。

「“頂きの街”では女性には、こういった食べ物は好まれないようですよ」

 すぐさまレイルをフォローしたのはサクだったが、ガリアノは構わず続ける。

「確かにあそこの街の女共は“レデー”ってやつなんだろうが、お前さんは違うだろ?」

 レイルは答えない。彼女の視線は真っ直ぐガリアノに注がれている。

 リチャードが止めに入ろうとすると「お前さんは恋人なんだろう? 恋人がずっと自分を偽っているのは辛くないかい?」と、逆にこちらの痛いところをついてくる。

――なんで痛いんだ?

 いや、思い至るところはある。気付かないフリをしていただけで。

「なんだ。わかってるんなら、もう“お嬢さん”はしなくても良いんだな?」

 挑発的な表情に言葉。あぁ、そうだ。彼女はそういう人間だ。

「初めて見た時からチグハグだと思っていたんだ。彼氏の方は動揺しているだけだったが、お前さんだけは丁寧な反応をしながら、こちらを試すような目をしていたからな。攻撃的な、イヤな目だったとも」

 最後は笑っていたので、どうやら本気でイヤだったわけではないらしい。

「そりゃそうだろ。いきなり冒険者だとか言いながら男が二人出てくるんだ。女の私としちゃ犯されるんじゃないかって不安になるのも仕方ねぇよ。なにしろこっちは丸腰だ」

 そう言いながらレイルは、手掴みで魚にかぶりついた。まるで肉食獣を思い起こさせるその姿に、リチャードだけでなくサクも唖然としている。

 この空気を、リチャードは知っている。人を惹き付ける彼女の魅力。付き合ったことで蓋をした、理想ではない彼女の部分。危険な魅力だ。性格とは逆に、優しくウェーブした赤髪が揺れる。

「じ、自分達は貴女達を助けるつもりで名乗り出たので、そのような、し、心配は無用ですよ」

 どうやらそういった話題には抗体がないらしい。赤面してしどろもどろになり頼もしさが一気になくなったサクを、ガリアノが大声で笑った。

「ところで先程、世界って言葉に馴染みがないようでしたが?」

 和んだところでリチャードは話題を戻す。まだ笑っていたガリアノが「そうそう」と表情を戻した。横でまだ赤面しているサクを、レイルが「あんた私らより大人だろう?」とからかっている。

「オレ達にとってその“セカイ”って定義は、今まで考えたこともなかったもんだ。オレ達が歩いて行ける範囲には、大小の違いはあるが街や村があって……正直、それだけだ」

「つまり、そこを統治する王様みたいなのはいないのか?」

「街や村の長はいるが、全体を統治していると言えば『魔術師』達だろうな」

「魔術師?」

 リアルでは聞き慣れない単語にリチャードは軽く目眩がしそうだったが、続きを促す。ここはファンタジーだ、ファンタジー。

「ゼートは光の魔法の素質があり、アクトは対して闇の素質がある。それらに強い資質があるやつらが集まっている都があるんだ。オレ達の最終目標もそこだ」

 そう言うガリアノに、そういえばこの二人は冒険者だと言っていたなとリチャードは思い出した。

「その、冒険者ってのも職業になるのか?」

 リチャードではなくレイルが質問。聞き方がストレート過ぎるぞこのお嬢さんは。

「それはだな――」

「――街の外にはモンスターが彷徨いています。それを退治すると、街の方々から報酬をいただけるのですよ」

 なにかを言い掛けたガリアノを制し、サクが流れるように答える。

「サクよ……なにも隠す必要はなくないか? こいつらも真実を語った。オレ達の旅の目的を話すのも良いだろう」

「しかし、ガリアノ様……っ」

 サクは言い返す言葉を探しているようだったが、元より彼らの間には主従関係があるようだ。サクがガリアノを正すことは出来ないのだろう。

「こいつらなら大丈夫だ」

 最後にはそう詰められておしまいだった。サクも諦め、無機質な表情に戻る。

「オレ達は、伝説の水神を探す旅をしている冒険者だ」

 ガリアノの目的は、リチャードの考えていたファンタジーを超えていた。

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