5 旅の目的


 ガリアノの話によると、どうやらこの世界――聞いている限り、ひとつの大陸のみでしか人々は世界を認識していないようだ――には、水神が広く信仰されているらしい。

 獣人の特徴として、水を恐れ崇めるという本能があるらしく、そのため海の向こうなど考えも及ばないのだという。飲食のためにも、集落等は必ず水場の近くに築かれてはいるが、あくまでそれは飲み水と主食となる魚介類のためであり、水流というものを人々は恐れているのだった。

 飲食を提供する者達は、元来水に対して抵抗の少ない者の家系が受け継ぐらしく、例外的に水へ入って漁などが出来る彼らは、特異体質と言っても良いぐらい重宝されるらしい。

 大小様々な街や村が点在はしているが、何度か統合のような出来事があり、数自体は数える程まで減少している。

 知性のある生物はゼートとアクトと呼ばれる獣人のみで、大陸の中央の山から流れ出る数本の川を泳ぐ川魚が、彼らの現在の主食らしい。山や平野部に四足歩行の獣も出るが、闇に堕ちたモンスターのため、その血肉を食らうことは出来ないのだという。

 そしてこの獣人達の生活を支えるのが、魔法の力である。

 ゼートは光の魔法の素質があり、個人差はあるが熱源を発生させて岩を焼き切ったり、漆黒の夜に灯りを与え、暖をとることもできる。

 対してアクトは闇の素質を持つ。アクト以外――つまり同族以外に致命的なダメージを与える毒を精製出来るのだ。

 見た目も違うために両種族は対立しており、数で勝るゼートによって、アクトは差別の対象として細々と生活しているのだという。

「つまり大陸全体、ゼートの天下ってわけだ? どこの世界にも差別はあるんだな」

 魚を食べ終わり、続いて出てきた甘い風味のあるジュースも飲み干し、自分の掌より大きい豆に苦戦しながら、レイルは事も無げに言い捨てた。

 皮肉じみた口調だが、今ならわかる。この言葉に他意はない。ただの感想だ。

「ああ。大きな争いこそ今は起きていないが、それでも酷いものさ」

 ガリアノが大袈裟なほど頷く。サクは黙ったまま食事を続けている。

「こんなこと聞くのもおかしな話だけど……ガリアノさんは差別には反対なんですよね?」

 一番そこが気になったので聞いてみた。先程から主従関係は感じるが、差別というには違和感があったからだ。

「ガリアノ様は、種族に関係なく自分を救っていただいた恩人です。浅はかな連中と同じにしてもらっては困ります」

 サクがぴしゃりと言ってのけたので、リチャードは「あ、そんなつもりはないです」と苦笑いすることしかできなかった。

「サクよ、落ち着け」とガリアノはまた笑い、今度は真剣な表情で真っ正面からリチャードを見る。

「オレはもちろん差別は反対だ。旅にも同行してもらっている。オレはこいつとは同等のつもりなんだがな、どうもね」

「恩人に敬意を払うのは当然です」

「ずっとこうなんだわ」やはり笑ってそう言うガリアノは、そんな小さなことには拘らない性格なのであろう。

「世界がみんな仲良くは難しくても、せめてオレの周りくらいは楽しくやれたらそれでいいさ」

 ガハハと笑う彼に、リチャードは絶望の中に希望の光を見た気がした。

「それで? その楽しい旅の目的って何なんだよ?」

 焦れたのかレイルが問い掛ける。豆との格闘も終わったらしい。さて、俺も残った魚を食べないとな――

「水神に願いを叶えてもらいにいくのさ」

 思わず口の中のものを吐き出し掛けたが、ここはファンタジーだと自分に言い聞かせる。元いた世界とは違って、百パーセント願いを叶えてくれる神がいてもおかしくはないだろう。ファンタジーなんだから。

 横でレイルが目を細めたのが見えた。

「偉大なる蒼海の王である水神ビスマルクは、呼び出した者の願いをひとつだけ叶えてくれるのですよ。もちろん、言い伝えですが」

 そう補足するサクの表情は――相変わらず感情が読めない。真面目なのだろう。

「なんでも、ねー」そう考えるように呟いたレイルに、ガリアノは食いついたかと身を乗り出す。

 石造りのテーブルは頑丈に出来ており、彼が体重をかけたところでびくともしない。ところどころに溶接のような跡があるのは、先程説明されたゼートの光の魔法による作業跡だろうか。

「なんだいお嬢さん? 叶えて欲しい願いがあるなら、一緒に行くかい?」

「叶えたい願いっちゃ――」

 反射的に答えたのだろう。レイルの目が一瞬こちらを捉える。開きかけた口がすぐに閉じ、少しの間をあけてから再び言葉を発する。

「そりゃ、元の世界に帰ることだろ」

 そうだよな? と笑顔を向けるレイルに、リチャードも頷く。

「よし! なら決定だな!」

 まずは親睦の乾杯だと、大声で人数分のジュースのおかわりを注文するガリアノに思わず笑みが溢れながら、リチャードはなんとか希望が形になったことに安堵していた。

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