第20話
弥生ちゃんは最後のお願いについて考えていた。
じつは、なんとなく最後のお願いは最初から決まっていた。
遠くへ行きたい。
ここではないどこかへ。
それが弥生ちゃんの密かな願いだった。
三つ葉山を登ると、頂上の公園に辿り着く。
そこからは、弥生ちゃんの住む町が一望できるのだった。
「小さな街だな。」
と弥生ちゃんはいつも思う。
ここでは色んな人が暮らしている。
ほとんどの人がこの町から出ることなく毎日を過ごしている。
近くのショッピングモール。トンネル。山。町。道。川。駅。
遠くに行くことはあっても2キロ先の塾くらいだ。
ここに住んでいると、そんなに小さい町だとは感じない。
しかし、山の上から見ると、違う。
普段は見えない、遠くにある山まで見える。
巨大にそびえ立っている大学病院が小さく見える。
弥生ちゃんは思った、あの山の向こうには、何があるのだろう。
行ったことがない。
行ってみたい。
猫に頼んだ。
「遠くまで行きたい。あの山の向こうまで。東京に行きたい。」
東京、というのは、遠くにある街だ。
去年、家族でディズニーランドへ行った。
楽しかったし、日本の「首都」だと教えてもらった。
弥生ちゃんは、東京は日本で一番賑やかな街なんだろうなあ、と思っていた。
こうやって少し高いところから町を見ていると、不思議な気持ちになる。
自分が人間ではなくなったような。
下の世界で暮らしている人間たちを眺める鳥のような気分になるのだった。
弥生ちゃんは想像した。鳥になって、自由に空を飛んでいる姿を。
遠く、もっと遠くまで。
弥生ちゃんはわくわくした。
遠くまで、行ってみたい。
空は晴れていて、白い雲が浮かんでいた。
弥生ちゃんが知らない世界があるのだろうと思った。
知りたい、この世界を。
その時、身体がふわっと浮いてくるのを感じた。
足を見ると、少しだけ、宙に浮いている。
弥生ちゃんと黒猫は、地面から10センチほど浮いていた。
弥生ちゃんは
「すごい!!すごいよ!」
と興奮して言った。
「もっと高くまで上げて!」
とお願いした。
黒猫は、
「ちょっと難しいなあ。」と言った。
しかめっつらをして、ん~~~~~と力を込めた。
すると、10センチ浮いてたのが、20センチくらいになった。
弥生ちゃんは、
「すごい!!けど・・・・。なんかあんまり変わってない・・・ね。」
と言った。
すると、猫は、「ひどい!頑張ったのに!!」と言う。
そのまま一人と一匹は宙に浮いたまま前に進んでいった。
公園を通り過ぎて、なだらかな階段の上をふわふわと浮いたまま通り過ぎていく。
だんだん地面が遠くなっていく。
弥生ちゃんは猫のふにゃっとした手を握った。
なんだか夢みたいだ。
夕方の風が気持ち良い。
町がうっすらとしたオレンジ色になっている。
そのまま真直ぐ飛んでいき、家が並んでいるところまできた。
すぐ下には車が見える。
いつも通っている場所を上から見るのは不思議な気分だ。
下を見ると、自転車に乗っている人がいた。
弥生ちゃんたちはどんどん高く上がっていき、町が小さく見えた。
丁度雲が横にある。
あ。
弥生ちゃんは今まで見たことのない景色を見た。
山の向こうに、知らない町があった。
きっと弥生ちゃんが住んでいる町みたいに人々が住んでいるんだろう。
そしてその向こうには、また山がある。
きっとその向こうにも、知らない町があるんだ。
そして、そのずっと向こうに「東京」がある。
弥生ちゃんたちは飛び続けた。下には新幹線の通路が見えた。
気が付いたら、夜になっていた。
ここはどこ?
とても綺麗だ。
大きな観覧車がある。
「横浜だよ。」
と黒猫が言った。
「よこはま!!!」
と弥生ちゃんはびっくりした。
よこはまは、いつかどこかできいたことのある地名だ。具体的にはどこにあるのかは分からない。しかし、かなり遠くまできたような気がする。
次の日、弥生ちゃんたちは帰った。
駅にいる弥生ちゃんを見た、と言っていた。
三つの願いごとを叶えたね。
と黒猫は言った。
弥生ちゃんはうん!すっごく楽しかった!ありがとう!と言った。退屈な日常が少しずつ変わっていた。
だけど、これから私、上手くやっていけるかな。ねこさん、三つなんてケチなこと言わないで、もっとお願い叶えてよ。と言った。
黒猫は「えー、嫌だよ、三つって決まってるもん。」と言った。「それに、弥生ちゃんなら、大丈夫だよ。」と続けた。思い出してごらん、お姫様役に立候補したのも、田中くんに話しかけたのも、横浜まで行ったのも、全部弥生ちゃんだよ。と言った。え、と思った。猫の魔力のような気もするし、そう言われればそんな気もする。
弥生ちゃんは、お母さんから聞いた話に驚いた。
東京に住んでいる親戚のおばちゃんの家に弥生ちゃんが訪ねてきたらしい。
深夜、一人で来たので心配して、おばちゃんはお母さんに電話したそうだ。
弥生ちゃんは一人だったので、そのままおばちゃんの家に泊まって、朝、新幹線で帰ったそうだ。
不思議なのは、お金も何も持ってない弥生ちゃんが一人でどうやって東京まで来たのか、ということだった。
弥生ちゃんは、猫と一緒に空を飛んだ記憶しかない。
最後に猫が言っていた不思議な言葉を思い出した。
「お姫様役に立候補したのも、田中くんに話しかけたのも、東京まで行ったのも、全部弥生ちゃんだよ。」と言っていた。弥生ちゃんはそのときは意味が分からなかった。確かに、ばけねこが願いを叶えてくれたはずだ。しかしあとになって、ばけねこの言う通りなのではないか、と思うようになった。
あれから3年が経った。弥生ちゃんは中学一年生になった。弥生ちゃんは受験して受かった中高一貫校の女子校に通うことにした。
三つ葉山とは正反対の方向にあるので、小学生の頃に比べて三つ葉山に登ることは少なくなった。
弥生ちゃんとばけねこは今でももちろん友達だ。
弥生ちゃんは悩み事があるとき、辛いことがあったとき、三つ葉山に登る。すると、なぜだか、気持ちが落ち着くのだった。
終わり。
ねこと私 甘夏みかん @na_tsumi
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