第18話

保健室の先生は眼鏡をかけたふっくらとしたおばちゃんだ。


先生は、消毒液を綿にしみ込ませて、弥生ちゃんの膝小僧に当てた。


「いたっ。」


弥生ちゃんは保健室の天井近くに飾ってある、詩を見た。


習字のような筆で力強くかいてある。

2メートルくらいはあるだろうか。大きな額縁に入っている。


「雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ

小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ朿ヲ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ


宮沢賢治」



この詩は弥生ちゃんが一年生の時からここにあった。

インパクトがあるので、保健室に来る度についつい見てしまう。


最後に4文字の漢字がある。きっとこれは名前か何かだろう。

雨や風に負けたくない。と言ったり、病気の人を看病したりしている。

この人は強く、そして優しい人なのだろう。途中、「みんなにデクノボーと呼ばれ」とあるが、きっとこれは悪口だろう、と弥生ちゃんはなんとなく分かった。

もし弥生ちゃんなら、デクノボーなんて呼ばれたくはない。


最後に、そういう物に私はなりたい、と言っている。

これは宮沢賢治さんの願いなのだ。


ここにかいてあることが、人間としての正しい姿なんだ、と弥生ちゃんは思った。

この詩には、見る人に「ちゃんと生きないと、」と思わせる何かがあった。


弥生ちゃんがいつものように詩について考察していると、


「はい、治療終わったわよ。」


という先生の明るい声が聞こえてきた。


先生は、

「田中くんよね、外にいるの。仲が良いのは良いことだけど、はしゃぎすぎないことよ。雨もすごいから、早く帰りなさいね。」

と優しい笑顔で付け加えた。


弥生ちゃんは、このおばちゃん先生の目には自分たちの姿がどう見えているのだろう、と思った。


そもそも弥生ちゃんたちは仲が良いわけではない。

2人ではしゃいでたから怪我をしたわけでもない。


弥生は立ち上がり、「ありがとうございました。」と言った。


顔をあげると、また宮沢賢治さんの詩が目に入った。


「雨ニモ負ケズ

風ニモ負ケズ」


この人はきっと私に似ている。

私たちはいつでも頑張っている。

弥生ちゃんは一瞬、宮沢賢治さんのことを仲間のように感じた。

お互い頑張ろう、宮沢賢治さん。


保健室の外では田中くんが待っていた。


田中くんが

「えっと、大丈夫?」

と言ってきたので、

「うん、痛いけど・・・」

と答えた。


「何か急いでたの?」

と言われたので、

「ううん。」

と言って笑った。


外に出ると、相変わらず雨は降っていたが、さっきよりも弱まっているように感じた。

傘をさして2人で並んで歩く。

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