第16話

「掃除どれにする?」と田中くんが言うと、「廊下やろーぜ。」と坂口くんが言い、2人で箒を取った。


田中くんと坂口くんは仲良しだ。


掃除の仕方はこうである。

まず、廊下担当の箒の人と、教室担当の箒の人が床を掃除する。

次に、教室の床を雑巾で前から丁寧に拭いていく。

後ろに下げてある机を一列ずつ前に運ぶ。

その都度箒と雑巾で床を掃除する。

机の上に上げてある椅子を下ろし、机の上をきれいな雑巾で拭く。

黒板担当の人は黒板を黒板消しできれいにする。


弥生ちゃんは、なんとなく箒を取った。

教室の箒掃除は、黒板消しなどの人気な仕事に比べて、やりたがる人は少ない。

しかし、弥生ちゃんは教室の箒掃除が好きだった。

ごみを勢いよく机の下に入れていく作業は快感を覚える。


廊下からは田中くんと坂口くんの声が聞こえてくる。


「ケロッケロッケロッいざすす~め~

地球侵略せーよ♪」


ケロリン星人の主題歌「ケロッとマーチ」だ。


ケロリン星人はアニメで、実は弥生の大好きなアニメだ。

できれば誰かとケロリン星人の話をしたいと思っていたが、幸ちゃんや真由ちゃんは見ていないので話せない。

弥生ちゃんは田中くんたちがケロリン星人の話題で盛り上がっているのをいつも聞いている。

心の中で「そうそう!」「それはタママじゃなくてギロロでしょ!」などと相槌を打っているのだった。


この主題歌も、二番まで丸々歌えるくらい知っている。

本当は田中くんたちと一緒に「ケケロケロ~」と歌いたかったが、できないのだった。

あ~、私も「なに話してんの~」と明るく話しかけられるくらいのコミュニケーション能力が欲しい。

そう何度思ったことか。


弥生ちゃんは黙ったま、無心でごみを机の下に入れていた。


ザーザーと強い雨の音が聞こえてくる。

先ほどに比べて、勢いが増しているのではないだろうか。


弥生ちゃんは掃除をしながら窓辺に近づいていった。外を見た。

外の景色はいつもよりも霞んでいて暗い。


まだ夕方の4時なのに、と弥生ちゃんは思った。


グラウンドには大きな水溜りができている。

もちろん、グラウンドには誰もいない。


担任の男の先生が教室に入ってきた。


「村田さんと坂口くんのお母さまから今電話がかかってきて。迎えに来てくれるそうだよ。」

と言った。


村田さんと坂口くんは、真面目な面持ちで、はい!と返事をした。


こういう時、家族が迎えに来てくれる子は幸せだ。


他の子どもたちは雨の中、歩いたりバスに乗ったりして帰らなくてはならない。

そんな中車ですぐに帰れるというのはさぞかし気持ちの良いものだろう。

しかし、そんな人たちは一握り。

選ばれしラッキーガールとラッキーボーイなのだ。


弥生ちゃんは、私の家も誰か迎えに来てくれたらいいのに、と思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る