第2話

弥生ちゃんは塾に着いた。

いつものように教室に入る。

始めのころは教室に入るだけで緊張していたが、すぐに慣れた。

みんなクラスメイトにあまり興味がない。

誰かが教室に入ってきても、あまり気にしない。

自分の勉強に集中しているからだ。

友達と話したい人は話したらいいし、一人でいたい人は誰とも話さなくても良い。

授業時間以外は自由だ。

そんな空間は弥生ちゃんにとっては心地よかった。

学校よりも大人な場所のように感じていた。

学校では友達が教室に入ってくると、おはよう!と話しかけなければいけない。

「みんなと仲良くしなければいけない」

そんな目に見えないルールが存在しているみたいだ。

学校にいると、息苦しく感じる時がある。

その点、塾は楽だ。と弥生ちゃんは思う。


授業開始時間になり、先生が入ってきた。

40代か50代くらいだろう。

もしかすると、もっと若いかもしれないが、小学生の弥生にとっては老けたおじさんに見えていた。

算数の先生は面白いから好きだ、と思う。


算数の授業がはじまった。

受験勉強用の算数なので、学校でやってる内容よりも難しい。

先生が時計を見る。

授業が一区切りついた合図だ。

「そういえば、みんな、知ってるー?」

と先生がニヤリと笑った。

「先生の嫁の長澤まさみがCMに出てましたね。」

先生は長澤まさみの大ファンなのだった。

クスクスと前のほうの席から笑い声がきこえてきた。

先生は笑い声をきいてさらに、ニヤニヤしながら続ける。

「せかちゅうの頃の長澤まさみかわいかったなー。世界の中心で愛を叫ぶ、っていう映画があったんだよ。みんなは知らないかな。あ、知ってる人いる?そうそう。」

授業がまた始まって、先生が前の人にプリントを配る。

弥生は、8列ある中の生徒側から見て一番左の列の席だ。

8番目まで席があるが、弥生が座っているのは、前から、6番目。

前の席の辻くんがプリントを回してきた。

辻くんとは一度も喋ったことがない。

いつもプリントを渡すときに、律儀に「はい。」という。

ほとんどの生徒は黙ってプリントを回しているので、珍しい、と弥生は思った。

良いな、と思い弥生も後ろの席の人にプリントを渡すときに真似をしたことがあるが、後ろの人は黙ったままなので気まずくなったように感じた。

辻くんは、小学生男子にしては珍しく、紳士な男の子のイメージがある。

プリントの件もあるし、私服の件もある。

辻くんはいつも私服で塾にきている。

一度家に帰ってから着替えてくるのだろう。

ポロラルフローレンのチェックのシャツ。

これが辻くんの私服スタイルだった。

たまに、ネイビーのニットを重ね着している。下は大体黒か、紺色のズボンを履いている。

どんな服を着ていても、胸元の左側にポロラルフローレンのロゴが入っているのが辻くんの特徴だった。-馬に乗った騎士-

こういう服を着てるから、辻くんは小学生なのに大人みたいに見えるんだ、と弥生はあとから気づいた。


授業が終わる。

遅くなるのでお母さんが車で迎えに来てくれる。

「なんだかなー。」

と弥生ちゃんは思う。

何か変わったことおきないかな。

面白いこと。

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