第28話 キスしてください
最後にこのヤリ部屋に入ったのは一か月ほど前。
本当にヤリ部屋として使われているのか怪しいくらい何も変わっていない。
こんな空き教室でヤるやつらは絶対に掃除とかしないという偏見を持っているので、ここまで何も変化がないということは本当はヤリ部屋じゃないのかもしれない。
それでも先生の目が届かない教室というのは独特の雰囲気があって、ヤリ部屋だと言われたら信じてしまう自分もいる。
「久しぶりだね。ここに来るね」
「うん。まさか僕がボランティア部に入るなんて思わなかった」
「ふふ。わたしも。土下座されるなんて思わなかったよ」
今こうして同じ部活に所属して笑って話せているのが本当に奇跡だと思う。
普通、ヤラせてくれなんて頼んだら他の女子にも噂が広まってクラスどころか学校から白い目で見られて高校生活が終わる。
相手が
僕がこんなに女子と話せるきっかけを作ったのは悪ノリとはい川瀬だ。
「不思議だよね。この教室だけずっと鍵が開いてるの」
「先生も鍵を失くしてたりして」
「そうかも。どのみち改装してドアも変わるもんね」
談笑しながら
「ねえ、
「ん?」
「もしもわたしが土下座でお願いしたら、何でも叶えてくれる?」
「何でもは難しいかな。全財産くれって言われても困っちゃう」
「そんな難しいことはお願いしないよ。それに道玄坂くんの全財産っていくら?」
「え、えーっと……今は二万円くらいかな」
「ふふ。それじゃあわたしがカツアゲしたみたいじゃない」
「それで
「机くらいならわたしだって運べるよ。中身は空だからなおさら」
言いながら
「ははは……
「そんなことない!」
「え?」
持ち上げていた机を置いて彼女は僕をじっと見つめる。
他の女子なら恥ずかしさと緊張ですぐに視線を逸らしてしまうけど、
「道玄坂くんって、教室に落ちてるごみをごみ箱に入れるでしょ」
「あー、うん。言われてみれば。あんまり意識したことないけど」
「うん。それがね、なんか良いなって思ったの。自然に人のために何かできるって、わたしとは違うなって」
「いやいや! 僕はたまたまごみ拾いしただけで、毎日やってる
いつもヘタレヘタレと僕を小バカにする
押しに弱そうという理由があるにしても、みんなに頼りにされる
最近では
「そういうのじゃないの。わたしが言うのも変だけど、道玄坂くんはもっと胸を張っていいと思うの。土下座して地面を見るだけじゃなくて、まっすぐに」
「あはは。それはハードルが高そうかな」
「それならさ、わたしが土下座してお願いする」
むっちりとした太ももがさらに強調される。
「ま、待って! これはどういう」
「あの時の仕返しだよ。道玄坂くんが急に正座した時、わたしすっごく驚いたんだから」
たしかに突然こんな態勢になられるとどう対応していいか困る。
傍から見たら僕が
やっぱり土下座するなら誰もいない第一校舎だと改めて実感する。
「土下座するとさ、相手の顔が見えなくなるよね。だから、わたしでも言える気がするんだ」
「いやいやいや!
「……
途中まで言い掛けて
ちょっとムスっとした表情で上目遣いをする姿はお預けをくらった犬みたいで可愛らしい。
「いくよ。道玄坂くん。ちゃんと聞いててね」
ごくりと唾を飲んで頷いた。
「恥ずかしいから一回しか言わないから」
「う、うん」
床に手を着きゆっくりと頭を下げる。同時におさげも重力に従った。
勝手に自分よりも上位の存在と思っている
このシチュエーションが妙に僕の心をくすぐった。
「キス……してください」
「ほえ?」
「……一回しか言わないっていったじゃん」
「えーっと」
雑踏に紛れたわけでも小声で言ったわけでもない。
僕の耳がおかしくなっていなければ間違いなく
そういうお願いである。
「まずは顔を上げて話をしようか」
「恥ずかしくて無理! 土下座って便利だね。頭を下げ続けても違和感ないもん」
「僕だって恥ずかしいよ!」
鏡はないけど自分の顔が真っ赤に燃えているのがわかる。
「よし。わかった。
会話というのは同じ土俵に立たねばならない。
僕も
「僕が自分に自信を持てるようになったらキスしてください! 今は無理です」
女の子にキスを求められるという絶好のチャンスを僕は自ら土下座して棒に振った。
だってキスってどういう風にしたらいいかわからないんだもん。
舌は……舌はどうすればいいの?
一回検索する時間を与えてほしい。リアル女子とのキスは自分と無縁だと考えてたから予備知識が全くない。参考意見をくれる友達も周りにいないしな!
「わわわ、わかりました。その時はお願いします」
なぜか敬語で返されてしまった。
頭を上げたいけど、
チラリとだけ視線を上げると彼女も頭を下げ続けていた。
こうなると何かきっかけがない限り硬直状態が続く。
ただ、僕にはその一手が思い浮かばず土下座を続けることしかできない。
「ねえ
「なに?」
「いっせーのでお互いに頭を上げない?」
「いいよ。ズルはなしね」
「
「だって道玄坂くんヘタレだし」
「言ったな。僕が自信を持ったら
「……いいよ」
「……っ!」
不意打ちに胸の鼓動が高鳴る。
「あのさ、
「それがわからないから道玄坂くんはヘタレ。まだキスはダメ」
「あ、はい」
残念がる自分と、ちょっと安心した自分がいて、それが僕のヘタレたる所以だと思った。
たぶん
「とりあえず今は頭を上げよう。蛍光灯を交換しなきゃだし」
「そうだね。合図はわたしがするから。いくよ。せーのっ!」
僕が思い浮かべていた合図と少し違う掛け声だったので反応が少し遅れてしまった。顔を上げるとそこには笑顔の
「やっぱり
「違うって。
「はいはい。言い訳はあとで聞いてあげるから。わたしじゃ届かないから
「うん。任せて」
二人で運ぶとめちゃくちゃ軽い。
そんな風に考えると、ひんやりとした床に冷やされた頭がほんの少し熱くなった。
土下座して頼んだらヤラせてくれた くにすらのに @knsrnn
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