第18話 練習の成果
自分の白くてヒョロい体と水泳部のみなさんの鍛えられた体を比べると情けなくなってくる。
一人で男子更衣室で着替えているとだんだん冷静さを取り戻してきて、自分のした行為がとんでもないことだったと実感し始めていた。いくら
「ごほん。いろいろあったけど今年はボランティア部が手伝ってくれることになった。
「はい!」
「あ、はい」
元気よく田野さんに対して僕はコミュ障丸出しの返事をしてしまった。だって顔を赤くして体をもじもじさせて、しかも急に名前で呼ばれたら驚くだろ?
まるで男子を外敵のように扱っていた人と同一人物とは思えない変貌ぶりだ。無理して誠意を見せたかいはあったらしい。
「
「そうです。絶対この男よりあたし達の方が力もあります」
「私は
態度が一変した
もし彼女達の手元にスマホがあったら即通報されてもおかしくない。そんな空気が屋上を包み込んでいた。
「みんな安心して。
「「「それはダメです!!」」」
水泳部員の気持ちが一つになった。ちょいちょい自己主張が強い変態発言をしていた子の声も重なっていたので、よほど
「平気で足を舐めるような男ですよ。次は別の所を舐めさせろと迫ってくるかもしれません」
「逆にひん剥いてあたしらの力を見せつけてやりましょう!」
「私も舐めたいです」
次々と反対の声と欲望の声が上がる。たしかにこんな雰囲気じゃいくら陽キャ男子でもいたたまれないだろうな。僕みたいな底辺クズでも毎日罵られたら精神的にくるものがある。
「あの、ちょっといいですか?」
ヒートアップする水泳部のみなさんを恐る恐る制止したのは田野さんだった。マスコット的な助っ人である田野さんの声を彼女達はちゃんと耳を貸す。
「
田野さんの擁護を聞いた水泳部のみなさんは僕をまじまじと見つめる。たぶんヘタレなのは外見で判断されてるだろうし、土下座が得意と言われても信用に値しない。むしろ簡単に頭を下げる男だと思われていそうだ。
「それに
「た、田野さん!?」
水泳部のみなさんがざわつく。プール掃除の練習と言われてもピンとこないだろうし、それが変な気を起こさないことが結び付かないと思う。ただただ頭の中に憶測が生まれるだけだ。
「
「二人で水着になって、うちのお風呂を掃除してもらいました」
「んな!? 地味で奥手そうに見えてそんな大胆なことを?」
「この水着も
「そんなことない。
「
「あたしらも足を舐めますからどうか目を覚ましてください」
「
彼女達の中ですっかり僕の評価が変わりヤリチンになってしまった。童貞なのにヤリチン扱いという地獄みたいな展開だ。それに、ここにいる女子はみんな可愛いのに処女っぽい? なんか意外だ。川瀬に話したら信じてもらえるだろうか。
「
「まあ、そこまで言うなら」
「待って! この子と二人きりにするのも危ない」
「なら、逆にみんなで囲んじゃおっか?」
「それいいかも。もし変なことしたらあたしらでボコっちゃお」
彼女達の笑顔が悪いものに変わる。これが二次元の世界ならめちゃくちゃおいしい展開だ。僕の粗末な息子では到底持ち堪えられない。
「それじゃあ!」
「いいよ。プール掃除に参加させてあげる。その代わりこき使ってやるからな」
「あたしらの方が強いってわからせてやろうよ」
「「「さんせー!!」」」
たださえ恐い陽キャが群れを成すとどうにもならないことを示す良い例だ。
こんなテンションになると僕なんかが何を言っても耳を傾けてすらくれない。僕は水泳部監視の
「よかった。これなら水泳部のみんなに
「そうだね……僕は過労死するかもしれないけど」
「ふふ。大丈夫だよ。練習の成果ちゃんと見せてね?」
「うん。善処するよ」
練習と言っても僕はピカピカの浴槽をスポンジで磨いただけ。あとは田野さんのおっぱいに押し潰されて逃げるように帰宅した。あれ? 練習の成果って何を見せればいいんだ?
「よし! それなら
「ええ! ズルい」
「一年生もレクチャーしてほしいです」
「手取り足取りレクチャー……ぐぬぬ」
「ええい! こうなったら」
「わっ!」
「ひゃっ!」
「なんとなく逃げたけど逃げ道がない!」
「おおおおお落ち着いてください」
時折王子様みたいな一面を見せる
女の子と手を繋ぐのはこれで二度目で、田野さんとは違うギャップの柔らかさに僕の脳みそはとろけかけていた。
「ほら、まずはブラシを持って」
フェンスに立てかけられていたブラシを強引に握らされ、もはや既成事実を作られたような状態になってしまった。限られた掃除道具を僕らが持ってしまった以上、僕らが掃除に取り掛かるしかない。
「どうする? ハシゴは使う?」
「僕は平気です。田野さんは」
「わたしも。一回座ってからなら降りられます」
「さすが
「どうも……」
田野さんにはイケメン王子風に、僕にはツンデレが垣間見せるデレで対応するという器用さを披露する
足を舐めてからこの人の様子がおかしくて、最初の印象とは違う意味で恐怖を覚えている。
「ブラシを使う時はこう、脇を……」
「ふえっ!?」
「あの……
「んふ?」
「僕はもう平気なのでブラシを掛けます。端からやっていけばいいですか?」
「みんなが監視したいみたいだから中央の排水溝をやってもらおうかな。
ダメだ。胸が当たってますって言えなかった。指摘したら何をされるかわからないし、放置しておけばこの幸せがまだ続くという誘惑に勝てなかった!
まさか顔だけじゃなくて背中でもおっぱいと触れ合えるなんて。とてもラッキーなことだけど運を使い果たして童貞を捨てるチャンスは消えてしまったんじゃないか?
「さすが
「そ、そうかな。ははは。あの……
田野さんの表情は笑っているのに視線が恐い。ちゃんと掃除しろという圧力を笑顔の向こう側から感じる。練習の成果が出てるっていうのは風呂掃除ではなく、そのあとの出来事に掛かっているに違いない。
二度目のおっぱいだから耐えられた。初めてだったら逃げ出していた。だからこれは田野さんのお陰だ。それなのになんでちょっと怒ってるんですか?
僕はブラシ掛けをヤル気に溢れているのに
「あの男……
「
「くそっ! 私の股間にブラシ(意味深)が生えていれば……!」
僕、田野さん、
もしかして、このままだとちゃんと掃除したことにならなくてボランティア部に入れないのでは?
結局、
「田野さんごめん!」
一足先にお
「なんで謝るの? 練習の成果(笑)ちゃんと出てたと思うよ」
正直、怒鳴られたり泣かれたりする方が楽だった。聖女の笑みの向こう側にドス黒い怒りの炎が見えてこっちが泣きたくなった。
「ほんと、人のせいにしたらダメなんだけど
「うんうん。わかってるよ。
「それについては本当に感謝しています」
「
「……申し訳ない」
「ごめんね。わたし、先に帰るから。もし入部できたら、その時はまたよろしく」
僕は正座したまま田野さんの背中を見送った。もっと強気に
田野さんが勇気を出してあんな大胆な練習をしてくれたのにそれに応えられなかった。ただただ自分が情けなくて腹が立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。