第4話 ヤリました

「と、いうことがあったんだよ」


「は? リア充は滅びろ」


 暑苦しい鬼の形相でそう返したのは僕の数少ない友達である川瀬かわせだ。

 こいつとの勝負に負けて僕は田野たのさんに土下座をするはめになった。


「ごみ拾いなんて露骨なウソは通じませんぞ。わいは美咲みさきちゃんのとろけるような甘いお誘いボイスに臨戦態勢になっていたというのに」


川瀬かわせよ。ここが教室だということを忘れていないか?」


 ここは例のヤリ部屋ではなく授業を受ける普通の教室だ。当然、田野たのさんや他のクラスメイトだっている。陽キャが下品な話をたまにしているのは耳に入るけど、あの辺は見た目の良さでカバーされているから問題にならないらしい。

 反対に僕らみたいな人間は発言の一つ一つに気を配らなければ訴えられてもおかしくはない。特に川瀬かわせは一目見た瞬間にオタクとわかる怪しさなので注意が必要だ。


「安心しろ。誰もわいらの話に興味などない」


「まあ……な」


 僕は存在感が薄いし、川瀬かわせはあまり関わらない方がいいみたいな風潮がある。オタクだけのコミュニティならめちゃくちゃ盛り上げ役に適しているこいつも、一般社会の中では異端児と評する他ない。


「で、話を戻すがおぬしらは体をまじえたのであろう?」


「気持ち悪い言い方をやめろ」


「ほほー! 交えたことは否定しない」


「はぁ……ツッコミどころが多すぎるだけだ」


 出会った時からの独特な口調も相まって川瀬かわせのテンションには時折ついていけない。半ば諦めるように溜息を付いた。

「ではなぜ通信を遮断したのか。わいは例え音声のみであろうとも生々しいリアルな性交を覗き見れると信じていたのに……」


「だからだよ! 僕も途中までそういう展開になると信じてたんだよ」


「おぬしも同じではないか。あの会話を聞けば万人が性交に発展すると考えますぞ」


 ふんっ! と鼻息を鳴らして川瀬かわせは興奮気味に主張する。僕が当事者でなければ川瀬かわせの意見には全面的に賛成だ。でも、その当事者は僕であり僕は本当に田野たのさんとごみ拾いをしただけなんから否定するしかない。


 僕は念のため声を潜めて川瀬かわせに耳打ちする。さすがに僕は川瀬かわせほど強固なメンタルを持ち合わせていないし田野たのさんの耳に入れるわけにはいかない。


川瀬かわせの言いたいことはよーーーくわかる。僕だって田野たのさんが実は清楚系ビッチかと思ってしまった。でも、彼女は根っからの聖女だった。これは田野たのさんの名誉のために譲れない」


「ほほう。清楚系ではなく聖女系ビッチだったと? わいも股間に溜まった悪霊を昇天させてもらいたいですな」


「お前は地獄にでも落ちてしまえ!」


 反射的に頭を平手で叩くとまるで漫才のような心地の良い音が教室に響いた。

 僕と川瀬かわせのコンビを意識的に見ないようにしている多くのクラスメイトもさすがに視線がこちらに向いている。


「あは……はははは」


 さっきまでいろいろなグループの談笑が混ざり合っていた教室が静まり返り、僕の乾いた笑いだけがBGMになっていた。

 非常に気まずい。こういう時に陽キャなら流行りのギャグでもやって空気を変えられるのに僕には一切そんなものがない。ただ過ぎ去っていく時間が解決することを祈ることしかできなかった。


「さすが、童貞を捨てた男の一撃は凄まじいですな」


 このまま次の始業を知らせるチャイムが鳴れば何となく終わると思った矢先、川瀬かわせがとんでもないことを言い出した。

 いつもならスルーされるこいつの発言もそのセンシティブな内容にクラスの注目は一気に集まる。


 女子は口を押えて汚物を見るような目で川瀬かわせを見ているがこれはいつものこと。時折チラチラと僕の股間を見ている。

 一方、カースト上位の男子は一斉に僕の元に集まりそれが当然のように肩を組んできた。


「ちょいちょい道玄坂どうげんざかくん。ちょっとこっちで話聞かせてくんね?」


「俺ら仲間じゃん? な?」


「いや、あの、誤解だから……」


「五回!? 初体験どころか中堅じゃん」


 古典期なボケまでかまされ、体格のいい陽キャ達はすぐさま僕を取り囲んだ。振り払おうにも力が足りないし、逃げ場もない。助けてくれる友達もいない。

 問題発言の主である川瀬かわせは陽キャのオーラに圧倒されて気を失っていた。女子と陽キャの前では無力なんだよな……。


川瀬かわせの勘違いで僕はまだd……」


「ねえねえ相手は誰? 俺らにも紹介してくんね?」


 仮に僕がアレをしていたとして、どうしてその相手を名前もよく知らない陽キャにクラスメイトという理由で紹介しなければならないのか。やっぱりこいつらの考え方にはイマイチ賛同しかねる部分が多い。


「ショウちゃん即寝取りとか趣味悪わる


「寝取りじゃなくてシェアだから。な? 兄弟?」


あな兄弟きょうだい肯定派とか引くわー」


「人類みな兄弟って教わらなかったか?」


「ぜってー意味ちげーし」


 など、完全に僕を置いてけぼりにして陽キャ達は下品な会話で盛り上がっている。

 僕と川瀬かわせ田野たのさんを土下座して頼めばヤラせてくれそうなんて言っていたので本当に男子高校生はバカだと痛感した。


「でも彼の彼女なんでしょ? 大人しそうだから絶対頼めばヤラせてくれるって」


「あれじゃん。土下座して頼んだらヤラせてくれそうなキャラランキング」


「タクヤお前オタクかよ」


「でもマジでおもしれーから。選考理由とか真面目に考えてて、読んでたらなるほどなーってなっから」


「ウケる。俺らもリアルで参戦しようぜ」


「それな!」


 川瀬かわせや他のオタク友達としている時の会話はこれ以上にゲスで下品な内容なのに、なぜかこいつらの発言はいちいちかんに障る。

 もし僕がラノベの主人公なら力が覚醒するなり特殊な能力でこいつらを懲らしめているところだ。でも、残念ながら僕は無力。なんなら人前で出さないだけで中身はこいつらと同じクソ野郎だ。


「で、相手は誰? このクラスの子?」


「ショウちゃんそれをここで言わせるとか鬼過ぎ。これから俺らとヤリます宣言になっちゃうじゃん」


「それもそっか。じゃあここは元気な若者だけで」


 タクヤと呼ばれた陽キャには両肩をしっかり掴まれ、ショウちゃんと呼ばれる陽キャは僕の背中を押す。もうすぐチャイムが鳴るはずなのに、体感とは打って変わって時計の針はほとんど進んでいなかった。


 こうなったら自分でどうにかするしかない。どんなにボコボコに殴られて再び童貞のレッテルを貼られようとも田野たのさんだけは守り抜く!

 僕は腹をくくって陽キャ集団と共に教室をあとにする。


「待って!」


「なになに? もしかして田野たのさんがお相手だったり?」


「マジか。まさかそういうことを頼んでも引き受けてくれちゃう感じ?」


 意外な人物からの呼び掛けに陽キャのテンションは更に上がる。少なくとも僕が知る限り、陽キャが用事を押し付けるために田野たのさんに声を掛けることはあっても、田野たのさんが彼らに話し掛けるところは見たことがない。


道玄坂どうげんざかくんとしたのはわたしです」


 彼女の発言に陽キャは湧き上がり、表面上は下品な男子に引いていた女子達も若干浮足立ったように関心を寄せている。それはそうだ。まさかクラスの中でも大人しそうな見た目の田野たのさんが爆弾発言をしたんだから。


「それで、あの……わたしは道玄坂どうげんざかくんとかしかやるつもりはないです」


 田野たのさんの言葉にクラス中がワッと盛り上がる。彼女の言葉が指しているのがごみ拾いなどのボランティア活動だと理解していなければ、そういう風に捉えられてしまうのも仕方がない。


「だってさ。ショウちゃん、それでも田野たのさんに頼み込む?」


「ないわー。こんな一途な愛を邪魔するとかないわー」


「それな。田野たのさん、もし別れて寂しくなったら俺らを頼って。いつでもOKだから」


「うわっ! タクヤこの流れでそれはないわー!」


「寝取りに言われたくねーし」


 結構なゲス発言にも関わらず教室は変な盛り上がりを見せている。つくづく陽キャのこういうところが憎いし羨ましいと思う。僕だって堂々と下ネタを話して女子との会話に混ざりたい。


 なんて自分に染みついた陰キャを恨んで陽キャに憧れている場合じゃない。

 田野たのさんと話さないと!


 だけど田野たのさんは田野たのさんで女子の中心にいた。

 いつから付き合ってたとか、痛くなかったとか、どれくらいのペースでしてるとか、女子の赤裸々な性の質問攻めを受けている。


「僕が割り込んだら話がこじれるよな……」


 ここで田野たのさんの手を引いて教室から連れ出したら主人公っぽいなと思いつつ、僕の体は思いもよらぬ展開にすっかり委縮してしまって力が入らない。

 その原因を生み出した失言野郎こと川瀬かわせはいまだ灰になっている。


 待望だった始業のチャイムが鳴った。

 一応はこの場は収束したものの、授業内容は一切頭に入ってこなかった。

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