第3話 二人で一緒に
「はい。じゃあゴム手」
「ん?」
あまり好ましいとは言えない独特な臭いが鼻に付く。
手にも決して気持ち良いと評しがたいベタベタとしたものが触れている。
そっと目を開けると手にはゴム手袋が乗せられていた。
「サイズが小さかったらごめんね。伸ばして使って」
「あの……
「なあに?」
ピンク色のゴム手袋を装着して振り向く姿は完全にお風呂掃除をするお母さんだ。
なんだか妙な安心感すら覚える。
まさか一部マニアの間で流行っている幼児プレイなのか?
「何を……してるの?」
「何ってごみ拾いだよ。わたし、ボランティア部だから。
まるで聖母のような優しい笑顔でそう言うと
もしかしなくても僕は勘違いをしていた?
「さっき、ゴムって持ってる? って言ってなかった?」
「んー。ゴム手持ってる? とは聞いたかな。普段素手でお掃除してたら持ち歩かないよね」
「じゃあ、ゴムって大事だよねは?」
「ゴム手、大事だよ? こういう草むらって知らない間に切り傷が付いたりするから、ちゃんとゴム手袋で守ってないとバイ菌が入って病気になるかもしれないじゃない?」
「っああああああ!!!」
僕は絶叫しながら膝を着いた。さっき土下座した時よりも盛大に、本気で地に這いつくばった。
思い返せば、いつも一人でしてるって言ってたな。
もし誰かとアレをしてるのならこの発言はおかしいし、だいたい校内の人目が付く場所でそんな行為に及ぶなんて常軌を逸している。
完全に僕の勘違いだった。
清楚系ビッチなんて思ってしまい本当に申し訳ございません。
さすがにこんなワードを本人を前にして口にするわけにはいかず、僕は心の中で叫びながら静かに
「
「うぅ……なんて、なんて温かいお言葉」
年頃の女子高生を勝手に清楚系ビッチだのオタサーの姫だと決めつけて、数少ない友達との悪ノリの結果とはいえ頼んだらヤラせてくれそうという理由で醜い土下座を晒した僕に優しい言葉を掛けてくださった。
「やっぱり一人だと心細いもんね。
「そそそそそうなんだよ。たまに
ヤリ部屋と噂されている教室に呼び出されて、土下座でヤラせてくれと頼まれたた結果、一緒にごみ拾いをやろうなんて考えに至るなんて
「う~ん。やっぱりこの辺は紙パックとか多いな~」
言いながら
僕は気が小さいので公共の場にごみを捨てるなんてできない。
万が一にも誰かに目撃されたらそれをネタにゆすられると考えてしまうくらいだ。
そういうやつに限って自分達は平気でごみを捨ててるんだろうけどな!
「ほんと、なんで平気で捨てるんだろうね。ごみ箱だってちゃんとあるのに」
自動販売機の横はもちろん、購買の入り口や廊下にも何箇所かごみ箱が設置されている。それでも陽キャはそれが当然のようにごみをその辺に捨てていく。まるで飽きたらヤリ捨てるように!
「ポイ捨てする人にとってはごみ箱が遠いのかもね。わたしもポイ捨ての現場に遭遇したことがあるんだけど、恐くて注意できなかった」
「危ないからやめた方がいいよ。ポイ捨てするやつなんて……」
言いかけたところで言葉を詰まらせた。僕だってポイ捨て野郎と同じように
「心配してくれてありがとう。でも安心して。わたしは絶対に注意できないから」
笑いながら
勘違いとは言え、やらせてくれと土下座して懇願したごみ拾いだ。僕も
独特な青臭さにひるみつつ僕は草むらに足を踏み入れた。さっきまでヤル気に満ち溢れていた息子はすっかり落ち着きを……取り戻してはいなかった。
女子と二人きりというシチュエーションに多少なりとも興奮はしている。
こんなにも長い時間、特定の女子と過ごした経験がないので何か話していないと妙に気まずくて落ち着かない。
「
「わたしって鈍臭いから運動部は無理でしょ? 絵とか音楽も得意じゃないし、わたしが活躍できる部活ってボランティアしかないと思ったの」
「部ってことは他にも部員がいるんだよね? 他の部員はごみ拾いしないの?」
「わたしの他には部長しかいなくて存続の危機なんだ。部長はわたしと違って運動神経が良いから他の部の助っ人をしてて」
「あー、そういうのも含めてボランティアなんだ」
話を聞く限りだと
「偉いね
僕は素直に
「高校生なんてまだまだ子供だけど、周りのことをちゃんと気遣えるのがオトナだと思うんだ。だから自分なりにできることをやろうと考えたら、わたしにはこんなことくらいしかできないって思ったの」
そう語る
本人は鈍臭いと自分を卑下していたけど、彼女の笑顔はクラスメイトの誰よりも大人びて見えた。もちろん僕が勘違いしていたのとは全然違う意味でだ。
二十歳を迎えたり性交したらオトナになるわけではないということを思い知らされてしまった。
「それでね
もしここがごみ拾い会場ではなく夕陽の差し込む教室や体育館の裏だったら間違いなく告白されるシチュエーションである。
だから僕の心は自分でも驚くくらい……ざわついていた。
全体的にふんわかしたボディは見るからに柔らかそうで、許されるなら思いきり飛び込んでみたい。さっき反省したはずの我が息子もすっかり調子を取り戻している。
これは告白じゃない。これは告白じゃない。これは告白じゃない。
頭の中で何度も繰り返して自分の心に言い聞かせる。
ちゃんと話したのは今日が初めてだからこそ僕はちゃんと理解している。
僕みたいな陰キャに都合良く恋愛イベントが起こるはずがないことを。
実はずっと前から好きでした展開はあり得ない。もしそうなら例のヤリ部屋で告白されてそのまま身も心も結ばれたはずだ。
でも、もしかしたらワンチャンあるかもしれない。
念のためその可能性を考慮して、童貞臭いリアクションをしないように心構えだけはした。
「
「うん。いいよ…………え?」
うっかり脳内シミュレーションの言葉を口走ってしまい、内容をよく確認せずに了承してしまった。
爽やかな風が二人の間を吹き抜ける。やっぱりごみが落ちていないと風も綺麗だな。うん。
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