第4話 助けるために
チャコをバルオキーの近くまで送ってから、アルドたちは再び合成鬼竜に乗り込む。今度はツィオを助けに行くために。
ツィオを拘束した敵が飛んでいった先には次元の渦があった。渦の先に見えたのはエアポート。つまり未来。
「アルドさん、ツィオさんノ具体的な居場所はさすがに現代からダト感知出来まセンノデ、まず未来に行くことをオススメします」
「ならひとまず未来に行くしかないな」
「そうね」
一行は未来へと向かうことになる。アルドやエイミたちは今後の作戦について話していた。急いではいるものの、さらわれてから少し時間がたっている。無事を確認できるまで気は抜けない状態だ。
そんなアルドたちを片目に見ながら、アットはツィオを思う。一番の相棒で、ライバルでもあるツィオ。頭が良くて、いつもチームの最善を考えてくれるかけがえのない仲間。
未知のものを前にしたとしても、譲れないものがある。渦を抜けた先に何があるのかは全くわからないけれど……。
(絶対に助ける)
合成鬼竜は速度をさらに上げ、青い渦に飛び込んだ。
――
アットは青い光の眩しさに目を細める。
しばらくして眩しさに目が慣れて、視界が開けてきた。目の前に広がったのは、曙光都市エルジオン。一面に広がる空に、浮かぶ大地。
「何だよ、ここ……」
怖い。
頭が真っ白になる。ここはどこだ? 地面があるのに、そのずっと下がある? 下に見えるのは何? 地面……?
予想をはるかに超える情景に恐怖を感じた。村で聞くおとぎ話でも、こんな話は聞いたことがない。先ほど覚悟を決めたばかりだというのに。そう思うのに、体はひどく震えた。
「エアポート上空に出たわね。リィカ、未来にやってきたわけだけど、詳しい場所はわかる?」
「お待ちくだサイ……。処理完了。ツィオさんを連れて行った魔物の反応は、最果ての島からあるようデス!」
「よし、じゃあ最果ての島に急ぐか! 合成鬼竜に頼まないと」
アルドたちが先へ進もうとした時だった。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
引き留めたのはアット。
「兄ちゃんたち、なんで平気なの!? ここ、どこだよ! う、うう、浮いてるじゃんか! なんで平然と、してるんだよ……」
アットの足は震えていた。表情は泣きそうで、普段の生活からかけ離れた未来の様子にただ困惑している。
強くて、仲間思いで、今は少し自信を無くしているけれど、いつでも真っ直ぐな目をした男の子、アット。彼はまだ、ただの子供だった。
アルドはそんなアットの様子を見て、初めて未来へと飛んだ時の事を思い出す。フィーネを助けるため、魔獣から逃れるため、一か八かで飛び込んだ時空の穴。驚きながらも進む中で、リィカと出会って、エイミと出会って。合成人間たちと戦って、失われた時を取り戻す旅へと出て。思えば、とても遠くまで来てしまっていた。目の前にはおびえた目をする少年。不安でも前に進むしかなかったあの頃を思い出す。
でも今目の前にいる少年はあの時の俺とは違うのだ。彼には俺たちがいる。俺たちが、彼を奮い立たせるんだ。先ほど彼を励ました時のように声をかけたいところだが、上手い言葉は見当たらない。あったとしてもきっとこの恐怖は、言葉で和らぐものじゃない。だから。
「行こう」
アルドは少年に、ただ手を差し伸べた。
かける言葉はなくても、一人じゃないと伝わるように。
しばらく震えていたものの、少年は小さく頷き、手を取り、未知なる時代での一歩を踏み出したのだった。
甲板の端に行き、下を見下ろす。
「本当に、全くわからないけどさ。隣に英雄がいて、その仲間もいて。今から自分の仲間を助けに行くのに、しゃっきりしないとな。なんて」
まだ震えているけれど、しっかりと立ち、アットは前を見据えた。
合成鬼竜に乗せてもらって、最果ての島へと向かう。風を切って空を進む感覚、浮遊感、スピード、そのどれもが今日初めて体感したもの。
「……これが、未来。俺たちがいるずっと先の世界。地面が地面じゃなくて。リィカみたいなのがいっぱいいて」
合成鬼竜の艦内にはたくさんの合成人間がいるし、主砲台もしゃべるし、合成鬼竜本体も話す。もう訳が分からない。けれど、進むしかない。
合成鬼竜に降ろしてもらって、最果ての島を歩く。上から見ていたから、島にある砂浜の、その先の海が有限だと知っている。自分たちの知っている海とは違うのだと嫌でも感じさせられた。
アットは皆に笑ってみせたが、表情はまだ硬かった。少年なりのプライドと仲間を助けたいという思いだけが彼の足を前に進めた。
最果ての島のはずれ、リィカが反応がつよくなっていると言った方へ進んでいく。すると視線の先に見えたのは初めにアットたちが対峙したあの未知の魔物。そして魔物と言い争うツィオの姿だった。
「だから言っているだろう、こちらの味方に付くというなら、他のものの命は助けてやらんこともない、と」
「全く魅力を感じないね。僕はアットと共にチームを組んだ。裏切ることなんて絶対にしないよ。他のメンバーだって、きっと大丈夫だと僕は信じてるさ」
「残念だよ。君を味方につけ育てることでできる作戦もあったというのに。……仕方ない、脅威になり得る芽はやはり摘んでおくことにしよう」
魔物はツィオに敵対する態度をとる。そこに駆けつけたのはアルドたち。
「ツィオ!」
アットが呼びかける。
「アット! 来てくれたのか! こんなところ、よくわかったね」
「リィカ姉ちゃんが探してくれたんだ! 今助けるから!」
「まさかここにまでたどり着くとは。闇に仇なす傍に立つ者がいては仕方ない。排除するまでだ」
そういうと魔物はまがまがしい靄に包まれ、なんとファントムへと変化した。
「ファントムだったのか!」
「アルドの目の届かぬうちに新しい芽になり得る存在を消しておくつもりだったが、仕方ない。ここで全員潰してしまえばよいというもの!」
そういうと襲い掛かってくる。ファントムと対峙するのは何度目だったか。いつもと違うのは、周囲に固そうな装甲があり、攻撃が通るかどうかがわからない。
「来るぞ! 皆! 構えて!」
アルドは剣をぐっと構えなおした。
ファントムが使うのは魔法攻撃。炎魔法が飛んでくるので、アルドやアット、サイラスがその間を縫いながら飛び込み切る。追い打ちをかけるようにエイミが拳を入れる。装甲を砕くのに有効なのは打攻撃。リィカがファントムを叩く。
これを繰り返すこと数回。徐々に装甲にはひびがはいっていき、ついに壊れる。
「よし!」
アルドが声をあげる。
「ふむ、防御が突破されたか。しかしまだまだこれからよ」
ファントムは特に気にした様子もなく、むしろ、力をため始めている。
「力をため始めたでござる! あの力が爆発するとまずいでござるよ!」
「くそ……! 急ぐぞ! 皆!」
「アルド兄ちゃん! 俺合図するから! そのタイミングで今できる一番強い攻撃をお願い!」
アットがアルドたちに叫ぶ。考えた作戦は一か八かだったが、この様子だと力の爆発に間に合わないかもしれない。
「わかった! 時間を稼げばいいんだな!」
アルドは何をするのか聞いてもいないのに、アットに同意する。
「よし、そのうちに力をためる!」
ミグタムズの必殺技はアットの特殊な剣によって成り立っている。事前にチャコのバフがかけてあり、力をためることで仕組みが発動する。よっていつもタイミングはアットの掛け声で決まるのだ。メンバーが違うため、普段とは大きくちがうものになる上に、タイミングを計るのは難しいだろう。でもやるしかない。
しばらくして剣に力が溜まる。
「よし、あとはタイミング……」
慎重に、慎重にアットはアルドたちの戦いを見つめてタイミングを狙う。切って殴って切って叩いて、炎を避けてもう一度。
アルドの攻撃で、ファントムが、ひるんだ!
「アルド兄ちゃんたち! いまだ!」
いつもであれば自分が斬るが、少し変えて、力をためた剣のバフをアルドたちに送る。
「行くぞ!アナザーフォースだ!」
アナザーフォースは時間を止めて相手に攻撃を当てる技。最後にアルドが腰につけた剣、オーガベインでファントムを両断する!
「ぐ、ぐああ!」
ファントムは叫ぶ。勝ったのだ。
「……く、我らの計画は失敗したか。しかし特に大きな問題はない。真の目的を達成するための準備のようなものだったからな。それに、見た所未来に来ただけでおびえているとは。いくら力を秘めているとはいえ、将来的にも大した脅威にはならんだろう。わざわざ摘むほどの芽ではなかったようだ」
そういうとファントムは消えていった。長く続いた戦闘が終わった。
ツィオがアルドたちのもとに駆け寄ってくる。
「ツィオ! 無事だったか! よかった……」
「何とかね。ありがとう、アット。兄さんたちも。僕はミグタムズの中でもあまり強くない。あの魔獣、ファントムと対峙してた時は隙を見せないようにってできるだけ話を長引かせるようにふるまってたつもりだけど、とても、心細かったんだ。今もちょっと震えが止まらないよ。ほんとに、みんながいないと、だめだね」
「こちらこそ、ごめんな、頼りないリーダーで。あのとき、俺がしっかり指示を出せていたらよかったのに」
アルドたちはそんな様子を見て声をかける。
「無事でよかったよツィオ。みんなでバルオキーに帰ろう」
「ネルとチャコは先に戻ってるわ。 きっと心配してるだろうから、早く帰って安心させてあげないと」
「そっか、みんな無事だったんだね。よかった」
ツィオはとても安心したようだ。
村に帰るため、再び一行は合成鬼竜に乗り込む。アットは二度目になるが、浮遊感とかぜをきるかんかくには慣れない。というかいつまでも慣れることはなさそうだ。
ツィオは軽く白目をむいている。
「いやほんとに、早く家の布団に帰って寝たい所かな。さっきから地面に立ってる感じがしなくてふわふわするんだよ……」
ツィオは苦笑いした。
やっと安心できた一行は揃って笑顔でバルオキーへと帰るのだった。
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