第3話 少年の不安
ネルと別れて、合成鬼竜に乗せてもらいルチャナ砂漠についた一行。チャコの姿をさがしていたら、ふとアットが立ち止まった。
「どうしたんだ? アット」
チャコたちの安全が確認されていない以上、先を急ぐべきであるとはわかっている。しかし初めて見る合成鬼竜に乗っても反応がなくずっと下を向いていた、どう見ても様子のおかしいアットが心配になり、アルドは声をかけた。
「俺の、せいなんだ。気を抜けない戦いだってわかっていたのに、どうしても気持ちが付いてこなくって。だからみんなが……」
暗い顔でずっと独り言を続けるアット。いまにも泣き出してしまいそうな彼はいつもとは別人の様だった。
どうやら先ほどの戦いを思い出して、彼はずっと後悔しているらしい。起きてしまったことは仕方がないはずだが、どうにも割り切れないようすだ。
すっかり気落ちしているアット。先ほどは先を急いだほうが良いと考えたが、やはりこのまま進むのはよくないと判断したアルドは、さらに尋ねる。
「さっきの戦い、俺たちが見てない間に、何かあったのか? ミグタムズのみんなは精一杯戦ってたじゃないか。まだ経験も少ないし、あの敵が予想外の動きをした。精いっぱい戦ったうえで起きてしまったことだから仕方ないんじゃないか……?」
もし今回の件で責任があるとすればアットではなく自分たちだ。村長から任されていたにもかかわらず、子供たちを必要以上の危険にさらしてしまっている。
しかしアットは納得できないようで首を振り、続ける。
「ううん、それだけじゃないんだよ。……俺、ずっと悩んでたんだ。俺は、俺たちの中でリーダーって呼ばれているけれど、ほんとはツィオの方がリーダーに向いてるんじゃないかって。だって、俺たちがけんかしてもいつも収めてくれるのはツィオだし、何かを決める時もいつもツィオの言うことは正しい。それに比べて俺は……。セレナ海岸での戦いだって、敵の言葉に俺が揺さぶられてしまったから。俺たちに隙ができてしまってた。ツィオが言った通り、さっさと防戦に切り替えて兄ちゃんたちを待つべきだったんだ。そしたらこんなことにはなってなかったかもしれない!」
アットは苦しそうに声を漏らす。ずっとため込んでいたことを一気に吐き出したようだ。
そういえばあの魔物は、しきりにアットたちに何かを語りかけていた様に見えた。魔物がアットの悩みに気付いていたとは思えないが、結果としてアットの心を大きく揺さぶってしまったのだ。
しかしアルドたちが戦っている間、アットたちが対峙していたのは隙があってもなくても、苦戦するような強そうな相手だった。仲間がいて常にみんなを引っ張る明るい彼が普段見せることのない悩み。1番の相棒であるツィオへの憧れ、尊敬、嫉妬。子供の彼には1人で処理しきることができない強い感情。苦しそうな顔をするアットにかける言葉がうまく見つからないアルド。そこで声を発したのはエイミだった。
「仕方ないわアット。今いくら後悔しても、やってしまったことは戻らない。大事なのはこれからよ。もし後悔するのなら、みんなを助け切った後にしましょう。大切な仲間を絶対大事にして。私だって……シルディ……。ううん、何でもない。絶対にみんなを助けましょう、ね? 」
優しい顔をしてアットに語り掛けるエイミ。なかなか上手く付き合えない幼馴染みが一瞬頭に浮かんで少し寂しくなる。でもエイミは今はチャコたちの事が心配だとかぶりを振って気を取り直す。
「それに、アットの悩みだけど、リーダーでも、リーダーっぽくない人もいる。リーダーって、向いている人でもならない人だっているわ。誰をリーダーにしたいと思うかなんて、そのグループの人にしかわからない。ミグタムズはどうやってリーダーを決めたの?」
「みんなで一斉に誰がいいかって指さして、だったけど」
「なら、皆アットにリーダーをやってほしいと思ったってことでしょ? ツィオがリーダーに向いていたとしても、そうはならなかった。自信が持てなくても、仲間に認めてもらったんだって、胸を張っていいんじゃないかしら。だって見てごらんなさいアルドを! そりゃ、やるときはやるし、かっこいいところもあるけど、とんでもないお人好しでいっつも厄介ごとに首を突っ込んでる。普段だって朝寝坊してはフィーネに怒られて。猫舌だから折角の熱い料理もぬるくなるまでおいておく。それにいろんな仲間がいるけどみんな言うわ、アルドはすーっごい鈍感だ! って!」
「エイミ。どういうことだよ……」
エイミが続けたのはアルドにとってはあまりうれしくない話だったが、暗くなっていた一行の雰囲気が少しばかり軽くなる。サイラスは同意の意を示すように頷いた。
そういえばよく鈍感だと言われるが、アルドは一体何のことなのかいつもわからない。
「少し同情するでござるよアルド……。しかし確かに、猫舌でも鈍感でも、アルドの周りには多くの仲間が集まっている。人を引き付けるような才能、というようなものというか。これは能力として測れないその人の魅力であるぞ。アット殿にもそういった魅力があったからこそ、ミグタムズの皆はリーダーに選んだのではないか?」
「ハイ! 皆に望まれて、ソレを引き受けてリーダーになったアットさんは、すごいデス! ノデ!」
サイラスもリィカも続けてアットを励ます。
「そう、なのかな……?」
励まされたアットは少し顔をあげる。先ほどよりも幾分か顔色がよく見えた。
「あぁ。すごいよ、アットは。だから大丈夫だ。不安なら仲間を助けきってから、みんなで話し合いをしたらいいさ」
アルドにも不安に思うことはある。そんな時はそばにいる仲間に相談する。信頼する仲間に。頼りになる仲間に。
「そのためにはまずみんなを助けるところからでござるな」
からからとサイラスは大げさに笑って励ます。
「うん、そう、だね。そうだよね。俺、もし無事にみんなでバルオキーに帰れたら、もっとみんなと話してみるよ」
「そうするといいわ。強くなるのも大事だけど、急ぎすぎないで。絶対みんなで帰るんだから」
大人たちから励まされるうちにだんだんと表情がましになってくる。
心配なのは変わらないけれど、ウジウジしてる間に大事な仲間を失ってしまうわけにはいかない。ずっと明るくしてなくちゃと思ってた。リーダーだから、みんなを引っ張らないとって。でも抱えていた悩みを、仲間に相談してみたいと思った。
大きく頷き気持ちを切り替えたアットの目には先ほどのような迷いは見られなくなっていた。
アットが覚悟を決めて少し経つと、魔物がチャコを連れて現れた。
「来ることは予想済みだったぞ小僧。闇に仇なす傍に立つ者もつれてくるとは少し予想外ではあるが、問題あるまい。常に戦力は多めを見積もるのが道理。蹴散らしてしまえば終いだろう」
初めに対峙した魔物の手下であろう魔物は、周りにたくさんの魔物を従えている。数が多い。勝てたとしても、時間がかかりそうだ。急がなくてはいけないのに。
「アットごめーん、うっかりつかまっちゃって! 逃げようとしたんだけどうまくいかなかったの! 助けてー!」
魔物につかまっているチャコはなんと手を振りながらこちらに声をかける。大して困ってなさげな顔で助けを求めてくる様子からはまるで緊張感が伝わってこない。
「チャ、チャコ……」
あまりの緊張感のなさにアルドは開いた口がふさがらない。出会ったときも飛び跳ねながら自己紹介をしたりと可愛らしい印象ではあったが、この状況でもかわらないのか。
(まあ、とりあえず、助けてとは言ってるし、ピンチなのは変わらないん、だよな? きっと。うん)
「うるさいぞ小娘! 黙っていろ! ちょこまかちょこまかと……」
この調子のチャコと魔物はずっといたのだろうか。魔物の攻撃をちょこちょことよけ続けている。チャコから攻撃を仕掛けることはできていないが、魔物からの攻撃が当たることもなかった。
チャコ自身は先ほどの戦いから学んで、下手に攻撃を仕掛けることはせずに、相手方の攻撃をよけたり、受け流すことに集中していたのだ。アットたちが助けに来てくれたことでこちらの戦力は上がっている。あとはもう少し、時間を、稼ぐだけだ。
「すごいでござる! あの速さ、身のこなし。アルド! 攻めるなら今でござるよ!」
サイラスはチャコが時間を稼ぐ動きをしていることに気付いて素早く刀を構える。
アルドはサイラスが何かしらを感じ取っていることに気付いた。ここは仲間の言外の訴えに従う。
「ああ! 行くぞ! 皆!」
気を取り直して剣を構え戦いに備える。
周囲にいる魔物はこの古戦場でよくみられる魔物だ。次々にこちらに飛び掛かってくる。
切って切って、殴って打って。次々に数を減らしていく。普通の魔物であれば、アルドたちがてこずることはまずなかった。
ひとまず退けたところで、魔物が声をあげる。
「困ったものだ。私を倒せたとて、ボスはこうはいかん……」
「てぃやっ!」
バコッ
魔物が何かを言い終わる前にチャコが魔物にとどめを刺した。
「ふー、ありがとーアットたち! 何せ数が多くて隙が中々見つからなくって! うっかりうっかり! やっと攻撃がはいった……あれ、終わった?」
悪びれもなくいうチャコ。アルドたちはあまりの出来事に口をあんぐり開けたまま立ち尽くす。
「つ、強いんだなチャコ……。」
「えーと、ありがとう?」
「初めの態度もまさか敵を油断させるために……?」
エイミがチャコに尋ねる。
「え? なんのことー?」
はっきりと答えない。真相は謎である。
「食えないわね……末恐ろしい……」
「拙者は気づいてござったぞチャコ殿」
サイラスは誇らしげに話す。エイミは少し青ざめた。
「ネルは? ツィオは? 無事なの?」
「ツィオはまだわからない。でもネルは無事だったよ。先にバルオキーに戻ってじいちゃんに報告に行ってくれてるよ」
「そっか。じゃあ私も戻るね! ツィオが心配だけど、足手まといになるくらいならおとなしく待ってる。アット。私たちのリーダー、頼むね」
最後の一言は、真面目な顔で言った。チャコにもなにか思うことがあったのだろう。
合成鬼竜に乗り込む。チャコは少し興奮気味だ。アットは先ほどより少し余裕が出てきたこともあってか、とても驚いている。一行はチャコを、バルオキーの近くまで送るのだった。
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