第2話 共闘

 セレナ海岸についた一行は周囲に怪しげな魔物がいないか見回してみる。


 「特に怪しいところはなさそうにみえるけどな……?」


 アルドがつぶやく。セレナ海岸は周りの音が聞こえず波の音が聞こえて気持ちが良い。穏やかで海風が心地よい良い天気。


 ……静か。


 ネルは首を傾げ疑問を呈した。


 「いや、これは少し静かすぎるな。私の事前調査で得た情報に合った、平時に見られると言われている魔物すら見当たらない。月影の森などでもたまに起こること。こういう時は。」


 そういうとネルは突然弓を構え飛び出す。


 「普段いるものも去るような強いものがいるということだ!」


 ガキィン! という鋭い音と共にネルは突然飛んできた攻撃を打ち返した。


 視線の先に見えるのはこの辺りで見たことがないような魔物。一見魔獣に見えないこともないが、少し違うようだ。


 「こいつらが荷馬車を襲っているという魔物か!?」


 いずれにせよ突然襲ってきた相手であることは事実。アットたちは素早く戦闘配置についた。

 アルドたちにとって、アットたちの慣れた動きが頼もしい。しかし見慣れない魔物と対峙している以上言い表せない不安がぬぐえないのも事実。


 魔物は何がおかしいのかニヤニヤと笑った様な顔をしている。

 アルドたちはミグタムズの加勢に向かおうとしたが、気づくと反対側から違う魔物が数体迫ってきていた。その魔物はこの辺りでよく見るような魔物だが、どこかいつもと様子が違う。黒いモヤを纏い、瞳が虚。先ほどの見慣れない魔物に操られているのだろうか。


 「囲まれたでござる! しかもどこか様子が変でござるよ!」

 サイラスが素早く刀を構える。


 「注意して!」

 ツィオが叫ぶ。


 「くそっ、兄ちゃんたちはそっちを頼む!」

 「わかった! アットたちも気を付けてくれ!」


 見慣れない敵に対峙するアットたちを心配しながらも、アルドは自分たちの目の前の敵に集中した。


 (加勢に行くことばかり考えて俺たちが倒れちゃ意味がない。目の前の敵に集中しないと。アットたち、無事でいてくれよ……!)


 アルドたちが相手にするのは魚のような見た目のエイヒ。普段からセレナ海岸に出現するため、戦いなれた相手ではあるものの、いつもより様子がおかしく狂暴化しているせいか勝手が違う。矢継ぎ早に来る攻撃をよけながら、着実に相手にダメージを与えていく。しかし、なかなか決定的な一撃が与えられないため戦闘は長引いていくのだった。



――



 アットたちは、見たことのない魔物を相手にどう戦ったものかと攻めあぐねていた。


 「アット! ここは守りに入ってお兄さんたちの加勢をまった方がいいんじゃないかな!?」


 ツィオが刀で攻撃を防ぎながらアットに叫ぶ。硬そうな装甲を砕くには、自分たちの装備では心許ないのを感じたのだ。打撃でも入れられたなら良いのだろうが、ミグタムズのパーティは剣、刀、弓、杖と相性が悪い。拳や槌使いのエイミ、リィカが来るのを待った方が良いと考えた。チャコの杖で殴り続けるのは現実的ではない。


 「う、うん。そうだよなツィオ。うん……」


 「アット!? どうするの?」

 チャコがアットに指示を仰ぐ。


 「えっと、まだ、頑張ってみる、かな」


 チャコはその答えに歯を食いしばって頷いた。リーダーが言うのなら。ここが踏ん張りどころだと自分を鼓舞する。


 「……了解した」

 ネルは静かに敵に向かって攻撃を放つ。納得しているかどうかはわからない。不利な状況に見えるが、仲間を信じることも必要だ。


 すると、今まで黙ってにやにやとしていた魔物が口を開く。


 「子供とはいえ侮れんな全く。見た目と力が釣り合っていないどころか、まだまだ可能性を内に秘めている。経験が少ないから挙動の予測もできん。その上大した計画も策略もないままに、無茶を承知で突っ込んでくるなど。全く厄介だ。そうは思わぬか、なあ」


 「……っ!」

 ネルの攻撃は見事に跳ね返される。


 続けてアット。チャコのバフを乗せた剣による一撃も難なく受け止められ、逆に一撃を食らって跳ね飛ばされた。


 「アット!!」


 ツィオは叫ぶ。アットは地に膝をついたが、何とか踏ん張ってたえた。安堵するが油断はできない。


 「それにしても無謀すぎる。今の少年がリーダーか? ロクな指示も出せず、他のメンバーはさぞ苦労していることだろう」


 「!!」


 「アット! 耳を貸しちゃだめだ!」


 いつもであればはっきりと決断をするはずのアットが歯切れの悪い返事をした。普段とちがう様子であることはその時から感じていた。魔物の言葉に揺さぶられてさらに動揺している。ツィオはまずいと感じた。

 とにかくこの場をしのぐしかない。ツィオはサポートに徹する。


 頑張ると言ってもやはりミグタムズでは少し火力不足で追い込むには至らず。はっきりとした指示が出なかったので、タイミングよく全員で防戦に切り替えることもできず、じわじわと押されているのをパーティ全体が感じていた。



――



 苦戦しつつもようやくエイヒを倒したアルドたちは、ミグタムズの加勢に向かう。


 「あの魔物、只者じゃなさそうだった……。急ぐぞ! 皆!」

 エイミ、サイラス、リィカはアルドの言葉にうなずきアットたちの元へと急ぐ。


 アットたちの戦闘はまだ続いているようだ。激しくなっている応酬。ミグタムズのメンバーは見るからに消耗しているのに対し、魔物はニヤニヤとしながらアットたちに何かを話しかけ続けている。見るからに劣勢であった。


 (もっと急ぐべきだった! 急いでいたけれど! もっと早く!)


 子供たちに未知の魔物を託してしまったこと、さらに厄介そうな相手を長い間任せてしまっていたことを後悔する。目の前で戦っているのが見えるのに、戦っている間に距離が離れてしまっていたのか中々アットたちのもとにたどり着かない。


 ……まさか魔物の策略? 


 嫌な予感がして一瞬背筋が寒くなる。とにかく急げ。アルドは足を前に進めた。


 そこに響いたのはアットの声。まずい!


 「ちょっとまだ心もとないけど……、行くぞ皆!」

 

 掛け声で飛び出す少年少女たち。ヌアル平原で見た、アットたちパーティの合体技。必殺技のようなものだろう。


 しかし、魔物は必殺技を目にしても動じない様子で、逆にそのタイミングを待っていたかのように言った。


 「お前たちの話、実は聞いているのだよ。最近魔物たちの間で話題になることが増えてきていてね。面倒な人間の子供たちがいる、と。若い芽は今のうちに摘んでおくものだろう? さて、君たちは団体だと強いようだが、個人だと、どうかな?」


 個人だと、どうか。その言葉にアットはまた動揺してタイミングが少しずれてしまう。

 にやりと笑った魔物はどこからか仲間の魔物を呼び出し、ミグタムズのメンバーを拘束しようとする。

 完全に必殺技の体勢に入っていた子供たちは突如現れた魔物に対処できない。


 「危ない!」

 「うわぁ!」


 叫び声をあげる子供達。アルドはとっさに飛び出すが、ぎりぎりだ。なんとかアットの前に立ち、魔物をはじき返す。


 しかし。


 「くそ! ツィオ! チャコ! ネル!」


 魔物たちはツィオ、チャコ、ネルを拘束し、そのままどこか別の場所へと飛んでいってしまった。子供たちの心細そうな顔が最後に見えた。


 「ふむ、全員は無理だったか。まあ良い。せいぜいわめいておくことだな」


 そういうとツィオを拘束したまま、その先にあった時空の穴へと消えて行ってしまった。そのまま時空の穴も閉じる。


 魔物たちは全員どこかへ行ってしまった。残ったのは、アルド、エイミ、サイラス、リィカ、そしてアルドが守ることのできたアット。


 「うわあああああああ!」


 叫ぶアット。魔獣たちはそれぞれ別々の方向へとんでいった。子供たちがさらわれてしまったことで焦る一同。


 「助けに行かないと!! でも奴らどこに飛んで行ったんだ? それぞれ別の場所に飛んでいったように見えたけど」


 アルドは悩む。魔物たちが行きそうなところを手あたり次第探すか? いや、現実的じゃない。でも探す方法はないし……。


 「お待ち下サイ、アルドさん! 魔物が特徴的だったタメ、大まかな位地ノ推測が可能デス、ノデ!」


 リィカが声をかける。本当にありがたい行動だ。いやな予感がしたノデマークしておきマシタ、というが、頼りになる仲間、自分ができないことをしてくれる仲間に感謝した。


 「そうか! リィカ、頼む!」


 「お任せくだサイ! 検索中……、コレハ、古戦場よりネルさんの反応ガ!」


 古戦場はかつてオーガ族と人間の戦の名残が濃く残る場所。魔物も強く、訪れる人はほとんどいない。速やかに処理するため、人の少ない場所を選んだのだろうか。


 とりあえずリィカのおかげでまず目指す場所がはっきりした。敵の力がはっきりしていない以上、分担して探すのも不安が残る。急ぐ気持ちはあるが、一人ずつ、確実に、全員助ける。それが今の状況でのベストだと判断した。


 「よし、ありがとうリィカ! 皆、古戦場へ向かうぞ!」



 ――



 一行は合成鬼竜に頼んで古戦場へ向かう。大きな合成鬼竜を目にした瞬間、アットの目は驚きに見開かれたが、仲間たちの心配と不安が上回ったのか、特に何も言わなかった。


 アットは下を向き、ずっと悔しそうにしている。さっきの戦いで何かあったのだろうか。アルドは心配になるが、先を急いでいるので話しかけることができずにいる。


 一行がたどり着いた古戦場は、あいからず寂しい雰囲気で、様々な人の怨念がこもった底冷えのするような寒さがある。


 進んでいくと、ネルの姿があった。周りには、なんと倒れてぴくぴくする魔物たち。アルドたちに気付いたネルは近づいてくる。


 「ふう、遅かったな、アット。数が多く少し間取りはしたが、魔物は皆倒しておいたぞ。……ふむ、村長に一連の事を伝えるためにも、私はバルオキーに一度戻る。」


 信じられないほどの強さだ。アットの気落ちしている様子を見たネルは、何を考えたのか、バルオキーへ報告に戻ると言った。


 そうしてから、ネルは言う。

 「チャコたちの事、よろしく頼む」


 そう言ってネルは去っていった。その顔は少し寂しそうに見えた。


 「ネル、いつもチャコとケンカしてるけど、いいライバルなんだよ……。きっと心配しているんだ」

 いつもよりすごく気落ちしているアットが言う。一行の空気は重い。


 しかしネルが一人でも魔物を倒していたことに少しホッとする一同。ただまだ気は抜けない。チャコとツィオの無事を確認するまでは。


 「アルドさん! ルチャナ砂漠よりチャコさんの反応が!」

 リィカが次の目的地を教えてくれる。


 「わかった! 急いでルチャナ砂漠に向かうぞ!」



――



 少し離れたネル。

 「英雄たちがついているなら、足手まといになるのは目に見えている。私は今私がベストだと思うことをするしかない……な」


 アットが気落ちしているであろうことは想像がついていた。ああ見えてナイーブなところがある。先ほど少し見かけただけでも目に見えて落ち込んでいた。


 足手まといになるだろうことは想像がついたが、あの頑固者を村に返すことはできなさそうだ。責任からか、不安からか、小さなプライドからか。


 アルド兄たちに頼むほかなさそうだ。どう頑張っても子供の私たちだけで対処できる問題ではなくなっている。事実を村長に伝える。村長の指示を仰ぐ。増援が必要であればすぐにでもかけてゆく。


 悔しい。悔しい悔しい。待つことしかできない、弱い自分が悔しかった。


 ここまで考えて、チャコやツィオに何かあったらと思うとやはり腕が震えた。私はいつ、大人になれるのだろうかと思った。

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