五章 「ごみ収集の男の正体は?」

「あの、どうしてそんなにあの空き缶のことをずっと見てるんですか」


 ゴミ収集の男は、弱々しくそう私に話しかけてきた。

 見た目と雰囲気はちょっとギャップがあるようだ。

 そして、私は瞬時に、この男から声をかけてくることなどなかなかないことだと思った。

 チャンスは逃さないようにしている。


「どうしてって、誰が拾っていくか気になるからです」


 私はそれが当たり前のようにハキハキと答えた。


「あなた、やっぱり警察の人ですか」


 男は小さな声で突然にそう聞いてきた。

 

「えっ、違います。ただの大学生です」

 

 なんだか話がかみ合っていない。

 それでも私は、質問にしっかりと答えた。

 こういうところがいつも人に真面目すぎると言われるところだろう。

 


「よかったー」


 男はそこで大きく息を吐いた。

 

「何がよかったんですか?」

  

 私は聞き返さずにはいられなかった。

 ただそれを確認するためだけに、声をかけてきたと言うだろうか。

 そうだとすれば、正直今じゃなくてよかったのではないかと思う。

 私は今空き缶と若者たちの行動が気になっている。


「いや、あなたが警察の人で、あのゴミを捨てた犯人を探してるのかと思ったんです」


「ゴミを捨てた犯人?」


 また、予想外の言葉に私は遭遇した。

 この男は、『拾っている人』ではなく、『捨てていた人』というのだろうか。

 しかし、そうだとすれば、必然的に拾っている人候補から外れる可能性が高くなってくる。

 

 

「そうです。最近ゴミ捨てに厳しいですよね。2日前からずっとあなたはあの空き缶を見てるし。俺、捕まえられるのかなと少し怖くなってきたんです」


「つまりは、あなたがあの空き缶を捨てた人だと?」


 頭の中を様々な想像がめぐる。私はそれを落ち着かせながら、なんとかそう聞くことができた。

 

 

「はい、そうです。本当にごめんなさい」


 男は深々と頭を下げた。

 

「私に謝らなくていいです。ただ教えてほしいことがあります」


 私はそう言って話し始めた。


「なんで空き缶を捨てるんですか?毎日捨ててますよね?」


 『空き缶を捨てる謎』について、話を聞いた。

 毎日かかさず一本ずつ捨てているのだ。

 一体なんのためにそんなことするのだろうか。

 この謎は本題の『拾っている人の謎』ではないので、正直そこまで深くは考えていない。 

 補足的に聞ければ、拾っている人特定にもつながる可能性があるかもぐらいに思っている。

 『空き缶を捨てる謎』についてしっかり推理している。

 ちなみに、私の推理は、『夫婦の不仲』と『憂さ晴らし』だった。

 不仲により、家ではコーヒーが飲めず、外で缶コーヒーを飲んでいる。さらにそれがバレないように外で捨てている。そして、何かしらの憂さを晴らすためにしているのだろう。

 



「ストレス発散の為です」 


 男はそう言って話し始めた。


「仕事は忙しくなる一方なのに、妻は私のことをねぎらうどころか疎ましく思っている。どんなに頑張っても誰も見ていてくれない。そんな毎日が嫌になったんです。だから、一日一回悪いとわかりながらそれをして、遠くから見ていたのです。誰も私が捨てたなんて思ってもいない。その高揚感が、たまらなく癖になるんです」


「なるほど」

 

 『空き缶を捨てる謎』の真相を聞くことができた。

 私の予想は外れてはいなかった。

 しかし、実に愉快な背景だなと思った。

 あえて悪いことをしていたか。

 その背徳感を、自分の手のひらで自由に転がすことで、楽しみを得ていたということだ。

 やはり、謎は、おもしろい。

 


「あなたの行動は確かに褒められることではないですが、私にはそんなことはどうでもいいです。謎が目の前にあったから、謎解きと答え合わせをしただけです」

 

「えっ?」


「ゴミを捨てる謎は、実におもしろかったです。しかも、あなたはそれだけではなく、もう一つの謎を作り出しました」


「そうなんですね」


 私の話す熱量に、男はすっかり腰が引けていた。

 私はハッとして、少し自分を落ち着かせる。

 肝心の今考えている謎のことについてまだ何も聞けていない。


「失礼しました。つい熱く語ってしまいました。最後に、あなたに1つ質問があります」


「なんですか?」


「あなたは自分の捨てた空き缶を、誰かが拾っているところを見たことがありますか?」


「あります。でも、そんなことはっきりとは覚えてないです」


「そこのところ、今もっとちゃんと思い出してもらえませんか?」


 私はそう言って、近づいたのだった。

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