第2歩 還れない場所
ぼんやりとした意識の中、まるで水の中に浮いているような感覚が私を包み込む。
とても心地が良い、このまま眠ってしまいそうだ。
そんな中、どこからか私の名前を呼ぶ声があたりにこだまする。
うるさいなぁ…私はここで眠っていたい、そっとしておいてくれ…。
そんなことを思いながら、私の意識はさらに奥深くへ落ちていこうした、その時。
———まーちゃん!
そう誰かが飛び込んで私に手を伸ばす。
その手を取ろうと私は手を伸ばし触れようとしたその瞬間———。
「…とさん!起きてください!まことさん!!」
少しずつ覚醒していく意識の中、近くで私を必死で呼んでいる声がする。
ずっと聞きたかった声、どこか懐かしい声。
重い瞼を開けて見ると、横になって倒れていた私の傍に腰を抜かしたように座り込んでいる真藤さんが泣きながらこちらを見ていた。
「真…藤さん…?」
「まことさん!良かったぁ…」
真藤さんは心底安心した様子で涙をぬぐっている。
なら嫌われているって私の勘違いだったのかな…?
そう僅かな希望にすがって恐る恐る真藤さんに聞く。
「真藤さん…私のこと…嫌い?」
「そんなこと…あるわけないじゃないですか!」
その一言に一気に心が軽くなる。
しかし、真藤さんを呼べ止めたときの険しい表情がふとフラッシュバックする。
「じゃあ…なんで…」
あの時逃げたの——。
そう言いかけたとき、ふと私は周りの様子がおかしいことに気づいた。
確かにここはあの時の空き地だ。
高いブロック塀に囲われた閉鎖的なあの空き地だ。
しかしそこに咲いているシロツメクサの花は、
―――どうしようもないくらい、真っ赤に染まっていた。
身の回りに溢れる花の色とは程遠いい綺麗な赤。
それはまるで血を浴びたかのように真紅に染まっていた。
そんな不気味な花が空き地の地面にぎっしりと咲き乱れている。
それだけでない、雨が降っていたはずの空からは雲が晴れ、その向こうには花と同じような色をした夕日とはまた違う真紅の不気味な空が広がっていた。
「なに…これ…」
その光景を見て私は思わず言葉を失った。
「あ、あの真藤さん…私どれくらい気を失っていたんですか…?」
「すいません…私も気がついたらこうなっていて…」
「そうですか…」
どうやら真藤さんも状況がよく理解できていない様子だった。
私も何だか記憶が曖昧ところが多い。
「と、とりあえず人がいそうな通りに出てみましょう!そしたら一安心です」
「そうですね、私もそれがいいと思います」
真藤さんに促されて、きた道を戻ろうと身を起こした。
「…え?噓…」
真藤さんが力ない声で呟いた。
「どうしたんですか…って…これ…」
そこに私たちが通ってきた路地はなく、ただ無機質な塀があるだけだった。
「なんで…確かにここに道があったはずなのに…!?」
「真藤さん、落ち着こう?。とりあえずここから出れるところを探さないと…」
「そう…ですね…、すいません…」
真藤さんが落ち着きを取り戻した後、私たちは空き地から出られそうなところを探した。
しかし、しばらくしてでた結論は出れるところはないという絶望的なものだった。
周りの塀には越えられそうなところはなく、近くに人の気配もしない。
完全に万策尽きて、呆然としていたその時、
「まことさん!こっちに来てください!」
真藤さんに呼ばれて空き地の奥に目を向ける。
そこには確かに道があった。
「え、噓…」
しかしここは確かに先程までは塀だったはず…
「とりあえず行ってみましょう!」
真藤さんは少し焦った様子でそう言ってその道を進み出した。
「ち、ちょっと、先にいかないでくださいよ!」
そう言って私も少し不安になりつつも後を追った。
進むにつれてその道は今までの路地とは違い、どこか古めかしい感じの道になっていった。
所々ひび割れたコンクリートの間からは植物が生えてきている。
その中には先程と同じ色をしているシロツメクサの花もあった。
不気味だった、けれどいくら考えても今はこの道を進むしかない。
そう思い私は暫く深く考えるのを辞めた。
その道をどれくらい間歩いていたのだろうか。
かなりの間歩いていた気がする。
後ろを振り返ってみても先ほどの空き地が見えることはなかった。
永遠と続く道を歩くにつれてどんどん不安が大きくなる。
その間真藤さんが口を開くことなく、ただただ足早に道を進んでいる。
あたりに不気味なほどに音はなく、私たち二人の足音が耳を刺すように響き渡っていた。
この道を抜けたらきっと誰か人がいる、そしたらまた前みたいに…
しかしそんな淡い幻想は、この道が終わると共に消えてしまった。
道を抜けた私たちが抜けた先で見たのは、
—————廃墟と化した知らない町だった。
「なに…ここ」
私は道の先に広がっていた光景を見て啞然とした。
そこにあったのは私たちがつい昨日まで過ごしていた町ではなかった。
建物はボロボロ、今にも崩れ落ちそうなものや、植物に覆われたもの、
どれも人が生活しているような雰囲気ではない。
ボロボロになっている道路はもはやその役割を果たしているとは到底思えなかった。
そこら中にある水たまりは、空を写し赤く染まってやけに不気味だ。
(先ほどまでまた楽しい日常に帰ってこれた、そう思ったのに…)
あまりにも今までの日常からかけ離れた街の様子に啞然としていたその時。
ぴちゃ、と水が跳ねる音がした。
「ま…まことさん…これ…これって…」
そう声を震わす真藤さん、彼女の片足は赤い水たまりの一つに足を踏み入れていた。
真藤さんが指さした先を見るとそこには頭がない幼い少女の亡骸が転がっていた。
「…っ!?」
私はあまりの出来事に言葉が出てこなかった。
先ほど真藤さんが足を踏み入れていた水たまりは、赤い空が写した水たまりなどではなかった。
それは、その少女の血潮だった。
人が目の前で死んでいるという事実が、私の今までの常識を一瞬で崩していくのを感じる。
遅れて血のきつい金属のような匂いがつんと鼻をつく。
あまりの匂いに、胃の中身ががひっくりかえって出てきそうになるのをギリギリで押さえつける。
突然の出来事に動機が早くなるのを感じる。
(なんでこんなところで人が…!?)
そんな疑問はすぐに恐怖に塗り替えられた。
次の瞬間、辺りに絶叫が響き渡った。
その苦しそうな何重にも重なって聞こえる甲高い声色に思わず耳を塞ぎ目を閉じる。
しばらくして声が聞こえなくなり、目を開ける。
すると向かいの路地の暗がりにいる「何か」と目が合う。
暗がりからこちらを見つめるその目は僅かに赤く発光していた。
怖くて仕方ないのに目が離せない。
体中金縛りにあったみたいだった。
その時、一歩こちらに踏み出してきた「何か」に光が当たり、その全貌が露になる。
その姿を見て、私は息を吞む。
そこにいたのは、まさしく人の皮をかぶった「バケモノ」だった。
裂けた口からはよだれのように赤い液体が滴っており、辛うじて人の形を保っているそれは背中から無数に生えている手で、蜘蛛のようにこちらに這いずるように近づいてきた。
しかしそれ以上に、私はその「バケモノ」が持っているものを見てしまった。
それは私が命の危険を感じるのに、十分すぎるほどの恐怖を与えた。
だってその「バケモノ」は、その無数の手の一つにたしかに持っていたのだ。
あの少女のものと思われる、生首を。
―――あいつが…あの子を殺した?
先ほどの無惨な少女の姿が脳裏をよぎる。
絶対に逃げないといけない、頭の中でそう警鐘が鳴り響く。
しかし、私の足は一向に動いてくれなかった。
足が震える、怖い、死にたくない、嫌だ、嫌、嫌嫌嫌――――
「まことさん!」
恐怖で支配されかけていた頭に真藤さんが私の名前を呼ぶ声が響く。
その一言は、私を現実に戻してくれた。
そうだ私は今は一人じゃない、もう足も震えていない、今なら走れる…!
「真藤さん!こっち!」
そう言い真藤さんの手を取り来た道を戻ろうと振り返る。
しかしそこに私たちが通ってきた道はなく、またあの無機質なコンクリートの壁があるだけだった。
刹那、私たちが逃げようとしたのが分かったのかそいつがこちらに近づいてくるのを感じる。
「まことさん!こっち!」
そう私がつかんでいた手を真藤さんが引っ張り走り出そうとしたその時。
私の目の前を何かがとてつもない速さで通過した。
思わず目をつぶりうつむく。
暗闇の中、刃物が固い物に当たったかのような甲高い音、何かが落ちる鈍い音。
何が起こったか分からないまま恐る恐る目を開ける。
そして私の瞳が最初に写したのは―――
―――地面に転がる茶色い髪の少女の生首だった。
乖離世界self 響 花坐 @Kasa_Hibiki
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