乖離世界self
響 花坐
第1歩 日常の終わり
窓に打ち付ける雨音で私は目を覚ました。
雨は嫌いではない。雨音を聴きながら眠りにつくのはとても心地が良い。
しかし、湿気でうねる髪、濡れた枕、じめじめとした空気。
どうにも好きにはなれない。
少し憂鬱な気分になりながら私はベットから身を起こし、学校へに行くための身支度を始める。
私の名前は明沢 まこと、今年の春から高校生になる。親の仕事の都合で、地元からは遠く離れた高校に進学することになってしまった。
そこで始まる新しい生活に私は不安を感じている。
ただでさえ私は人見知りで内気だ。
そんな自分がやっとの思いでつくった友達ともこれでしばらくは会えないだろう。
そんな喪失感に苛まれながら初めて着る制服を身にまとい、部屋を出て顔を洗いに階段を降りた。
洗面台の前に立つと鏡に写った陰気臭い顔が目に入る。
陰気臭い、と言っても別段ブサイクというわけではない。
髪は長くてサラサラ、顔も整っていて可愛いねと言われることも少なくない。
ただ目つきが悪い。
この人を常ににらんでいるかのような目のことが私は大嫌いだった
それなのに周りはこの顔を羨ましいと言う。この顔で私がどれだけ悩んだことか…。出来る事なら顔を交換して欲しいくらいだ。
そんなことを考えながらリビングに向かう。
「おはよう、今朝は早いのね」
ついて早々キッチンで母があわただしく朝食を作りながらこちらに背を向けて話しかけてくる。
「…うん」
実はまだ新しい家に慣れず最近はあまりよく眠れていない。
私はそのことを隠すようにしれっとそう答えた。
するとスーツを着た父があわただしそうにしながら部屋から出てきた。
眉間にしわがよっている。どうやら相当機嫌が悪いようだ。
仕事で何かあったのだろうか。
「悪い、急な仕事で早番になった。朝食はいらん」
「あらそう…、帰りは…今日も遅いの?」
「あぁ、また遅くなる、はぁ…転勤してからも何も変わんねぇ…クソっ」
そんな愚痴をこぼしながら、父は玄関へと向かった。
しばらくして勢い良く閉められた玄関のドアの音が家中に響き渡る。
父は私が小学生のころ転職してからこの調子だ。
私が小さい頃の父はもっと穏やかな人だったと思う。
その様子を見て悲しくなりながらも時計を確認したところもう時間がない。
入学式に遅れてしまう。流石に初日から遅刻はまずい。
まだ残っている朝食をそのままに、私は立って洗面台に行き、急いで歯を磨き、身だしなみをチェックし玄関へと向かう。
「行ってきます」
「あらまこと、朝食はもういいの?」
後ろから母が少しきつめの口調で言ってくる。かなりイライラしているようだった。
父が朝からあの調子だったからだろう、無理もない。
「ごめんなさい、もう時間だから」
そう言って今にも怒りが溢れ出そうな母から逃げるように玄関のドアを開けて傘をさして学校へと向かった。
前日に下見をしたまだ見慣れない通学路。
雨だからかもしれないが人通りは少なく、車もほとんど通らない住宅街。
少し怖いが人と話すのが苦手な私にとっては悪いものではなく、むしろ快適だった。
人目もないので周りを見渡しながら歩いていると少し気になる道を見つけた。
それはどこにでもある普通の路地のようだった。
しかしそこから吹き抜ける風が妙に暖かくて私の足取りはいつの間にかその路地に吸い込まれていた。
(あれ…こんなところあったんだ…)
それは道端の路地に入って少しのところにある空き地。その道はまるでこの空き地にくるためだけに作られたかのような不自然なつくりだった。
その道を抜けるとそこには高い塀で囲われた空き地があった。
空き地にはまるで誰かがここに集めたのではと疑うほど、たくさんのシロツメクサの花が咲いていた。
(すごい綺麗…こんな風通しの悪そうなところなのに…)
雨が打ち付ける中、堂々と咲き誇る姿はとても美しかった。
そんな花たちを見ているとずっとここに居たくなる。
でも少し何かおかしい…まるで何かに引き留められるような…いや、足が、心が、この体の全てがここから離れたくない…いや、離れてはいけないと叫んでいる気がする。
おかしい。まるで蔦が心まで絡みついたような感覚にとらわれる。
奥へ、奥へと吸い込ま…
その時、空が白く光り遅れて低く唸るのような音が響いてくる。
どこかに雷が落ちたようだった。
その音で私ははっと我に返った。そうだ自分は遅刻しそうなんだった。
なぜこんなにも悠長に立ち尽くしているのだろう。
不気味だなと思いながらも、私はその場を後にして学校へと急いだ。
学校に着いた。目につくのは昇降口に集まる人だかりと、雨で花が散った桜の花。
昇降口にまだ人がいる様子を見ると、遅刻しそうというのは私の杞憂だったらしい。
少しほっとしながら昇降口の前に張り出してあるクラスを確認する。
(私の名前は……あった…)
早々に自分の名前を見つけて足早に教室へと向かう。
廊下を歩いていると、その途中で他のクラスの様子が目に入ってきた。
同じ中学だったのだろう、再会を喜び合う人達もいるにはいた。
が、やはり高校入学ということもあり、みんな慣れない様子でまだ距離感を図りかねている様子の人がほとんどだった。
その様子を見て一安心した。
(緊張していたのは私だけじゃなかったんだ…)
そんなことを考えながら歩いていたら既に自分のクラスの前についていた。
教室に入り、黒板に張り出された席順を確認して席に着く。
私は窓側の列の後ろから二番目の席。
(そういえば…どんな人がいるのかな…)
席についてひと段落したら急に気になり周りを改めて見渡す。
生徒はほとんど揃っており、既に打ち解け合い固まっているグループもある。
その様子を見て私は「ああはなれないな」と心で思い、ため息をついた。
(まぁ…友達は自分のペースでつくればいいか…ってできるのかな)
そんなことを考えていると、ドアがあいて先生が入ってきた。
「はーい、席についてください。HR初めますよー」
入ってきたのは三十台後半くらいだろうか、いかにもやる気がなさそうな顔をした猫背の覇気のない先生だった。
(なんだこの人…大丈夫なのかなぁ…)
そんな不安を感じつつもHRは特に変わったこともなく順調に進んだ。
そんな中HRの終わりを告げるチャイムが鳴った。
私は自己紹介がなかったことに少し驚きながらも安堵した。
こんな大勢の前で自己紹介なんてごめんだ。
「あ、皆さん、時間ですのでこれでHRを終わります。10分後に入学式があるので移動してください。はい自由時間どうぞ」
その言葉で一瞬教室が沈黙したが、すぐにみんな話し始めて移動を始めた。
(入学式と言っても…私の両親は共働きで来ないだろうし、そもそも来たところで…)
私は両親があまり好きではない。
嫌いというわけでもないが、そもそも二人とも帰ってくるのは夜遅いから朝しか喋る機会がない。
母は厳しい人だし、父は仕事のせいかいつもイライラしている。
そのせいか我が家の空気はいつもどこかピりついている。
家の中でも落ち着ける場所は自分の部屋ぐらいだ。
その後、入学式は何事もなく、本当に何ごともなく終わった。
その日は入学式しかなく、教室で明日の説明を受けたのち、すぐに下校ということになっていた。
二回目のHRも驚くほどすぐに終わり、瞬く間に放課後となった。
話す相手もおらず居心地が悪かったので、私は早々と教室から出た。
(誰とも話せなかった…)
そう落ち込みながらまだ誰も帰ろうとしていない中で一人で廊下を歩く。
どうやら私のクラスが一番早く終わったようだった。
あの先生のHRだったのだから納得はいく。
誰もいないので少し不安だったが、気にせず帰ることにした。
昇降口を出て帰路に就く。雨は朝と変わらずに降り続けている。
本当につまらない一日だった。
こんな毎日が続くのかと考えるだけで吐きそうになる。
教室でも家でも孤独、私には居場所なんて…
とブルーな気持ちになっていたら突然後ろから話しかけられた。
「あのあの、すいません!」
「ふぁ!ふぁい!?」
周りには誰もいなと思っていたので急に話しかけられてつい変な声を出してしまった。
「あぁ!ごめんなさい!驚かせてしまって…」
「こちらこそすいません…変な声出して…」
振り向いて見たそこには、女の子がいた。
その子を見た途端私は思わず目を見開いた。
そこにいたのは今までテレビでも見たことがないくらい可愛らしい背の低い女の子だった。
茶髪のさらさらのショートヘア、髪と同じ色のくりくりした真珠のような目、小さな背丈に大きめの赤いベレー帽。その小動物のような体では少し大きいようなスケッチブックを脇に抱える様子がとても可愛らしい。
その可愛さに衝撃を受けながらも私は話を続けた。
「それで…どちら様ですか?」
「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません!私真藤 かれんっていいます!」
「真藤さん…ですか、はい、ところで何か私に用事ですか…?」
「あっはい!、突然で申し訳ないんですけど…」
真藤さんは言いにくそうにしながらも私の顔をまっすぐ見てこう言った。
「デッサンのモデルをお願いできませんか?」
「えぇ!?デッサン!?私が?」
「はい!一目見たとき思ったんです!あなたを描きたいって!」
「は、はぁ…でも私やったことないし…目つきも悪いし…大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫です!座ってるだけでいいのでお時間いただけませんか!」
真藤さんは興奮気味で顔を近づけてくる。近くで見ると尚更かわいらしい子だ。
「わ、分かりましたから離れてください!」
「やったー!ありがとうございます!」
こんなかわいい子に頼まれていることと、勢いの強さも相まって、私はデッサンのモデルを思わず承諾してしまった。
翌日の放課後から、毎日真藤さんのデッサンのモデルに協力することになった。
デッサンというのだからてっきりアトリエのような場所で描くのを想像していた。
しかし私が連れていかれたのは近くにある公園の木陰だった。
「私こういう自然な背景のところで描くのが好きなんです」
「そうんですか…」
絵のことはよくわからないので反応に困る。
「では、ここに座ってももらってもいいですか?」
「はい…こんな感じで大丈夫ですか…?」
「はい!ありがとうございます!」
そう言いい木陰に腰を下ろすと、真藤さんはおもむろに鉛筆を手に取り描き始めた。
二人のあいだを沈黙が覆う。
聞こえて来るのは木の葉が風で微かに揺れる音。
(何か話したほうが良いのだろうか…?)
そう考えたが真藤さんの真剣にな表情に口をつぐむ。
それからしばらくたって真藤さんがふと何かを思い出したかのように聞いてきた。
「そういえば、名前聞いてませんでしたね…」
言われてみればそうだ。今までなんで気づかなかったのだろうか…。
「ごめんなさい…そういえば言ってませんでしたね…私、明沢まことって言います」
「まことさん!いい名前ですね!」
そう言って彼女はまた絵を描き始めた。
少し話したからだろうか、そこからの沈黙は何だかとても心地の良いものだった。
そこからしばらくして空が夕焼けに染まってきたころ。
「まことさん!描けましたよ!」
そう言って真藤さんが絵を見せてきた。
「わぁ…綺麗…」
思わずそう口から言葉がこぼれる。
そこに描かれていたのはとうてい私にがモデルとは思えないほど美しい絵だった。
白黒なのにまるでそこにはいくつもの色が輝いているように見えた。
そう思えるほど、一つ一つの植物や、私の表情がとても輝かしく描かれていた。
デッサンとして私をそっくり描かれているかと聞かれればそうには見えない。
しかしこの絵はそんなことがどうでもよくなるくらい心が引かれた。
「凄く絵がうまいんですね…!」
「えへへ~ありがとうございます!」
「実は私…恥ずかしながら画家を目指していまして…」
「そうなんですか、とても素敵な夢を持っているんですね」
「あのあの…もしよかったらこれからもデッサンに付き合ってもらえませんか?」
真藤さんがもじもじしながら上目遣いでそう言ってくる。
「もちろんですよ!」
こうして私と真藤さんは友達になった。
真藤さんは明るくて話し上手で私が口下手でも楽しく会話ができた。
あまり私が話せたことはなかったけど…。
その放課後の真藤さんとの時間は、私にとってかけがえのないものになっていた。
ついこの間まで、退屈な日常が続くのだろうと思っていた。
まさかこんなにも楽しい日々が送れるなんて考えてもいなかった。
親は私がいつもより遅く帰っても特に何も言ってこない。
きっと私のことなんて大して気にしていないのだろう。
そのこともあってか私はそれからの放課後のほとんどを真藤さんと過ごしていた。
けれどそんな日常は突如として終わった。
―――ある日の放課後
「まことさん、今日はまたデッサンのモデルをお願いしたいんですけど…」
「もちろんいいですよ!」
「ありがとうございます!」
そんなこと会話を交わしなら歩く。
「今日は…少し特別な場所で絵を描きたいんです」
「そうなんですね…今日は特別な日なんですか?」
「……特には訳はないんです」
真藤さんはどこか辛そうな表情をしていた気がした。
「そうなんですか…」
今まで何度かデッサンのモデルをお願いされたことはあった。
そんな中で真藤さんはこんな苦しそうな顔を見せたことはなかった。
(何かまずいことを聞いていしまっただろうか…)
そう不安になりながらも真藤さんの後を追う。
「ここです」
そう言って連れてこられたのは、私が入学式の日に立ち寄った空き地だった。
そこの花はこの前同様に、奇妙なまで美しく咲き誇っていた。
「ここの花綺麗でしょ、穴場なんです…」
そう言って真藤さんはすぐに絵を描く準備を始めた。
絵を描き始めてからは真藤さんはいつものように集中していた。
その沈黙はいつも心地の良いものだったが、今回ばかりはそれが嫌だった。
それは真藤さんの絵を描いているときの顔が、あまりにも辛そうだったからだ。
画家になりたいと夢見ていたこの前の真藤さんとは到底思えなかった。
スケッチブックの端から覗くその左目はまるで心の見られたくない部分まで繊細に描かれている、そんな気がして…
そんな視線に耐えられず、私は真藤さんに話しかけた。
「今日いい天気ですね」
「そうですね!」
「…」「…」
真藤さんはそう笑顔で答えてくれたが会話が続かない。
こんなにも広がりにくい話しか提供できない自分に腹が立つ。
(なにか話題を…なにか…あっそういえば…)
「真藤さんはどうして将来画家になりたいんですか」
「…」
一瞬の沈黙。
「なんででしょうかね?当ててみてくださいよ!」
真藤さんはそうはぐらかして結局何も教えてくれなかった。
この会話を最後に真藤さんの絵が描き終わるまで、私たちの間に会話が生まれることはなかった。
辺りが夕日色に染まってきたその時。
「出来ました!」
そう言う真藤さんの言葉でさっきまでの沈黙が噓のように晴れていった。
「今回は少し失敗してしまいました…」
そう真藤さんは肩をすくめている。
「そうなんですか?」
「そうなんですよ…ほら…」
そう言って真藤さんが少し申し訳なさそうにスケッチブックを見せてくる。
私はそれを見て一瞬なにが起こったかわからなった。
「全然…上手じゃないですか」
そうごまかすように答えていた。
「ほんとですか?ありがとうございます」
そう真藤さんは照れたように笑った。
「まことさん、今日もとても助かりました!本当にありがとうございます」
「全然いいんですよ!気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かります…」
そう真藤さんは申し訳なさそうにまた笑っていた。
その後すぐに私たちは別れて私は帰路についていた。
別れた後も、私の鼓動は変に高鳴っていた。
だって…だってあの時見たスケッチブックには、
何も描かれていなかったのだから。
なのにどうして、どうして普通にしていられたのだろう。
けどあの時の私はそうすることが当たり前な気がした。
その日を境に真藤さんは私の前に姿を見せなくなった。
毎日放課後になったら真藤さんはいつも学校の前で私を待っていた。
いつも楽しみで待ちきれなさそうにしていた彼女の笑顔は待てども待てども、
そこに帰ってくることはなかった。
(きっと嫌われてしまった。私のせいだ…)
絵を最後に見せられたあの日のことを思い浮かべながら、
私はいつしかそう考えるようになっていた。
そこからの毎日はただ孤独に耐えるだけのものだった。
つまらない日常、落ち着けない家。
自分に自身が持てず将来に希望も持てない。
まるで私の中の大切なものを失ったみたいな…そんな感覚だった。
彼女がいなくなってから約1か月がたった。
ある日の放課後、その日は雨が降っていた。
(そういえば真藤さんと会った日もこんな雨が降っていた気がする…)
そんなことを考えながら淡い希望を描きながら、毎日真藤さんが待っていたあたりを見渡す。
あの日と同じ雨ならもしかしてもう一度会えるかもしれない…そんな期待も虚しく、やはりそこに真藤さんはいなかった。
きっともう二度と会えない…そう絶望に打ちひしがれていたそのとき。
(え…あれって…!)
私は目を見開いた、見間違えるわけがない。
あの赤いベレー帽、あの後ろ姿、あのスケッチブック、間違いなく彼女だ。
「真藤さん!」
私は肺にこれでもかというほど息を入れて今まで出したことのないような大きな声で真藤さんに呼びかけた。
しかしなぜか真藤さんは私に気づいた途端、険しい表情をして逃げてしまった。
やはり嫌われているのだろう。
分かってはいたものの、その現実は私の心を深くえぐった。
しかしそう理解した上でも私は気づいたら彼女を追いかけて走り出していた。
もう一度だけでいいから真藤さんと話して仲直りがしたい、
そんな一心で私は走った。
だってこんなことを思った友達は、”初めて”だったから
傘をさすことも忘れて走った。しかし追いつけない。
そんな時、雨で濡れた道路で足を滑らせて転んでしまった。
真藤さんはどんどん離れていく。
真藤さんが振り向いてくれることをを祈りながらもう一度叫ぶ。
それを無情にも雨音がかき消す。
否、声すらもう出ていなっかったのかもしれない。
そんな中真藤さんは振り向く様子もなく、雨の中に姿を消してしまった。
けれど私はどうしてもあきらめきれなかった。
(まだこの近くにいるはず…!)
そう自分自身を説得しながら私は探し回った。時も忘れ、無我夢中になりながら私は真藤さんとのデッサンで行ったことのある場所をしらみつぶしに探しまった。
探して、探して探した。
そしてもう体力の限界がきた、雨で身体もどんどん冷えていく。
(もう駄目だ…)
そうあきらめかけたそのとき、道端の路地に入って行く真藤さんを見た。
最後の力を振り絞って路地に走った。
(ここは最後に真藤さんと別れた場所…いったいなんでここに…?)
そんなことを考えながら路地を進む。
そこにはスケッチブック片手に佇む真藤さんがいた。
どうやら私にはまだ気づいていないようだ。
「真藤さ…」
私が話しかけようと足を空き地に踏み込んだそのとき、
空き地の地面に足が、沈んだ。
「…え…?」
まるでそれは底なし沼のように私と真藤さんを少しずつ飲み込んで言った。
抜け出そうにも全く足に力が入らず抜ける気配がない。
真藤さんは首だけ振り向いて私を見て、悲しいような表情を浮かべていた。
私は何が起こっているのかも分からず言葉が出てこなかった。
もうすでに腰のあたりまで地面に沈みかけている。
そんな私をみて既肩あたりまで地面に沈んだ真藤さんは涙を流し、ただこちらを見つめながら何も言葉を発することもなく地面へと消えていった。
その現実を受け入れられないまま、私も後に続くように地面に飲み込まれていく。
その感覚はまるで嫌な悪夢をみているようで、ゆっくり体中にまとわりついてきた。
頭まで沈み切るころには、私の意識はもうとっくに途切れていた。
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