第9話 奇跡の時間
スフレも、ルドも、リーリカも、町長も、他の皆も、もういない。
二度と会えない。
皆は、自分たちの『役割』を果たして消えていった。
そのことを信じたくないレネルがカレンの手に触れると、カレンの手は雪になって崩れおちる。
「誰かが、レネルに話さないといけない。だからね、みんなを代表して、みんなの身体を保つ魔力を分けてもらって、あたしだけ溶ける時間を延ばすことが出来たんだ。それも、もう限界みたい」
それが真実であることを、レネルは“冷たさ”で感じた。
今にして思えば、スフレやカレンたちは自分と比べて異常に体温が低かった。それにレネルだけは小さな頃から寒さが苦手であったが、カレンたちは非常に寒さに強かった。
また、閉鎖されたこのアイオライトの町で皆が空腹に困らなかったのも、レネル一人分の食材だけを自給自足すればそれで足りるからだった。全員が人間だったなら、食糧事情はとっくに破綻している。
さらに、スフレはレネルに毎日温かい食事を作ってくれたが、スフレが――カレンたちが食べている物はいつも冷たい食事ばかりだった。一度レネルがスフレにスープを作ってプレゼントしたとき、スフレはとても苦しんでいた。
「いつか、こうなることはわかってたの。それがあたしたちの『役割』だから。でもね、あたしたちは幸せだったよ。15年間、レネルと一緒にいられた。レネルが成長するのを見られた。本当に楽しかった。けど……結婚する約束は、守れなかったね」
カレンは笑顔で、ぽろぽろと涙をこぼす。
「レネル。あたしたちの代わりに、外の世界を見てきてね。楽しいことをいっぱいして、見たことのないものをいっぱい見てね」
「違う……俺は、俺はこんなこと望んでない! 俺は、みんながいるこの町があるから外に行きたかったんだ! スフレ姉さんに――カレンに外のことを自慢したくて旅に出たかったんだ! みんながいない世界なんて望んでない……それじゃ意味がないんだ!」
そう叫ぶレネルだったが、カレンの身体の崩壊はもう止まらない。
長い夢の時間は終わり、レネルは本当の世界に飛び出さなくてはならない。
スフレと約束をした。どんなことでも受け入れて前に進むと。
カレンたちの想いを受け止めて、前に歩き出さなくてはいけない。
そのことがわかっていても――動き出せないレネル。
すると、そこでカレンがレネルにビンタをする。
驚いて顔を上げたレネルに、カレンが左手だけで抱きついてくる。その手も、ボロボロと崩れた。
「――大丈夫。レネルなら、大丈夫だよ。それにね、レネルが生きていてくれる限り、あたしたちもレネルのすぐそばにいられるの。だから、あたしとも約束して。これから、あたしにたくさん自慢したくなるような世界を見るって」
「カレン……」
健気に笑うカレンに、レネルはうなずいて前に進む決意をする。
「じゃあね、バイバイ。大好きだったんだから!」
カレンは最後にレネルへとキスをしてから、ポロポロと雪になって消える。
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