《8月20日午前。ムーンサファリ内フェスティバル会場。ダグレス》その二


「お待たせ。マーケット行こうか」


 ようやくタクミが戻ってくる。

 それからもタクミをつれまわすのは、なかなか大変だった。

 しかし、グッズ売り場でカードを物色する連中を観察するには好都合だった。タクミは案内役を忘れてフィギュアやソフトあさりに没頭していたが、同様にダニエルがカードの出店を見つけてはとびついていくので、そっちについてまわれば間違いなかった。


「ここらに出てるカードは、まあ、ふだんカード販売店で売ってるようなものばっかりで、そんなにめずらしいものはないけどね。たまに珍品がまざってたりするんですよ。コレクターが買いに走るのは、おもにオークションですね」


 たまに思いだしたように、ダニエルが解説してくれる。


 売り場をねり歩く連中には、たしかに高級ブランドのアウトレットセールに群がるブランドマニアの女のような殺気があった。が、だからと言ってそれだけで殺人犯と断定できるほどのものではない。マニアとしてはあたりまえのような気もするし、また、誰もがお目当てのカードのためなら殺人くらい平気で犯しそうにも見える。エンパシーが使えないのが、ひじょうに残念だ。


「お待たせ。やったよー。すごく可愛いメイミンのフィギュア見つけたよ。少し高かったけど、買っちゃった」

「よかったね。タクミの理想の女の子、メイミンとリサリサとカッターマン2号をあわせて三で割った上に、美々不二子のお色気を足したような子だもんね——って、やだな。おれも詳しくなってきた……」


 話しながらタクミとユーベルが帰ってきたので、ホログラフィックスの公式会場へ移動する。会場の前でビルと合流できた。


「ビル。よくここまで迷わずに来れたな」

「いや、それが変な扮装した連中をさけてたら、いつのまにか、ここへ」


 カードマニアの祭典なので、普段着の人が多い。

 もっとも、のタクミに、ビルは度肝をぬかれている。


「やあ、どうも。ゲージさんでしたよね。コアなカードマニアなら必ずここに来ますよ。大会参加者全員に非売品の記念カードがくばられるんです。予選落ちでもこのカードだけは貰えますから。僕とダニーも参加申しこみしてきますんで、ちょっと待っててもらえますか?」


 青い髪のタクミを二度見しているビルがおかしくて、ダグレスは思わず失笑した。それでよけいにビルが愕然とする。

 いつも人の視線をさけて、うつむきかげんにしている自分が、人前で笑い声をもらしていることに、ダグレス自身もおどろいた。ほんとにタクミは魔法使いのようだ。


「私はビルとそのへんを見張っているから、君たちは大会を楽しんできたらいい。昼ごろにホテルの部屋へ行けばいいんだろう?」


「えーと、じゃあ、そうさせてもらおうかな。十位入賞はムリだろうけど、予選を勝ちぬくと貰えるオプションカードは欲しいから、がんばってみます。今年は僕の好きな『未来警察裏市民』のソフィアなんですよねぇ。優勝者には専用超強力パワーカードが貰えるって話なんですよ。ウワサではハイパワーになると尼僧服に変身するとか……いいなぁ。シスター姿で『エッチは滅びなさい』って、ちょっと言われてみたいかも。ちなみにオークション会場はこのとなりなんですよ」


「なんだ。そうなのか。では、そっちも見てみよう」


 タクミは去りかけてから、ひきかえして耳打ちしてきた。


「公式戦ではとられる心配ないから、かなりレアなカードをデッキに入れて自慢しに来るコレクターもいるんです。会場でバトル中に感嘆があがるのがそうですから、カードに詳しくないお二人でもすぐわかりますよ。そういう人をチェックしてみたらどうでしょう。お二人なら、大会運営委員会に問いあわせれば、名前を教えてもらえるんじゃないですか?」


 最後にありがたい忠告をしてくれた。


 ビルが両手をひろげながら嘆息した。

「じゃあ、お言葉どおり場内に行くか。その前に運営会にあたって参加者名簿を借りられないか聞いてみる。あんた、さきに行っててくれ」


 しかし、ダグレスに別の考えが浮かんだのは、勘だったのだろうか?


「いや、バトル会場は君にたのむ。私はオークション会場へ行って、今日の出品リストを受けとってくる。カード類が何時ごろに出るのかチェックしておこう」


 お目当ての品物の一つ前の商品が出品されると、携帯パソコンに呼びだしがかかるサービスがオークションにはあった。その申請をしておけば便利がいい。


 ビルも賛同した。


「そうだな。競売はインターネットでも参加できるから、必ずここに来るとはかぎらんが、ほっとくわけにもいかないな。なら、そうしよう。それにしても、もう少しこっちにも手をまわしてほしいもんだ」

「しかたない。みんな夏休み返上でこの事件にあたってるからな」

「おれたちに夏休みなんてシャレたもんはないよ。定年までお預けだな」


 カード大会場のロビーで、ビルとも別れた。ダグレスは一人でオークション会場へむかう。高額商品ばかりをあつかうオークションは敷居が高いのか、かなり人足も遠のいている。


 オークション会場の受付で今日と明日に出品する商品リストを受けとり、内容をチェックしていった。


(ふうん。こういうフェスティバルだから、タクミの好きなアニメの商品ばかりかと思ったら、そうでもないんだな)


 出品者の都合もあるのだろう。ただ、そういう商品はアニメオタクたちの吸引力が弱いことをオーナーも承知しているようで、ほかのイベントが盛りあがる時間や、客足のとぼしい朝早くに集中していた。


(朝からの商品はアンティーク家具にカットグラス、絵皿か。どれもバタフライの関心をひくようなものじゃない)


 つう——と指を流してリストを見ていたダグレスは、あるところでピタリと手を止めた。


(ベリアクモマクマキチョウ……蝶か)

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