四章 クルエル・サマー
《8月20日午前。ムーンサファリ内フェスティバル会場。ダグレス》その一
ヨーロピアン都市きってのアニメフェスティバルと聞いてはいたが、じっさいに会場に入ったダグレスは圧倒された。会場となった遊園地を埋めつくす人々の熱気がスゴイ。
もともとムーンサファリは動植物の繁殖や改良のために設立された、バイオテクノロジーの研究都市だった。
その後、研究費用の捻出として、飼育されためずらしい動物を一般に公開するサファリパークができた。次いで水族館、植物園が併設され、多くの人々が集まるようになったところで、休憩所やホテルができた。やがては観覧車やメリーゴーラウンドといった乗り物まで。
ムーンサファリの研究員にとって、そこから得る収益はありがたい。だが、研究に専念するには、押しかけてくる観光客の存在がうとましくなり、その一画を研究地区と
今ではその遊園地がEU都市最大の娯楽施設となっている。園内のイベント会場やホールでは、月ごとに催し物がひらかれる。とくに八月は長いサマーバケーションを楽しむ市民が楽しむ場として、大々的なフェスティバルが連日、続いた。
そのなかで毎年恒例になっているのが、二十日、二十一日のアニメフェスティバル。
各国の新旧のアニメーションが大画面で放映されるシネマホール。新作アニメ発表。人気声優のトークショー。アニメ関連商品の販売会場。市民も参加できるフリーマーケット。コスプレ大会。路上パフォーマンス。パレード。ホログラフィックスカード大会——
園内はどこもかしこも華やかに飾りたてられ、珍妙なカッコをした人々がひしめいていた。まさに仮装パーティーだ。
その園内のホテルの一室で、タクミたちは打ちあわせの真っ最中。
さすがに彼らは慣れているので、ホテルに予約を入れてあったのだ。二人部屋を二つ。男女にわかれて一室ずつ。
なので、今、室内には、タクミ、ユーベル、ダニエル、ジャン、エドゥアルドがいる。ダグレスは彼らに会場を案内してもらうため、同行させてもらっている。
とは言え、ダグレスは夜には帰る予定だが、タクミたちは深夜までお祭りを楽しみ、翌日も早朝から遊ぶらしい。
「えーと、まずはコスプレ大会にエントリーして、そのあとグッズ売り場をひとまわり。僕とユーベルはカード大会へ行ってみるよ。エドとジャンはどうするの?」
例のハンドミシンで作った服にあわただしく着替えながら、タクミが言った。
「お昼はどうせ外のレストランじゃ人がいっぱいだから、ルームサービスたのんであるよ。お昼前に、ここに集合ね」
「おっ、サンキュー。おれとエドはミシェルたち誘って、そのへん、ぶらついてる」
「うん。午後からはみんなでまわりたいねぇ」
タクミは派手な縫いとりのあるカラフルな上着をまとっている。髪の色も今日は青い。
ダグレスは彼らの会話に口をはさんだ。
「私はカードコレクターの集まりそうな場所を教えてもらえばけっこうだ。一人で歩くから」
一人でと言うか、ビルも来ることになっているのだが、迷わずに会場のなかを歩けるだろうか。少しばかりマニアをなめていた。朝からこの人ごみでは、落ちあうのは難しいかもしれない。
「安心してくれ。おれが刑事さんについてる。ミラーさん、午後からはオークションをのぞきませんか? ほりだしもののカードが出品されるってウワサがあるんです。コレクターが目の色変えて集まってきますよ」と、ダニエル。
「ええ。ぜひ、お願いします」
ダグレスの一日の予定が決まったころには、タクミたちの着替えもすんだ。タクミはグリーン、ユーベルはブルー、ジャンはレッド、エドがグレーの軍服のようなデザインのコスプレをしている。四人ともけっこう似合う。軍服だから、さほどキテレツには見えない。
タクミは急に前髪を指さきで、もてあそび始めた。
「いつでもガマルになれるように、この長さに保ってるんだ。じゃあ、もし仲間とはぐれてしまったときは、各自、ここに帰ってくるってことで。部屋のセキュリティ登録しとこうか」
ホテルの部屋の鍵の多くは、アパルトマンのそれと同じだ。室内にそなえつけのパソコンから任意の人物の指紋と静脈の認証登録を行うことができる。チェックアウトすると、データは自動で消去される。
「あとで女の子たちも登録しとこうぜ。待ちあわせ場所にできるしな」というジャンに、
「じゃあ、たのむよ」
タクミが手をふり、廊下に出たところで二手にわかれる。このとき、午前九時前だ。
「それにしてもユーベル。いや、アモロ。ペカチュウはやめたら?」
「アモロだってリュック背負ってた」
「うーん。ペカチュウを背負ったアモロ。違う作品だけど……ま、いっか。可愛いから」
ユーベルのトラジマのぬいぐるみ型のリュックのことを話しながら、タクミたちは歩く。ダグレスはそのあとを、ダニエルとならんで追っていく。
ホテルを出ると、すでに会場は熱気でむせかえるようだった。
こんな日には大勢の思考がごちゃまぜになっていて、誰か一人の周波をキャッチすることなど不可能だ。ダグレスは最初から超能力は使わないつもりで、制御ピアスをしてきていた。それでも、ゆらめく陽炎のような思念の渦を感じる。
多数の人間が一カ所に集中して意識を高揚させているときは、一種独特の集合思念が生じる。いわゆる集団心理というものだろうか。
この思念の集合体は、エンパシストにとって強い麻薬のようなものだ。かなりの注意が必要である。強力無比の竜のように、ウカウカしていると一飲みにされてしまう。これに脳髄を直撃され、深いマインドコントロールを受けると、のちのちまで人格に影響が出る。
今日はAランクのタクミでさえ、制御ピアスをしている。ヒドラ少年にいたっては三対もピアスをしている。そのすべてがESP制御ピアスかどうかはわからないが。
(もし、あれが全部ESPロックピアスなら、少年はトリプルAということになる……が、まさかな)
いくらなんでもそれはあるまいと、浮かんできた思いを否定した。あの妙なヒドラ型のブロックは、ユーベル特有のクセか、ブロックにだけ過大な能力を有しているせいに違いない……。
ホテルのならぶ静かな区域から、にぎやかな音楽の流れるほうへ歩いていくと、どこへ行ってもタクミは人気者だ。
「はい、タクミ。ひさしぶり」
「今年はガマルなのね。見て、あたし、誰かわかる?」
「すげぇ美少年のアモロつれてるじゃん。もしかして新メンバー?」
いったい何万人の人が集まっているのかわからないが、全員がタクミの友人ではないかと思えるほどだ。サインを求められて応じることもある。ほとんどスターあつかいだ。
「やーん。可愛いアモロー。ペカチュウ背負ってるよー。ね、タクミ。みんなで写真撮ろう?」
ひっぱられていくタクミを見て、ダニエルが苦笑いする。
「あいつら、コスプレ大会の常連入賞者だから、この世界じゃ有名人なんですよ。ジャンはモデルでもともと知られてるし、タクミの武術パフォーマンスは目立つしね。タクミってオタクのくせに、オタク臭ないでしょ? 顔立ちもキレイだから。僕なんかどこ行っても平凡で目立たないから、正反対だな」
羨ましげな口調だったので、よこ目で見る。ダニエルの口元に張りついたような笑みは、ややこわばっていた。
友人たちのあいだにも、いろいろとわだかまりがありそうだ。
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