《8月11日夜。南区シェリル宅。シェリル》
学歴もコネもないシェリルが都会で見つけられる働きぐちは少ない。
ウェイトレスの仕事は、なかでは時給がいいほうだった。喜んでとびついたのだが、一日中、立ちっぱなしでコマネズミみたいにテーブルからテーブルへ動きまわるのは、けっこうしんどい。客入りのいい店なので、くるくるくる。足はむくむし、もう田舎へ帰ろうかと思うときもないではなかった。
(だけど……もう遅いのよ。どうするのよ。このままじゃ家にも帰れない)
疲れて仕事から帰ってきて、とりあえずベッドに倒れこむと、テレビ電話がかかってきた。電話をつなぐと田舎の母の姿が浮かびあがった。
「あら、ダメじゃない。だらしないカッコしてるわね」
いきなり小言が来る。
「今、帰ったとこなの。疲れてるのよ。ママ。用がないなら切るけど?」
「だからママは都会の一人暮らしなんて反対したのに。帰ってきなさいよ。早く」
心配してくれているのはわかっているのだが、疲れているときに聞くと、もうウンザリ。
「何度も言ってるじゃない。もうすく結婚するんだから、帰らない。式は二人でやっちゃうわ。もちろんクリスマスには報告に帰るわよ——え? 今? ダメよ。忙しい人なんだから。何? ちゃんとした人に決まってるじゃない。サイコセラピストよ。会ったらママだって、絶対、好きになるんだから。じゃ、ほんとに切るからね。うん、うん。愛してる。パパにも言っといて」
しつこい偵察の電話を切って、シェリルは大きく息を吐きだした。
(ウソじゃないから。タクミと結婚するわ。どんなことしたって……)
イライラしながら、シェリルは爪をかんだ。
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