《同日、午後十時半。事務所兼リビング。タクミ》その二
ダグレスもうなずいて、続ける。
「それほどのものではなくても、一万ムーンドルでも充分、腹は立ちますね。とすると、犯人は奪われたカードをとりかえそうとしているとも考えられる。殺された少年たちの所持品にカードはありませんでした。犯人が持ち去ったのでしょう。現在、私服刑事がゲームセンター付近に目を光らせていますが、違法行為の少年ギャングがひっかかるばかりで、本命はなかなか。それで先日の話で、カードコレクターは仲間とネットワークでつながっているとおっしゃっていましたね? もし、詐欺被害にあって悔しがっている人物がいたら、教えていただけないでしょうか?」
ダニエルは神妙に腕を組んだ。
「うーん……まあ、やってはみます。が、コレクターの数は多いですからね。僕だってその全員と知りあいってわけじゃないですし」
「犯人の行動範囲から考えて、ディアナ周辺の住人であることはわかっています。警察はカード販売店をあたって、コレクターの情報を求めていますが、ネットオークションで購入するという手段もありますからね。個人コレクターのすべてを
タクミは知恵をしぼった。
「それなら、今度のサマーフェスタにミラーさんも来てみたらどうです? 会場の一画で、毎年恒例のホログラフィックス公式大会があるんです。それにともなってレアカードのオークションなんかもあるから、カードマニアが集まるんですよ。僕らといっしょに行きましょう」
ちょっとのあいだ、ダグレスは返答につまった。
オタクと思われるのがイヤだったのだろうか?
「……そうですね。そう聞けば、刑事として行かないわけにいきません」
「いろいろ案内しますよ。ダニーも行くし」
「では、お願いします」
タクミも気になっていたことを聞いてみる。
「それにしても、現場に残された天使のカードの番号って、なんのメッセージだったのかな」
「まだ、その謎は解けていません。動機から警察の目をそらすためのフェイクかもしれませんね」
しかし、目くらましならカードとは無縁のことを書けばよさそうなものだ。なまじっかカードに関することなど書き残したから、少年たちがカードギャンブラーだとバレてしまった。
(うーん。どうも犯人の意図がわからないなぁ)
そんなことを話しているうちに、女の子たちが天の岩戸をひらいてやってくる。和気あいあいとコーヒーブレイクをすごし、夜はふけていった。
「ああ、もうこんな時間。残念だけど帰るわ」
ミシェルが時計を見て言いだす。
「あ、じゃあ、おれ送るよ」と、ハンドミシンをなげだして、ジャンが立ちあがる。
「何言ってんの。方向違うじゃない。あんたはノーマ送ってやりなさいよ」
「ノーマだって方向違いだ。いいから送ってやるよ」
ミシェルは両親が離婚したときに、母が慰謝料の一部として夫から譲りうけたアパルトマンが東区にある。そこに母と同居していた。リラ荘からだと徒歩で五分ほどだ。
しかし、ジャンは怒った。
「バカ。いかれた連続殺人犯がウロついてんだぞ。女が夜に一人歩きなんかすんな。送るって言ってるんだよ」
タクミは苦笑した。
この二人は似た者同士でよく口ゲンカをするが、はたで見ているとすごく釣りあいがいい。見ためも美男美女で、すらりと背の高いミシェルと、抜群にスタイルのいいモデルのジャンがならぶと、ファッション雑誌の表紙みたいだ。
さすがに鈍感のタクミも、ミシェルが自分に気があるらしいのは察していた。
でもそれは苦しいときにセラピストとして力になったタクミに、擬似恋愛感情をいだいているだけだ。同じことはユーベルにも言えるのだが、ミシェルも早くそれを脱して、ジャンの気持ちに気づいてやればいいのにと思う。
「殺人犯が狙ってるのは男の子でしょ」
「わかんないだろ」
言いあいはあったが、けっきょく、ジャンがミシェルを、ノーマとシェリルはエドゥアルドが送っていくことになった。一人、中央区方面のエミリーがぽつんと残る。
「私も中央区だ。私でよければ」
ダグレスが言ってくれたので、タクミは彼に任せることにした。エミリー以外の女の子とユーベルが口元をゆるめたような気がしたが、タクミにはその意味を解せなかった。
客たちがひとかたまりになって玄関を出たときだ。
「何よ、これ。誰か変なもの落としてるわよ?」
「花じゃないか。落とし物じゃないだろ。わざと置いたんだ」
「悪かったわね。みんなの足でよく見えなかったのよ。シェリル、はしっこ、ふんでるわよ」
「やだ。どうしよう」
にぎやかな声が聞こえてくるので、タクミものぞいてみた。シェリルが足元の花と封筒をひろいあげているところだった。
青い
遺伝子組み換えで二十一世紀に造られた品種だ。たしか正式な品種名はブルー・ブラッド。西洋では高貴な血筋を青い血というらしいから、貴婦人をイメージしての命名だろう。
電子ペーパーの封筒には、宛名も差し出し人の名前もない。
「なんか気持ち悪いわね」
「すてちゃいなさいよ。タクミ」
「おまえ、妬いてんだろ。タクミにラブレターかもしれないからさ」
「違うわよ。差し出し人不明なんてイヤじゃない。紙片爆弾とかだったらどうするの?」
ここでもミシェルとジャンが言いあう。が、それはないだろうとタクミは考えた。爆弾テロにしては狙いどころが的外れすぎる。ただのオタクの集まりだ。
ミシェルが封筒をダストシュートになげこもうとする。
タクミはあわてて止めた。
「待って。仕事の依頼かもしれないから」
タクミが封筒をとりあげると、ダグレスがうなずいた。爆弾などの危険物ではないことを透視で確認したのだろう。
タクミは安心して封をひらいた。なかには一枚のグリーティングカードが入っている。白地に黒枠。まんなかに大きく黒い蝶のイラスト——
(これって、バタフライ? まさかね……)
じわじわとこみあげてくる不安を、タクミは抑えることができなかった。
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