《同日、夜。ディアナ南区。ダグレス》その二


 タクミがテレビ電話をかけるのを見て、ダグレスは遺体のある袋小路の奥へ歩いていった。まっさきに周辺をエンパシーでさぐるが、少なくとも周囲二十メートル以内に犯人らしき脳波は感じられない。人を殺したあとの異常者の興奮した脳波なら、かなり明確につかめるはずだ。ないということは、近くにはすでにいないのだろう。


「あの二人の証言はウソじゃないな?」と、ビルが確認をとってくる。

「二人ともエスパーだ。ブロックしている。だが、タクミの人柄は保証する」

「まあ、サイコセラピストがウソをつくとは思えないからな」


 サイコセラピストは性格が温厚、誠実でなければなることができない。協会の厳しい基準を満たしていなければ資格を得られないのだ。ゆえに、社会的にもっとも信用される職業の一つだ。


 ダグレスはエンパシーでの探索をやめて、殺人現場に目を移した。


 いつもと同じだ。容貌の整った十代の少年。心臓をナイフでひと突き。凶器は持ち去られている。かわりに、よこたわる少年のそば——今回は袋小路のつきあたりの壁に、子どもの落書きみたいなものがある。


 血文字だ。

 いつもそうなので、おそらく、今度も被害者の血だろう。

 血の尾ヒレのしたたる禍々しい蝶の絵と、意味不明な数字とアルファベットの羅列られつ。最初の一文字は必ずアルファベットのBで始まっている。


 これが、バタフライキラーの手口だ。


 ビルがダグレスに問いかけてきた。

「この数字は何を意味してるんだろう?」


 もちろん、ダグレスにわかるわけがない。ダグレスはエンパシストではあるが、サイコメトラーではないのだから。

 サイコメトリーはエンパシーの一種だが、目の前のものから過去の映像を見ることができる。


「それはデイブを呼んでもらわないと」

「いや、どうせ今回もムダだろう。こいつ、すごく頭のいいヤツだ。かんたんにボロは出してくれない」


 デイブはディアナシティポリスの数少ない超能力捜査官の一人。Bランクのサイコメトラーだ。現場に残された遺留品などから殺害状況を知ることができる。

 だが、バタフライキラーは自身がエスパーなのか、犯行時に制御ピアスをつけているらしい。これをされると犯人の思念はピアスに吸収されて現場に残らない。


 ビルはぼやいた。

「ヒントは自分の頭で考えろってことなんだろうな」

「ヒントなのか? これ」

「自己顕示欲の強い犯人がやるじゃないか。警察に挑戦してるつもりなんだ」


 超能力捜査官のダグレスが現場でできることは限られている。目撃者や関係者に偽証がないか確認すること。証拠品や危険物の探知。あとは鑑識がせわしなく動きまわるのを傍観しているばかりだ。

 ダグレスがタクミのところへ戻ろうとしたとき、ビルが肩を叩いてひきとめてきた。


「バタフライ野郎は子どものケツを追いまわす変態だぜ。なんでこっちをやって、あっちのカワイコちゃんはやらなかったんだろう? 暗がりと言っても、あの子は街灯の下に立ってたんだろ? あの子から犯人は見えなくても、犯人からあの子は見えてたはずだ。ターゲットを変えて、あの子をやろうとは思わなかったのかな?」


 バタフライがユーベルを見逃したのは、たしかに解さない。キレイな少年というだけなら、ユーベルで充分だ。それをわざわざ遠まわりして姿を隠し、別ルートをとって追いかけてまで、目的の少年を狙うのは奇妙な話だ。


「犯人が狙う少年には、容姿の美しさのほかに、我々の気づいていない共通点があるのかもしれない」

「いい線かもしれないな。だとすると、あの呪文はそのヒントかもしれないぞ」


 話しているところに、うしろから声がした。


「あのー、この近くにリリーちゃんのお母さんを飼ってる人のお宅があるそうなんですよ。その人が依頼人の友人なので、そこにリリーちゃんを預けてきます。五分ほどで帰ってきます」

「私が送ろう」


 ダグレスは率先して、タクミについていこうとした。どうせもう現場でできることはない。

 ところが、壁に描かれた血文字を見て、タクミはギョッとしながらも、つぶやく。


「ブースター01442か。デジットモンスターだったかなぁ? 67のカードってなんだろう」


 思わず、ダグレスはつめよった。と言っても、いつものように視線はあわせない。


「君、あの数字の意味がわかるのか?」

「え? ちょっと、怒らないでくださいよ。すいません。殺人現場で不謹慎でした。あんまりピッタリあてはまるから……」


 タクミが萎縮するので、ダグレスは声をやわらげた。


「責めているんじゃないんだ。どういうことか説明してほしい」

「いや、勘違いかも……」

「いいんだ。勘違いでも」

「えーと、じゃあ言いますけど、たぶん、ぐうぜんの一致ですよ」と、タクミは前置きする。


「BAj01442-067ですよね。大文字のBはブースターのことで、デッキセット専用はDなんです。そのあとの大文字はジャンルって言われるもので、一番大まかなカードの種類。Aはアニメーション全般。小文字は大文字について、大文字のカテゴリのなかでの詳しい区分です。区分のしかたはカテゴリによって違いますが、これはAjなので、ジャパニーズアニメですね。ハイフンの前の数字はカテゴリ区分のさらに細分化されたもの。じっさいに商品化されたときのブースターやデッキの種類がわかります。ここまでの記号が同じものがシリーズって呼ばれます。01442はデジットモンスターってアニメですね。ハイフンのあとの数字はシリーズのなかでカード一種類ずつにふられた製品番号です。つまりカードには一枚として同じナンバーはありません。マニアならナンバリング見ただけで、どんなカードのことか、だいたいわかります。僕は日本アニメしかわからないけど、CGクリエイターの作ったオリジナル映像ならクリエイターズでC。絵や写真はピクチャーでP。神話をモチーフにしたマイソロジーのM。映画はSとかね。ものすごい数のパックが出てますよ」


 ダグレスとビルの声が思わずそろった。

「なんのことだ?」


 すると、タクミは無邪気に笑う。

「やだなぁ。ホログラフィックスのことですよ。カードに入力されたデータを読みとって、立体ホログラフィーで戦うカードゲームがあるでしょ?」


 ホログラフィックスは月の市民なら、たいてい子どものころに一度は遊んだことのある玩具だ。昔で言うトランプくらい普及し、なじみ深い。

 言われてみたら、ブースターパックの袋にそんな数字が印刷されていたかもしれない。

 なかにはホログラフィーの美しさが芸術の域にまで達しているカードもあり、大人にも熱心なコレクターがいる。そう言ったカードはオークションで高値で取引きされているということだ。


「しかし、血文字は今回で六回めだ。これまでのすべてがカードにあてはまるだろうか?」

「ダニエル、おぼえてますか? ダニエル・カーライル。この前の引っ越しパーティーに来てた。あいつ、カードコレクターなんですよ。ほとんどのブースターを全種そろえてるから、そうとう詳しいですよ。とくに好きなのはクリエイターズですけどね」

「これから彼のところへつれていってくれないか?」

「いいですよ」


 闇のなかに飛びさった蝶の軌跡が、かすかに見えた気がした。

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