《7月16日、朝。T・T事務所兼リビング。タクミ》その二
そのあと、カフェには約束どおり十二時前につくことができた。
「いらっしゃーい。タクミ。奥の席あいてるわよ」
めざとくタクミを見つけて、シェリルがよってくる。
ユーベルが二人のあいだに割りこんで、タクミの腕をつかんだ。
「もう依頼人、来てるんじゃないの? ほら、あの窓ぎわ」
おっしゃるとおりだったので、タクミはふくれているシェリルを片手でおがんで、テレビ電話で見た依頼人のもとへ歩みよった。
「お待たせしました。ゲルダ・ブルデンさんですね? タクミ・トウドウです」
依頼人はいかにもやり手のキャリアウーマンで、年齢は三十代。すっきりカットした髪は濃い藍色。瞳は猫みたいな琥珀色だ。猫探しの依頼だが、本人も猫っぽい。
「私が早く来たのよ。仕事の切りがよかったから」
彼女はすでに注文のランチを半分片づけている。タクミたちがむかいの席にすわると、事務的に契約の処理をした。契約書にサイン。リリーちゃんの写真、キャリーバッグの受け渡し。
「じゃあ、一日も早く見つけてね。うちのリリーちゃんはさみしがりやなんだから」
さらっとパスタをたいらげて去っていく。自分の支払いだけ、きっちりすませて。
「探偵におごる筋合いはないわけか。失敗できないタイプの依頼人だなぁ。僕、ああいう人、苦手なんだよね——ユーベル? なんか感じる?」
ユーベルはむかいの席に置かれたキャリーバッグを射的の的のようににらんでいる。
「うん。今は……ハイドパーク。けっこう元気に冒険してるよ。さみしがりやっていうより、かなりオテンバだけど」
「エサはどうしてるんだろう?」
「通りすがりの人から貰ってる。ソーセージとか、サンドイッチとか」
「あ、よくない。人間の食べ物は猫には塩分強すぎる。チョコレートとか、猫に悪い食べ物もあるしね。早く見つけてやらないと肝臓傷めるぞ。ハイドパークか。すぐ行こう」
依頼人の住居は東区と中央区の境くらい。ハイドパークは中央区と南区のあいだだ。五キロほどの距離である。三日でよくそんなところまで移動したものだ。
月面都市の猫は地球サイズの半分から三分の一なのだ。食料事情が今より悪かったころ、経済的なペットとして、遺伝子操作で改良されたミニチュアサイズの犬猫が流行し、今も流通している。リリーのキャリーバッグも虫カゴほど。
「タクミ。昼ご飯は? お腹すいたよ」
ユーベルにせがまれて、タクミは観念した。正直言うと、ハイドパークで屋台のホットドッグでも買ったほうが安くつく。
「わかったよォ。好きなの頼めよ」
「じゃ、ぼく、ランチステーキセットね」
「高いの選ぶなぁ……」
厳しい依頼人の手前、ここは経費で落とせない。二人の一日ぶんの経費に近いくらいのステーキを自腹で払った。と言っても、ユーベルの食費は月々、彼の両親から受けとっているのだが。
昼食をすませてから、ハイドパークへタクシーでむかった。エアタクは反重力で浮かぶカプセル状の乗り物だ。個人では車の所有を認められていないので、道路はたいへん、すいている。公園入口についたのは一時ごろ。
「あっ、タクミ。ちょっとマズイ。移動し始めてるよ」
小さな体で元気いっぱいとびはねるチビ猫の映像を、ユーベルがエンパシーで伝えてきた。そこから猫の脳波をひろって、タクミはエンパシーで呼びかけてみる。猫には人間の言葉はわからなくても、感情をそのまま伝えるエンパシーでなら、意思の疎通がとれる。
『リリー。どこ行くの? ご主人が心配してるよ。いっしょに帰ろう?』
依頼人の顔を送ってみると、リリーは立ちどまってキョロキョロし始めた。飼い主を探しているのだ。
「よし。今だ。急ごう」
脳波を個体別にエンパシーで追うのは、相手が人間でも難しい。体の小さな動物ほど脳波も弱くなるので、手乗り猫一匹を大勢の人間が往来する公園のなかから探しあてるのは至難の業だ。
『リリー。出ておいでよ』
ときおりエンパシーで呼びかけながら、公園のあちこちを右往左往する。
「ああ、ダメだよ。タクミ。だんだん気配が遠くなってく感じ」
どうもリリーは目的があって移動しているようだ。
しょうがなく、タクミは依頼人に連絡をとった。
「お仕事中、すいません。トウドウです。今、ハイドパークにいるんですが、リリーちゃんがこの近辺で行きたがる場所はありませんか?」
カードパソコンの小さなモニターに映るキャリアウーマンは会議中のようだ。が、愛猫のことは心配らしい。
「ハイドパーク? じゃあ、きっと前の家ね。じつは一ヶ月前に今のところに引っ越して、以前の家がそのそばなのよ」
「そこの住所を教えてください」
所在地を聞いて電話を切った。
「南区の入りがけだ。南出口へ行ってみよう」
タクミはユーベルをつれて走りだした。
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