幕間10
――時間は少し遡る。
夜空に溶け込む黒い輸送ヘリが一機、高度三千メートル上空を飛行している。
CH-47Fチヌーク。
通常の輸送ヘリでは飛行は差し控えるような天候、高度、風向きでも運航可能な性能を有し、その優秀な輸送能力は軍事のみならず災害救助や人道支援などでも大活躍している多目的ヘリである。
そして獅子堂重工が自家用として保有しているこのヘリには、独自の改造が施されてあった。
夜間偵察用としてローターは可能な限り静音性が優れたものに交換され、機体全体はレーダーに探知されにくい特殊なステルス塗料で黒く塗装されている。
操縦はAIによって完全リモート化され、コックピットはあって無いようなものと表現できるほどコンパクトに縮小している。その分だけ空間をより広く確保でき、与圧や酸素供給装置など高高度の飛行に必要な設備の充実に加え、居住性もかなり高い。
「――降下五分前! ハッチ開放!」
出嶋の指示に、ヘリの後部ハッチが開いた。
機内に流れ込む冷たく激しい寒風が、その場に居る全員の気を引き締めさせた。
「――デコイ降下!」
美術館にも使った改造ドローン五機を囮として先行させる。
後から降下するクロガネ達の安全を少しでも確保するためだ。
「……侵入方法がまさかのスカイダイビングとはね」
黒い戦闘服に身を包んだクロガネが呆れると、特殊ゴーグルの無線を通して右隣に立つ新倉が話し掛けて来た。
「今更だな。ちゃんとブリーフィングはしただろ?」
新倉もクロガネと同様の恰好をしており、左腰には愛用の高周波ブレードを専用ベルトで帯びていた。
「いやいや、流石にこの高さからパラシュートなしで飛び降りるとは想像してなかったよ」
やはり同じ格好をした左隣の怪盗が、そう言って苦笑する。
一歩間違えば、ありえない高さからの飛び降り自殺になりかねないというのに、この男も随分と肝が据わっている。
「ちゃんと動くんだろうな、コレ……」
クロガネは半信半疑で、今回の降下作戦で出嶋から受け取った金属質の『傘』を見やる。
プロペランブレラ(仮)。
獅子堂重工が最近開発したばかりの試作型携帯用飛行ユニットである。
ボタン一つで折り畳まれた四枚のローターブレードが傘のように展開し、高速回転して浮力を発生させる原理そのものはヘリコプターと同じだ。
だが、個人で持ち運べる大きさと重さ、人ひとりを宙に浮かせて移動させるには出力不足であると出嶋から説明された。
とどのつまり飛べない。飛行ユニットとは一体?
とはいえ、落下速度を緩和させて滑空することは充分に可能で、操作も簡単。静音性も優れているらしい。
「――成人男性の平均体重を再現した僕のアンドロイド端末が、今回と同じ高度三千メートルからテストした結果、無事に着地できたし安全性は保障済みさ。流石に生身の人間で行うのは、今回が初めてだけどね」
「ああ、そうかい」
出嶋の最後の台詞に辟易するクロガネ。
だが、いまさら後戻りは出来ない上に時間もない。
覚悟を決めた三人は激しい風に逆らって足を進め、解放されたカーゴハッチの端に向かった。
「――降下二分前! 現在デコイが対空機銃を撹乱中! 一機被弾、大破! 残り四機!」
眼下には夜空と同じ色の海が広がっている。
あまりの高さと風の強さに思わず委縮してしまいそうな中、黒い海上に浮かぶ豆粒大の白いクルーズ船が際立って見えた。
あれが目標だ。あそこに美優と銀子がいる。
「――降下十秒前! 降下ルートクリア!」
緊張を押し殺してクロガネが先頭に立ち、次に新倉、怪盗が続いた。
眼下の船から、あらぬ方向に向かって
「――カウント……五! 四! 三! 二! 一!」
出嶋による最終カウントダウンが聞こえる。
そしてこのタイミングで、ずっと黙っていたナディアから号令。
「鳥になってこイ! 幸運を祈ル!」
「お前それ言いたかっただけだろ!」
背後……機内の奥から某蛇の人で有名なゲームの名台詞を言い放ったナディアに、きっちりツッコミを入れつつサムズアップを掲げて見せ――
――クロガネは、機上から虚空へと身を投げた。
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