10.二人のお嬢様と逃走劇

 常識外の怪物に攫われた美優と銀子は、豪華なクルーズ客船の客室に閉じ込められた。

 細長い覗き窓が付いた分厚い鉄製の扉は、外側から電子錠によって施錠されている。どうやらこの客室は独房、もしくは監禁部屋として機能しているようだ。

「まったく、どこの造船メーカーがこんな改造を……会社のコンプライアンスは一体どうなっていやがるのでしょう?」

 扉に張り付いて通路側の様子を探りながら文句を零す美優に、

「そのメーカーも、連中とグルだったって話でしょ」

 覇気のない銀子は、手近にあった椅子に腰掛ける。

「……扉の向こうには人間に擬態した『深きものどもディープワンズ』が見張っていますね。何とかこの部屋から出たとしても、武器もなければまたすぐに捕まってしまいます」

 監禁部屋として改造した室内はネット回線が切断してあるのか、PIDは圏外である。LAN端子も元々備えていないため、有線無線問わず美優のハッキングが使えない。勿論、内線電話といった備え付けの通信端末もなかった。

 それでも何かないかと、美優は部屋中を探索する。

 元が客室であるからか内装はやたら豪華だ。

 そして意外にも、グロテスクな怪物たちのアジトにしては掃除が行き届いている。恐らくは人間を欺くために清潔にしているのだろう。

 トイレやバスルームは元より、柔らかいベッドが二つにテレビや冷蔵庫(ただし中身は空)もあって至れり尽くせりだが、天井の随所に監視カメラが設置されてあって室内の様子が丸見えだ。それはトイレやバスルームも例外ではなく、嫌でも監禁部屋であることを認識してしまう。

「お風呂やトイレにも監視カメラですか。デリカシーがないにも程があります」

 まったく、と憤慨した美優は、銀子の近くにあるベッドに腰掛けた。

「初めてのクルーズ船が、こんな形になるとは思いませんでした。もうちょっとこう、楽しいイメージをしていたのに……残念です」

「……拉致られたのに、随分と余裕ね」

 明らかに気落ちしている銀子。

 クロガネ達の意図的な茶番で正気を維持していたとはいえ、逃げ場のない人外の怪物たちが巣食う船に拉致されたとあっては平然としていられない。

「白野さんこそ、この状況でパニックにならないだけ相当タフですよ」

「タフって……まぁ、この手の誘拐や拉致なんかに注意するよう、子供の頃から親にしつこく言われてたし、何となく慣れてるのよ。拉致られた時の対応とかも教わったけど、あんな怪物たちに金銭的な取引が通じるかどうか……ぁ」

 そこまで言って、真顔でじっと見つめている美優に気付き、銀子は「しまった」と顔をしかめた。

 弱気になっているせいか、つい口を滑らせてしまった。これでは自分が名家の出身であることを明かしたようなものだ。

 銀子はしどろもどろに弁解する。

「えっと、これはその、私の家はそこそこのお金持ちで、箱入りだったから」

「誤魔化さなくて良いですよ、既に知ってます。

「!」

 美優の口から出た自身の本名に、ぎくりとする。

「……どうしてそれを」

「初めて私が起動した時、すでに獅子堂の家系データが入力されてありました。私のお母さん……獅子堂莉緒の従姉が銀子さんであることも。直にお会いしたのは、今回が初めてですが」

「……流石、が造ったガイノイドね。今の今まで私の素性に触れなかったのは、空気を読んでいたからとか?」


「いえ、個人的に貴女のことが気に入らなかったからです」


 ずばりと言い放った辛辣な理由に、銀子は絶句する。

「私の所有者マスターであり、母が誰よりも信頼していたクロガネさんに対して無礼な態度を取っていた貴女とは、あまり関わり合いたくありませんでした」

「……正直ね。あまりに正直すぎて結構ダメージが大きかったわ」

 そう言って銀子は席を立つと、美優に向かって深々と頭を下げた。

「アナタのご主人様を悪く言って、本当にごめんなさい」

「許します」

 即、許しが出た。

「誠意ある心からの謝罪であれば、私が貴女を嫌い続ける理由がありません。どうか、頭を上げてください」

「……ありがとう」

 銀子は頭を上げ、美優と笑みを交わす。

「ところで、なぜ白野さんは探偵を?」

 和解するや、美優は銀子にそう訊ねた。何だかんだクロガネをライバル視する彼女に対し、少なからずの興味は覚えていたようだ。

「失礼ながら分家筋とはいえ、獅子堂家のお嬢様なら家を出る必要はないと思いますが……」

 もっともな疑問に、銀子は目を泳がせて頬を掻いた。

「何て言えば良いかな……単に、家の跡継ぎのために生きたくなかったから独立したんだよ。色々な仕事のオーナーを兼任して探偵をメインに選んだのは、子供の頃に莉緒ちゃんと一緒に観たドラマに憧れていたからかな」


 銀子曰く。


 きっかけは七ヶ月前の三月下旬に起きた、獅子堂玲雄の粛清。

 獅子堂家の現当主である光彦が、実の息子を表向きは事故死として処理した後、一族の間で後継者についての議論が起こった。


 玲雄の妹である莉緒は三年前に病死しているため、本家筋の光彦には他に跡継ぎとなる実子は不在である。

 そこで光彦の弟である晃司の子供たち――獅子堂の分家筋が次代を担う後継者として、その序列と価値が一気に上がったのだ。


 晃司の子供たちの中には銀子も含まれていたが、元々分家筋で兄と弟が居ることもあり、跡目争いには興味が毛頭なかった。

 晃司が経営する大手セキュリティ会社『ガーデン・オブ・ガーディアン』、その子会社を運営する若き女社長として、悠々自適に日々を過ごしていたのである。


 しかし玲雄の死後、晃司は自身とその家族が次代の当主の座に就ける可能性を大きな機会だと捉え、分家側が有利になるよう銀子に政略結婚の話を持ち掛けて来たのだ。


 それが、銀子が家を出る決め手となった。


 会社を後進に譲り、母方の姓である『白野』を名乗り、当時専属の使用人だった藤原優利の首根っこを掴んで独立したのである。



「……そもそもの発端は、私も絡んでいたあの一件だったのですね」

 話を一通り聞いた美優は、何とも複雑な表情を浮かべた。

 美優にとって七ヶ月前の事件は、初めてクロガネと出会った特別なものだ。だが一方で、銀子の運命にも多大な影響を及ぼしてしまったらしい。

「玲雄が死んだ後の家族会議の時に、安藤さん……莉緒ちゃんが遺したガイノイドのことを知ったよ」

「なるほど、通りで……」

 規格外のハッキング能力を目の当たりにした最初こそ驚いたものの、以降はすんなりと受け入れ、あまつさえクロガネから美優を引き抜こうとした銀子の高い順応性は、既に前情報があったからだ。


 ちなみに。

 会議では莉緒の子宮を引き継いだ美優に代理出産という形で本家の後継ぎを作るという案もあったが、ガイノイドに不信を抱く一部の者が反対したため保留となっている。


「まぁそんな感じで、私が結果を出そうと躍起になっていたのは、名実ともに探偵として名を馳せれば、親父殿も余計なことを言わなくなるかなーって考えていたからよ」

「……その口ぶりだと、もしかして今も?」

「まぁ、時々連絡が来るのよ。危ない目に遭ってないか? とか、心配だから家に戻ってこいとか」

「血は争えませんね」

 光彦も莉緒の忘れ形見である美優を孫娘同然に溺愛している。

 多忙であることを理由に、実子である玲雄と莉緒に構ってやれなかった負い目もあるのだろう。

 光彦の弟である晃司も、跡目争い以前に銀子のことを大事に想っているに違いない。

「ちなみに、ウチの父親と光彦伯父さんの仲は割と良い方よ。とはいえ、身内同士の面倒事に巻き込まれるのは御免だけど。まして、政略結婚は特にね。人生の伴侶くらい、自分で選びたいじゃない」

「解ります」

 大きく頷く美優。クロガネの助手として彼の元に預けてくれた光彦には感謝しかない。

「白野さんにとって、その伴侶が藤原くんなのですね」

「えっ」

「えっ」

 予想だにしなかった美優の一言に、銀子は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まる。やがて再起動。

「い、いやいやいや。ユーリとは昔馴染みなだけで、別にそういった風には見てないよ」

「そうですか? 藤原くんは白野さんのことをかなり慕っていましたし、白野さんも藤原くんのことをとても信頼しているとお見受けしましたが? 現に、怪盗と入れ替わった際、彼の安否を気にしていた発言が」

「あーあー聞こえなーい」

 両耳を塞ぎ、美優の台詞を遮る銀子。その顔がほんのりと赤く染まっているのを見て、美優は感慨深く頷いた。

「なるほど、これが噂のツンデレというやつですか」

「ツンデレちゃうわっ」

「聞こえているじゃないですか」

 などと、ガールズトークを弾ませていると。


 ――ピー、カシャンッ。


「「ッ!」」

 甲高い電子音と共に扉のロックが解除され、二人は思わず立ち上がって身構える。

 扉を開け、痩身の男がAK47で武装した護衛ふたりを連れ添って現れた。

「……こんばんは、お嬢さん方」

 目の下に隈を作り、やつれた顔をした男がそう挨拶する。

 首筋にエラを備えた護衛ふたりは人間に擬態した半魚人であることが一目で解るが、彼は普通の人間のように見えた。

「ん? どこかで見たような……」

 見覚えのある男の顔に、首を傾げる銀子。

「元整形外科医の出目治です」

 美優の即答に銀子は「ああっ」と膝を打つ。

「結婚詐欺師・青葉信子と共犯だった」

「気安く信子の名を言うなッ!」

 突然出目が怒鳴り散らし、懐から拳銃を抜いた。

 思わず身を竦ませた銀子を、美優は背中に庇う。

「お前達だ……お前たちのせいで、信子は……信子は殺されたんだ!」

「自業自得です。報復されると解っていながら犯罪行為に手を染め続けていたのですから」

 激昂する出目に対し、美優は冷たい正論を浴びせる。

 一方の銀子は「あまり刺激しないで……!」と、少し涙目。

「それよりも、どうして貴方がここに? 先日逮捕されたばかりで、今も勾留中の筈では?」

「ああ……そうさ、お前達のせいで信子は死んで、私の人生設計も全部パーになって、絶望していた時、『あの御方』が助けてくれたんだ……」

 美優の当然な疑問に応じた出目は、訥々とつとつと語る。



 ――出目が鉄格子の中で愛する者を失った悲しみに溺れて狂い掛けたその時、目の前に『褐色肌の美しい神父』が現れた。


 ボロボロになった心に染み渡るような優しい声音で、神父は出目に問い掛ける。


「迷える人の子よ、貴様の愛する者を追い詰めたのは誰だ?」


「その女に罪はあれど、心の底からその者を愛していた貴様のその感情は、純粋かつ尊いものだ。その事実は、何人たりとも侵せない真実であり、聖域である」


「その聖域を汚されたまま、何もせず悲しみに打ちひしがれて終わるのを望むか?」


「それとも、亡き恋人と貴様自身の無念を晴らすために行動するか?」


「失うものが何もない今ならば、己が思うがままに復讐するも良し。望むのであれば、私がその舞台を整え、必要な物を与えよう」


 自身に非がないと認めてくれた上で訪れた選択肢。

 出目は迷わず、縋る思いで神父の提案に乗った。


 その後はどんな魔法を使ったのか、神父はあっさりと牢の鍵を破り、看守はおろか警察署内に居た人間や監視AIにすら悟られないまま出目を外に連れ出した。

 そして、神父と同盟関係にある『深きものども』と出目はを結び、亡き恋人の無念を晴らすため、クロガネ探偵事務所と白野探偵社に復讐する機会を狙っていたという。


「とんでもない悪徳神父ですね。完全に悪魔の契約でしょう、それ」

 話を最後まで聞いた美優がそう言うと、

「黙れッ!」

 出目は感情のままに引き金を絞り、拳銃を発砲した。

 慣れない射撃で放たれた銃弾は、美優の背後にあった壁を穿つ。

 発砲の瞬間、銃口の角度から弾道を計算し、当たらないことを確信していた美優は微動だにしない。

「ハァッ、ハァッ! クソがッ!」

 一方で出目は荒い呼吸を繰り返し、血走った目で頭をガシガシ掻き毟る――と。

 頭皮からごっそりと毛髪が抜け落ち、皮膚に鱗の模様が浮かび上がり、口の端が耳の方へ徐々に裂けていく。

「それは……!」

 息を呑む銀子に、出目は自身の手を見る。

 指の間に水かきのようなものが生じ、肌の色が青黒くなり、爪が鋭く伸び始めていた。出目の肉体は人のものから異形の怪物のものへと徐々に、そして確実に近付きつつある。

「……ああ、『深きものども』と結んだ契約だ。極度のストレスでいずれ怪物に変身してしまうと、あの御方から聞かされていた。そして、二度と人間の姿に戻れなくなることも」

「やはり、悪魔契約じゃないですか」

 美優の呆れた一言に、出目は確固たる決意と共に即答し一蹴する。

 異形の手から顔を上げた出目は、二人の女探偵を見据えた。

「この契約によって、お前達に復讐する力と機会を手に入れたんだからなぁッ!」

 拳銃を捨てて突進してきた出目に対し、美優は銀子を横に突き飛ばす。

「安藤さんッ!」

 尻餅をついた銀子の悲鳴をよそに、出目は人外の力で美優をベッドに突き飛ばすと馬乗りになる。

 助けに向かおうとする銀子に、

「動クナ!」

 護衛の『深きものども』が銃口を向けて動きを封じた。

「あの御方からお前のことは聞き及んでいる」

 マウントを取った出目は美優の胸倉を両手で掴むと、


 ビリッ!


 下着もろともブラウスを強引に引き裂き、美優の素肌を外気に晒した。

「くっ……!」

 羞恥以上の嫌悪感に、美優は顔を歪ませる。

と信子を嵌めた探偵が大切にしている助手、妊娠可能なガイノイド。お前を散々犯してバラバラに壊したら、あの探偵も俺以上に苦しんでくれるよな?」

「や、やめてッ!」

「お前は後で犯してやる!」

 自分事のように悲鳴を上げる銀子に、出目は肩越しに振り返って鋭く言い放つ。

「そこの護衛達と一緒に輪姦まわしてやるよ。楽しみにしているんだな」

「こん……のッ、ゲス野郎……ッ!」

 恐怖と怒りで涙目になりながらも、銀子は憎々し気に吐き捨てる。

 その罵倒ですら心地よく聞こえた出目は、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 さて、と出目は自身の下に組み敷いた美優に向き直る。

「いかに馬力のあるガイノイドでも、ここまで密着した状態では抵抗できないそうだな」

 人間と限りなく近い質感を備えた胸部――二つの美しい丘を出目が乱暴に掴み、その感触を楽しむかのように揉みしだく。

 途端。

 美優の表情が、能面となる。


「……貞操の危機を感知。リミッターを限定解除」

 機械的にそう言うや、美優の両手が出目の脇腹を掴んで持ち上げる。


「なっ」

 驚く間もなく宙に浮いた出目と仰向けになった自身の隙間に膝を引き寄せた美優は、


「前回のようにはいきません」


 豪快な巴投げを披露した。


 七ヶ月前の獅子堂玲雄に襲われた一件を教訓として、自身に施されている制約プログラムの一部を書き換えていたのだ。

 勿論、それはサイボーグ基本法違反であるのだが、「正当防衛」「加害者は人外」「貞操の死守」という個人的な三大要素に基づき全力で気にしないことにする。


 ガイノイドの有り余る出力によって、大砲から発射された砲弾のように水平に投げ飛ばされた出目は轟音と共に頭から壁に激突――

 首から上が壁の中に埋まり、手足が力なく垂れ下がる。

 強姦魔とはいえ、仮に相手が人間ならば美優もここまでの反撃は流石に躊躇うことだろう。だが、人間で在ることをやめた悪意と敵意と害意の存在ならば、一切の容赦はしない。罪悪感すら皆無だ。

 自由を得た美優は、振り抜いた脚を下ろした反動を利用してベッドから起き上がり、銀子を牽制していた『深きものども』に突進する。

 慌てて『深きものども』がAK47の銃口を向けてくるも、それぞれの銃身を掴んで自身から射線を逸らしつつ、右手側の銃身は左手側の敵に銃口を向けた。

 その際、てこの原理によって敵の人差し指が引き金を引いてしまい、左隣に居た『深きものども』を蜂の巣にした。

 美優は左手を素早く振り、スーツの袖口から飛び出した小型のスプレーガンを掴み取るや、右手側の『深きものども』の顔面に噴射する。

「みぎゃあああああああああッ!?」

 銃を手放し、大きな両目を押さえて悶絶する半魚人。思わぬ攻撃を喰らって人間の擬態が解けている。

「全身が粘膜みたいなものだと効果覿面こうかてきめんですね」

 唐辛子エキス配合・護身用催涙スプレー(熊撃退用)。

 袖口に忍ばせるサイズと容量の都合上、一回きりしか使えないが戦果は充分だ。空になった催涙スプレーを捨てた美優はAKを拾い上げると、すぐさま残弾数を確認し、セレクターをセミオートに合わせる。

 そして、未だにのたうち回っている半魚人の頭を撃ち抜いた。

 異形の死体は泡となって消失し、監禁部屋のカードキーを入手する。

「銀子さんはこれを」

 出目の拳銃を拾い上げ、グリップを向けて銀子に手渡す。

 銀子は受け取った拳銃の弾倉を抜いて残弾を数えてからグリップに戻し、スライドを僅かに引いて薬室に初弾が装填されてあるのを確認する。獅子堂家の教育の賜物か、拳銃所持の研修と訓練をしっかり受けたからか、一連の動作に無駄がなく手慣れている。

「ここから逃げましょう。付いて来てください」

「う、うん」

 ベルトに予備弾倉を挟み、はだけていた胸元を気休め程度に直した美優は、銀子を先導する。

 監禁部屋を出ると、扉のすぐ横で待ち構えていた半魚人が襲い掛かって来た。

 室内の異変を察知したのか、人間の擬態を解いて戦闘モード状態だ。

 敵が向けてくるAKを美優は銃床で打ち払い、腹部を蹴り飛ばす。

 間合いが開いたところですかさず頭部に二発撃ち込み、死亡確認する間もなく走る。

「至近距離でのライフル弾なら、倒し切れますね」

「でも今の銃声で増援が来るんじゃ……」

 美優のやや後方を走る銀子がそう不安を口にする。

「問題ありません。ここから本領発揮です」

 監禁部屋から出たことで、船内のネット回線が使えるようになってからは美優の独壇場だった。

 現在の状況を暗号化させて救難信号と共に外部に発信。

 船内各地に設置されてある監視カメラと常時同期することで半魚人の位置と進行ルートを精確に把握し、自身と銀子の姿を映像から消すことで有利に立ち回っている。

 物陰に身を潜めて敵の捜索をやり過ごし、落ち着いたところで銀子は美優に小声で話し掛けた。

「ところで、どうやって脱出を?」

「救難ボートを使います」

 互いの死角をカバーしつつ、用心深く船内を移動する。

「大丈夫なの? 連中、いかにも泳ぎが得意そうな見た目よ?」

「監視映像をハッキングして、私達の偽映像を割り込ませます。可能な限り連中を撹乱させて、私達が逃げ切れるまでの時間を稼ぎます」

「……それはちゃんと勝算があってのことよね?」

「現状だと成功率64%です」

「失敗率四割は結構デカくない?」

「ですが他に方法は……ぁ」

 不意に言葉を切った美優の顔が綻ぶ。

「今できました」

「えっ」

「脱出の成功率、86%。あと二分で救援が到着します」

 先程の救難信号が届いたらしい。銀子の表情も明るくなる。

「ですが、合流予定地点に『深きものども』が二体陣取っています」

「……迂回するのは」

「その場合、合流まで四分のタイムロス。並びに私達と助けに来た味方の生存率が18%ダウンです」

「……最短で行きましょう」

 腹を括って即決する銀子だが、拳銃を握る両手は小刻みに震えていた。痩せ我慢であるのは明らかだが、本当に強い人だなと美優は感心する。

「解りました。私が先行するので、援護をお願いします」


 安藤美優と白野銀子。

 共に獅子堂家に属する二人のお嬢様は、クルーズ船の甲板を目指して船内を駆ける。

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