11.籠城と合流

 船内の通路上では、激しい銃撃戦が展開されていた。

 美優はAKを指切り連射し、立ち塞がる半魚人たちを撃破していたが、ついに弾切れとなる。

 予備弾倉もない。

 前方にはまだ敵が一体健在。

 ここで仕留めなければ仲間を呼ばれてしまう。

「突撃します! 援護を!」

 銀子にそう指示を出すと、美優は躊躇なく物陰から飛び出した。

 敵弾が肩と脇腹に被弾する。だが気にしない。

 銀子は慌てて遮蔽物に身を隠しつつ拳銃を連射し、半魚人の動きを牽制する。

 美優は全力で通路を駆け抜けた勢いのまま跳躍し、熱を帯びたAKの銃身を半魚人の大きな眼に深々と突き刺した。

「みぎゃぁああああああああッ!」

 耳障りな悲鳴を上げて悶絶する半魚人をよそに、美優は通路の壁に設置されてあった消火器を手に取った。

 そして思い切りフルスイングして半魚人の頭に叩き付け、吹き飛ばす。

「走って!」

 美優の指示に物陰から飛び出した銀子が合流し、二人揃って通路を駆け抜ける。

「そちらの弾は?」

「ごめん、もうない」

 十字路の手前で一度立ち止まって周囲を警戒し、敵影がないことを確認した美優は屈んでズボンの裾を捲り上げた。足首に巻かれたホルスターから小型のリボルバーを抜くと、

「気休め程度ですが」

 銀子に手渡す。

「これは?」

「スミス&ウェッソンM49ボディガード、クロガネさんが以前使っていた銃です」

「黒沢が……」

 改めて手渡されたリボルバーを見る。

 サムピースを押して蓮根型の弾倉をスイングアウトし、弾丸が五発フル装填されてあるのを確認して弾倉を静かに戻す。

 かなり使い込まれているが、手入れがしっかり行き届いているのが見て取れた。

「……いや待って」

 ふと、何かに気付く銀子。

「黒沢は見た目未成年でガイノイドで無免許の安藤さんに銃を預けているの?」

 鋼和市に限り、警察や自衛隊を除く一部の職業のみに拳銃所持を認める制度がある。だが、そのライセンスを取得する条件は二十歳以上で面倒な手続きと試験が必要なのだ。ガイノイドを含む人型オートマタに、この制度が適用されるのかはさておき。

「御守り代わりです。余程のことがなければ、私から発砲することはありません」

 と、美優。

「余程のことって」

 まさに今である。

 先程からライフルを撃ちまくっておいて今更である。

「まぁ、今回ばかりは仕方ないか……」

 現に美優のお陰で助けられているため、銀子も強くは言えない。

 と。

 どこか湿ったような足音が近付いてくる。

 新手だ。

「……行きます、合図をしたら走ってください」

 小声で指示する美優に、銀子は無言で頷いた。

 やがて、曲がり角からAKを手にした半魚人が二体現れる――寸前で飛び出した美優が消火器を噴射。

「みぎゃッ!?」

 半魚人たちの視界を奪うと、空になった消火器を振り被った。


 ごぉん! がぁん!


 快音と共に一体目の頭を殴り飛ばし、即座に二体目も薙ぎ払う。

 視界が遮れた中、銃口を向けようとした半魚人の顔面に、ダメ押しとばかりに消火器を投げ付けた。

「走って!」

 消火剤を吸い込まないよう鼻と口を手で押さえて目も伏せていた銀子の肩と腰に手を添え、素早く移動する。

「邪魔ッ!」

「ぎょぶッ!?」

 床に伏したまま手を伸ばしてきた半魚人の頭を、美優は擦れ違い様に容赦なく蹴り飛ばした。



 ***


 滑空したプロペランブレラ(仮)から手を離し、それなりの高さから飛び降りたクロガネは、背中を向けていた半魚人を蹴り飛ばしつつクルーズ船の甲板に着地した。

 転がるようにして受け身を取るや、サプレッサーを装着したベルギー製の個人防衛火器PDWの銃口を倒れた半魚人に向けて発砲。押し殺した銃声と共に放たれた銃弾は、異形の頭を易々と貫いた。

 即座に周囲を警戒すると、怪盗も同じように半魚人を射殺し、新倉は高周波ブレードで音もなく斬殺していた。

 ふと、手放した機械仕掛けの傘が明後日の方へと飛んでいくのを何気なく見送る。

 デコイが対空砲のタゲを取っていたとはいえ、降下中は生きた心地がしなかった。ここまで命懸けのスカイダイビングは二度と御免である。

『――全員の着地と甲板の制圧を確認……おっと、最後のデコイが大破。結構ギリギリだったようだ』

 クロガネはゴーグルのフレームに手を添えると、レンズに味方の位置情報が映し出される。

 白いマーカーは自身のもので、緑のマーカー二つが味方である新倉と怪盗のものだ。

『――それじゃあ、フェイズ2に移行しよう。船内に侵入してお姫様二人を保護してくれ。お二人のPID信号をマップにマークしておく』

 事前にインストールされた船内見取り図に、黄色いマーカーが二つ新たに追加される。美優と銀子はショッピングモールに居るようだ。てっきり客室あたりに監禁されているとばかり思っていたが、逃げ出したのか?

『――僕と〈スナイパー〉は退路を確保しておく。君らが船内に侵入したら、こちらからの連絡は基本的に無いと思ってくれ』

「了解した。これより船内に侵入する」

『――気を付けて行ってらっしゃい』

 通信を切り、三人は怪物たちが巣食う船内へと足を踏み入れた。



 ***


 ほぼ丸腰の状態で船内を走った美優と銀子は、ショッピングモールに辿り着く。

 当初の予定では甲板付近で救出部隊と合流する筈だったのだが、追手の増員に伴い迂回を余儀なくされたのだ。

 いかに美優が船内のセキュリティを掌握し敵の動きを常時把握していたとしても、海上のクルーズ船という限られた空間内でローラー作戦や人海戦術をされては手の打ちようがない。武器弾薬も枯渇し、戦力も地の利も敵に分がある状況だ。


 銀子がショッピングモールのシャッターを下ろして施錠し、美優が熱源探知などのセンサー類を駆使して施設内の索敵を行う。

 敵影ゼロ。ひとまずの安全が確認されて一息つく。

「ここで少し休憩しましょう」

「……そうね」

 ここまでの逃走劇に、美優はともかく銀子の消耗が激しい。

 美優はモールの中央にある大黒柱を囲むように設置された椅子に銀子を座らせる。

「白野さんは休んでいてください。水や食糧を調達してきます」

「ごめん、ありがとう」

 美優は近くにあった電子案内板を操作して二秒で目的の店舗の位置を確認し、その場を離れた。



「ふぅ……」

 銀子は椅子の上に横になって疲れた身体を休ませる。

 一時的とはいえショッピングモールに籠城とは、まるでゾンビ映画みたいだ。水や食糧、武器になりえそうなもの(流石に銃は置いてないだろうが)も一通り揃っている。

 映画ではバリケードを作ってゾンビの侵入を防ぎつつ救出されるまで耐えるのが定番のストーリーだが、籠城している人間同士が内輪揉めを起こして危機的状況に陥るのがお約束だ。

 とはいえ、籠城しているのは従姉妹違いとも言えるガイノイドと自分の二人だけ。トラブルが起きるような関係でもない。

 すでに救出部隊は来ている上に、敵はゾンビじゃなくて半魚人。しかも色々な意味で理解できない邪神とやらまで存在している。

「……本当に映画みたいな話よね。探偵として怪盗を捕まえる筈が、どうしてこうなった?」

 あまりに濃厚すぎる展開に今更ながら頭を悩ませていると、ガラガラと車輪を転がすような音に身を起こす。

 ショッピングカートに水や食糧、救急キットなどの必要な物資を大量に載せて美優が戻って来た。持てるだけ持って来たのだろう、背中にはパンパンに膨れた新品のリュックサックを背負っている。

「随分と沢山持って来たのね……」

 簡易トイレに生理用品まで調達してあった。

「救出部隊が撤退、あるいは全滅する最悪の展開を想定したまでです」

 美優の淡々としたその台詞に、「えっ」と銀子の表情が強張る。

「あくまで想定です。今のところ、クロガネさん達は無事ですよ」

 やはりというべきか、駆け付けてくれた救出部隊はクロガネ達だったらしい。そして信頼する相棒に万一の事態が遭った時のことまで考えている美優が、少し怖い。その合理的で冷静な思考が、本当に彼女は機械なんだなと銀子は改めて思い知る。

 と。

 おもむろに美優は服を脱ぎ出した。

 カートの中には新品のブラウスと下着もあった。出目に破られたものと交換するのだろう。

 例え作り物だとしても、美優の肌はキメ細かく、白磁のように美しい。

 ……左肩と右脇腹に、鉛玉が突き刺さっていなければの話だが。

 美優はカートの中からバターナイフを取り出すと、躊躇なく自身の肌に刃先を突き立てた。

 表情を変えず、銃弾を抉り出す。

 弾頭が潰れた銃弾が音を立てて床を跳ね、傷口からは微かに焦げ付いた人工筋肉と金属骨格が見えた。

「……痛くないの?」

 銀子は思わずそう訊ねてしまう。

「痛覚はありませんが、被弾した日時が自動的に記録されます」

 つまり、外傷を被った瞬間のデータが『痛み』として記録されるらしい。

 美優は傷口を消毒をすると、医療用パッチを貼り付けた。念には念を、事情も知らない人間にガイノイドだと看破されないよう傷口を隠しているのだろう。

「ここから脱出できたら、ちゃんと修理しないとね」

「外傷は時間経過で塞がります」

「……え?」

 銀子は戸惑った声を上げると、美優は真新しいブラウスに袖を通しながら説明する。

「私の義体はフレームや機関部、人工筋肉以外の外側の部分は有機生体パーツなんです。排熱は髪の毛に擬態した放熱線で行うため汗は出ませんし、排泄物も出ない仕様ですが、食物からの物質代謝で細胞を更新しています。サブ動力もリン酸結合ですし、シリコンの肌に合成繊維の髪をしたそこらのアンドロイドやガイノイドとは次元が違います」

「それは……何というか、レプリカントやターミネーターみたいな感じよね? まるでSFじゃない」

 銀子の率直な感想に、「む」と美優は憮然とする。

「実現すればそれはSFではなく現実ですよ。現に私はここに居ます」

「……現実、か」

 その言葉の重みに、銀子は思わず手にしていたリボルバーを見やる。

 指先一つで人間を簡単に殺傷できる武器を手に、常識外の恐ろしい怪物と敵対している。それこそファンタジーな話だが、現実なのだ。


 ――いつから私はこんな世界に迷い込んでしまったのだろう?

 ――悪い夢なら、どうか今すぐにでも覚めてほしい。


 知らず知らず現実逃避をしていると、


「そして現実とは、立ち向かうものです」


 美優の言葉に、顔を上げる。

「絶望するのも人間ですが、這い上がるのもまた人間です」

 着替えを済ませた美優は、カートから取り出したミネラルウォーターのペットボトルと固形栄養食カ□リーメイトを銀子に差し出した。

「私達はまだ生きています。生きている内はまだ負けていませんし、諦めるにはまだまだ早い。そうでしょう?」

「……ええ、その通りね」

 水と食糧を受け取った銀子は、大きく頷く。

「ちなみに。ここまでの台詞はすべて、クロガネさんの請け売りですが」

「よーし、ますます負けられないわ」

 乱暴に封を切って固形栄養食に齧り付く銀子。

 元気が出たのは良いが、本当にクロガネに対する対抗意識が凄まじい。

「その意気です」

 美優は苦笑しつつ、銀子と同じ栄養食を口に運んだ。



 ***


 高度を海面近くまで落とした輸送ヘリは、約八百メートルの距離を置いてクルーズ船と同じ速度を維持して先行していた。

 開いたままのカーゴハッチ手前で、戦闘服姿のナディアはボルトアクション式の狙撃銃を手に伏射姿勢を取っていた。

 〈シエラゼロ/スナイパー〉のコードを持つナディアは、最年少のゼロナンバーであり、その名の通り優秀な狙撃手である。

 彼女の役割は甲板上の残敵を排除し、クロガネ達の退路を確保することだ。

「――ナディア、甲板上の向かって右側にロケットランチャーを持った敵がいる」

「解っタ」

 観測手を買って出た出嶋の報告を受け、ナディアはスコープ越しに標的を捉えると、倍率を上げてレティクルの中心にグロテスクな半魚人の頭を合わせる。

 息を吸って、止める――引き金を、絞る。

 狙撃の美学のみを追求したかのようなすらりとした銃身内を駆け抜け、銃口から解き放たれた一発の銃弾は、狙い過たず八百メートル以上離れた怪物の頭を射抜いた。

命中ヒット

 スコープから標的が消えたのを確認したナディアは、ボルトを引いて戻し、手際良く排莢と次弾装填を行う。

 M24SWS、ナディアが愛用するスナイパーライフルの代表格だ。

 威力と射程こそ対物ライフルに劣るが、その高い命中精度と信頼性は各国の特殊部隊に採用される程である。

 スコープの倍率を戻したナディアは、再び船の前面全体を捉え、索敵を続ける。

「……頭がデカいと、狙いやすくて良いナ」

「――その言葉を『深きものどもディープワンズ』が聞いたら、激怒するか絶望するかのどちらかだろうね」


 それっきり二人は無言となる。


 淡々と。

 黙々と。

 時折指示と狙撃を交えながら、出嶋とナディアはどこか穏やかな時間を過ごした。



 ***


「そういえば、美術館でニャル何とかが言っていたんだけどさ」

「ニャルラトホテプですね。どうしましたか?」

 床に座り込み、ウォッカやスピリタスといったアルコール度数の高い酒を材料とした火炎瓶を作りながら、銀子は同じ作業をしている美優に訊ねる。

「黒沢が殺し屋だったって、本当なの?」

「……さぁ?」

 酒瓶の飲み口に付けた即席の発火装置をビニールテープで固定しながら、美優はとぼけた。

「安藤さんも知っていたんでしょ?」

「クロガネさんが探偵を始める前の記録はどこにも残っていないので、何とも言えません。ニャルラトホテプが嘘を言っていた可能性もあります」

「嘘、とは思えないんだよね。黒沢が強い話は以前から聞いていたけど、実際にその強さを目の当たりして腑に落ちたというか。しかも相手は本物の怪物だよ? その前にオートマタ五体を一人で破壊してたし」

 美優は手を止め、じっと銀子を見据えた。

「仮にクロガネさんが殺し屋だったとして、白野さんはどうするつもりです?」

 警察に通報するにしても、ゼロナンバー時代の記録自体は獅子堂家によって完全に抹消されている。証拠不十分で逮捕までは至らないだろうが、クロガネの名誉と最近評判が上昇傾向にある探偵事務所に泥を塗られることになる。それは彼の助手として看過できない。何より自身とクロガネを引き離すような真似は、相手が親族だろうが決して容認できない。

「何も? どうもしないわよ」

「そうですか」

 美優は素っ気なく応じて作業を再開する。

「うん。私も実家に居た頃は元軍人とか、いかにもな人達が護衛に就いてくれたこともあったし、きっと黒沢もそういった人達と近い感じなんでしょ?」

 それを聞いて美優は眉をひそめた。

 どうやら銀子は、クロガネがかつて獅子堂家に仕えた暗殺者で莉緒専属の護衛だったことは知らないみたいだ。ゼロナンバー時代の彼とはたまたま面識がなかったのか、記憶違いなのかは定かではないが、いずれにせよ好都合である。

「そうですね、きっとそんな感じです」

「やっぱりね」

 美優が適当に話を合わせただけなのにも拘わらず、銀子はどこか得意気だ。

 少ない情報の上辺だけで判断してしまうのは探偵としてあるまじきことだが、元々情報の少ないクロガネに限って言えば仕方のないことかもしれない。


 と、その時。


 ――ガァンッ! ガンッ! ガンッ!


「「!」」

 閉ざしたシャッターから衝突音が断続的に響き渡り、外側から破ろうとしている。

 ついに、二人が隠れていた場所を半魚人たちが突き止めたのだ。

「来ましたか」

「どうするの?」

 作業を打ち切り、銀子は完成した火炎瓶をショルダーバッグに詰め込みながら訊ねた。

「出入口は一箇所だけですし、クロガネさん達が駆け付けて来るまで防衛に徹しましょう。時間を稼ぎます」

 そう言いつつ、美優は売り物だったストッキングに余った酒瓶を詰めて即席のブラックジャックを作る。

 準備を整えている間にも、シャッターのあちこちが音を立ててへこみ、切り裂かれた隙間から半魚人の大きな眼が覗く。

「黒沢たちは?」

 銀子は銃撃戦に備えて耳栓を着ける。

「少しばかり『深きものども』に手こずっている様子ですが、着実にここへ向かっています。連中も余裕がないのでしょう、私達を人質にしようとしているのかもしれません。本気で殺すつもりがないのであれば、そこに勝算があります」

 美優は火炎瓶の一つを手に取り、ライターで火を点けると。

「とはいえこちらの武器も心許ないし、早いところ合流したいわね」

「同感、ですッ!」

 全力で投擲した火炎瓶は、引き裂いたシャッターの隙間から侵入を試みようとした半魚人の顔面に直撃する。

 衝撃でガラス瓶が割れ、漏れ出した酒が火種に触れて引火。

 事前にシャッターの表面と足元の毛布にもアルコール度数の高い酒や油を仕込んでいたこともあり、瞬く間に火の海が広がった。勿論、美優のハッキングによって火災報知器やスプリンクラーは切ってある。

 出入口付近で悲鳴と怒号らしき声を上げて動揺する半魚人たち。その中の一体が、炎を飛び越えて何とかショッピングモール内に侵入を果たすも。

「いらっしゃいま、せッ!」

 待ち構えていた美優のブラックジャックが脳天に炸裂し、ダウン。

 そこに。

「やぁッ!」

 気合いと共に繰り出した銀子の槍が、半魚人の頭を貫いた。

 この槍は商品棚を解体して手に入れたステンレス製の長いパイプに、和風料理店の厨房から調達した柳刃包丁(またの名を刺身包丁)を紐で何重にも縛って作り上げた即席の武器だ。即席ゆえに包丁の固定と全体の強度は不安定だが、殺傷力は充分である。

 製作者美優としても、包丁を武器に使うのは不本意だが、戦闘用ナイフをはじめ刃物類はモール内に置いていなかったため断腸の思いだった。

(でも、半魚人相手に刺身包丁で戦うのは個人的にアリな気も……いやダメだな、捌かずに突き刺してるし)

 酒瓶が割れて中身が漏れ出したブラックジャックを炎の中に投げ捨て、泡となって消える寸前の半魚人からAK47を奪いつつ物陰に隠れる。

 直後、半魚人たちがシャッター越しに一斉射を行った。

 事前に打ち合わせた通り、離れた位置に居た銀子も遮蔽物を盾にしているため無事だ。

 文字通り蜂の巣にして破壊したシャッターから半魚人たちが侵入してきた。

 数体が美優と銀子が潜んでいる遮蔽物に向かって牽制射撃を行い、別の数体がリロードを済ませて前進し、仲間が弾切れになればすかさずカバーして射撃の切れ目を出さずに二人の動きを封じる。

「波状攻撃!? 隙がない!」

 まさかの統率が執れた連携に、銀子が焦る。

 あの邪神の入れ知恵だろうか? このままでは包囲されてしまう。

 美優は銀子に向かって手にしたAKを軽く掲げると、指を三本立てた。

 それを見て頷いた銀子は、火炎瓶に火を着けて見せる。

 頷き返した美優はAKのセレクターをフルオートに。

 そして無数の銃弾が飛び交う最中、美優は立ち上がった。

 隠れていた遮蔽物から大胆に身を晒し、引き金を絞りながら横薙ぎにAKを振るう。立て続けに放たれた秒速730メートルの弾幕が、次々と半魚人の身体を貫く。

 秒間十発――三秒ほどで全弾撃ち切ってしまうことも織り込み済みだ。

 弾切れと同時に銀子が――発砲開始からきっかり三秒数えてから投擲した火炎瓶が半魚人の一体に直撃。

「みぎゃぁああああああああッ!」

 火達磨になって半魚人は耳障りな悲鳴を上げてのたうち回り、手にしていたAKを暴発させる。

 至近距離で運悪く巻き込まれた他の半魚人たちはその場でたたらを踏んだ。その隙に空になったAKの弾倉を取り外し、銃身を両手で持った美優が一気に間合いを詰める。

 棍棒代わりのAKを振り回して生き残っていた半魚人たちを叩き伏せると、遅れて飛び出した銀子が半魚人の頭に槍を突き立ててトドメを刺す。

 銀子が一体ずつ槍を突き刺している間、美優は床に伏した半魚人たちが抵抗しないようAKで殴り付ける。傍から見れば完全なリンチだが、二人は必死だ。

 この作戦が功を成し、モール内に侵入してきた半魚人を一掃する。

「はぁ、はぁ……だ、大丈夫? ッ!」

「……ええ、問題ありません」

 乱れた息を整えつつ、美優の安否を訊ねた銀子はぎょっとする。

 先程の銃撃戦で、美優の左頬には大きな銃創が刻まれて金属骨格が剥き出しとなり、左耳も大きく削られていた。よくよく見れば、全身のあちこちにも十発近い弾痕がある。

「義眼は損傷してませんし、頭部にも致命的な銃撃は受けてません。軽傷です」

「女の子なら致命傷よ。綺麗な顔に傷が……」

「……ふむ」

 動揺する銀子の瞳に映る自身の顔を見た美優は、傷付いた頬に手を添えると一つ頷く。

「獅子堂玲雄から受けた傷に比べれば、遥かに軽傷です。問題ありません」

「それで軽傷って、玲雄にどんなことをされたのよ?」

「裸に剥かれた上に、ナイフで全身を何度も滅多刺しにされ、顔の左半分の皮膚を剥がされて左耳を切り落とされました」

「…………」

 表情も変えず、淡々と語った美優に絶句する銀子。

「……ごめん、訊くんじゃなかった」

 後悔と自責の念を抱いた銀子に、

「気にしないでください」

 と美優は微笑む。

「すでにあの腐れ外道は報いを受けて過去の人です」

 流石ガイノイド、冷静な思考かつドライな割り切りだと銀子が感心すると。

「それに」

「ん?」

 急に目を伏せてもじもじする美優。

「あの後、クロガネさんが危険を顧みず助けに来てくれて、慰めてくれた上に助手としてスカウトしてくれたので……そう悪いことばかりでもなかったです」

「……惚気かよ、チクショウ」

「仮にもお嬢様がそんな言葉を使っては駄目です、よッ!」

「へ? ぅおわッ!?」

 唐突に手にしたAKを投擲するや、銀子にタックルする勢いでモールの柱に身を隠す。

 同時に、投げたAKが新手の半魚人の顔面に直撃。

 怯んだのも束の間、半魚人たちは柱の陰に隠れた二人に向かって銃撃を開始する。

「ああもう、またかッ!」

 けたたましい銃声の中、銀子が悲鳴混じりに叫ぶ。

「連中、私達が人質であることを忘れてませんかねッ!」

「知るkふぇごッ!?」

「静かに!」

 知るか、と叫ぼうとした銀子の口を突然美優の手が塞いだ。

 すぐに銀子も異変に気付く。

 銃撃から身を隠しているため直接視認は出来ないが、半魚人たちが使っているAKとは異なる銃声と、連中の悲鳴が聞こえたのだ。

 やがて、二人を狙っていた銃撃が止んだ。

「……来てくれましたか」

 ぽつりと零した美優の言葉とその安堵の表情で、銀子は全てを察した。

 半魚人のものとは違う人間らしい足音が、しっかりとした足取りで近付いてくる。

 銀子は、恐る恐る柱から顔を出した。

 果たしてそこに居たのは――

「……黒沢」

「ああ、無事だったか」

 特殊ゴーグルを掛け、黒い戦闘服を纏ったクロガネだった。

「クロガネさん」

 美優の声に振り返ると、柱の反対側から現れたクロガネと再会を果たしている――


「えっ?」


 ――再度振り返る。

 銀子の前に居るのはクロガネ、そして美優の方に居るのもクロガネだった。

 美優も気付いたようだ。

 不思議そうに、自身と銀子の方に現れたクロガネを交互に見る。


「……クロガネさん(黒沢)が二人?」



 ***


 一方、少し前まで美優と銀子を閉じ込めていた客室では。


 出目治と呼ばれていた異形の怪人は、首から上が壁に埋もれたまま膝を着き、手を力なく垂らしている。



 ――その指先が、ピクリと動いた。

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