幕間11

 規制線とブルーシートが張られた鋼和美術館を、館外のベンチに座った清水がぼんやりと眺めていた。

 クロガネ達が攫われた美優と銀子を追い掛けてしばらくした後、ようやく警察の応援が来て現場検証を行っている。

 駆け付けた上司や同僚に、現場に居合わせた当事者として事件の報告を行った清水だが、ほぼ全員から奇異な目で見られてまともに話を聴いて貰えなかった。

 無理もない。

「半魚人や邪神に襲われた」と、ありのまま話したところで誰も信じてはくれない。

 館内に居た警備員や警察官はほぼ全滅。

 数少ない生存者は病院に搬送されたが、証言どころかまともな会話も成り立たないほど正気を失っているらしい。

 現状では、怪盗〈幻影紳士〉による強盗殺人事件と見て捜査を進めている。これには清水も当事者として異を唱えたが、まともに取り合って貰えず、ついには病院に搬送されそうになって「俺は正気だ!」と暴れた結果、周囲から冷たい視線を浴びせられ、腫れ物に触れるような対応をされた。かと言って現場を離れる気にもなれず、何か捜査の手伝いをしようにも周囲から煙たがられて結局は何もせずに現場近くのベンチに座っているだけである。普段から警察内でも一匹狼で、クロガネと密接に関わっていることも災いしてか、現在の清水は孤立していた。

「はぁ……」

 重い溜息を一つ。

 つい先程、新人の鑑識が館内の惨状を目の当たりにしてトイレに駆け込む間もなく嘔吐してしまったらしい。

「現場を汚しやがって」と彼の先輩が怒っていたようだが、流石に今回ばかりは無理もないと思う。殺され方が人の手によるものとは全く異なるのだから。

「……彼らは無事でしょうか?」

 不意に、隣に座っているリチャード・アルバがそう訊ねてきた。

 清水同様、彼も数少ない生き証人として事情聴取をされたのだが、やはりまともに話を聴いてくれなかったようだ。

「どうでしょうか。黒沢もその仲間も荒事には慣れているとはいえ、相手が相手ですからね」

 疲れも手伝って素っ気なく言うと、リチャードは意外そうな目を向けてくる。

「それだけですか? 貴方はあの探偵とは親しい間柄だとお見受けしましたが?」

「黒沢とはビジネスライクな関係ですよ。犯罪者を捕まえるという点では利害が一致しているだけで、本来なら警察官と探偵は相容れない者同士です」

「厳しいですね」

「それに今以上に親しくなると、万一の時が遭った際はお互い辛くなりますし」

「それは……」

 清水の厳しい持論に、リチャードは思わず言葉に詰まる。

 サイバー技術の発達に伴い、鋼和市では従来のサイバーテロの他にオートマタやサイボーグによる凶悪犯罪も増加傾向にあった。

 当然ながら、最前線で犯人と対峙する機会の多い警察官や警備員、そして探偵が殉職するリスクも大きい。

 だが、いつの時代においても『守る者達』に死した者を必要以上に悼み悲しむ余裕などない。少しでも足を、心を止めたその僅かな隙に、また他の誰かが傷付いて涙を流すことになるのだから。

「でもまぁ、黒沢なら心配ないでしょう」

 清水は煙草を取り出して口に咥え、安っぽいライターで火を着ける。

 ふー、と満足そうに紫煙を吐き出してから、リチャードに断言した。

「どんな化け物が現れようが、あいつが死ぬだなんて想像できませんよ」

 何だかんだで無事に生還するのが清水の知るクロガネなのだ。

 そしてその度に面倒な後始末を押し付けられ、自身のデスク上に始末書の山、山、山々が築き上げられる未来が目に浮かび……


「……何かムカついてきた」

 しかめっ面でぼやいた清水に、


「え? それは煙草のせいでは?」

 胸焼けだと勘違いしたリチャードが、真顔でそう言った。

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