幕間8

「ハァッ……ハァッ……!」

 真夜中の寂れた教会内で、自身の荒い呼吸音だけが響き渡る。

 手には弾切れになり、熱を帯びたままの拳銃が握られている。

 長椅子にもたれ掛かっていた怪盗は、意識して息を整えると、顔を上げた。

 来た時以上に荒れ果てた教会。

 血溜まりに沈んで動かなくなった三つの死体。

「畜生……」

 この世のモノとは思えない怪物との死闘を制した怪盗の視線の先には。

 この教会に住んでいたと思しき神父と、その家族が倒れ伏し、息絶えていた。

 襲い掛かって来た食屍鬼グールを必死の思いで返り討ちにした直後。どういった理屈なのか、食屍鬼の死体が元の人間の姿に戻ったのだ。

 生き延びることが出来た安堵感は一瞬にして消し飛び、胃の底に氷塊が落ちたような感覚を覚え、堪らずその場で嘔吐してしまった。

「畜生……ッ」

 その様子を見たあの男は、ゲラゲラと愉快そうにひとしきり笑った後、どこかへ消え去った。

 あの男に食屍鬼にされ怪盗に殺された一家三人は、恐怖と絶望に染まり切った表情で、恨めしそうに光ない眼を怪盗に向けている。

「畜、生……ッ!」

 のろのろと、重い身体に鞭打って物言わぬ一家に近付く。

 手を伸ばし、見開かれたままの目をそっと閉ざした。


 怪盗は立ち上がり、握った拳を怒りに震わせる。

 あの腐れ外道の依頼で【宵闇の貴婦人】を盗み、口封じとして殺されかけ、怪物にされた罪なき者たちを手に掛けさせた。

 しかも、ここまでの一連の出来事は意図的に仕組んだものだ。

 まるで自分の掌の上で人間たちが踊っている様を見て愉しんでいる。

 許せない。

 許さない。

 ポケットから手帳サイズの電波受信端末を取り出し、電源を入れる。

 取引の時【貴婦人】を手渡す際、男の袖口に発信器を仕込んでいた。初めから彼を信用せず、その素性を暴くために用意していたものだ。

 画面に映し出された地図上に灯る光点――あの男の現在地は、とある場所と重なっていた。

 そこは数時間前、自分が【貴婦人】を盗んだ場所である。

「鋼和美術館……ッ」

 荒れ狂う怒りを抑え込んで踵を返し、教会を後にする。


「くそったれ……!」

 心からの悪態をつく。

 それは黒幕の男と、想定外とはいえその外道の片棒を担いでしまった怪盗自身の愚かさに対してのものだった。

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